第82話 エルフの帰郷
オルディナを離れてから、私たちの箱馬車は北へ向かう街道を進み続けていた。
四頭の蹄が土を踏み、車輪が街道の窪みを越えるたび、最後部の座席まで揺れが伝わってくる。
リーネの膝に置かれた木の馬も、その揺れに合わせて前後へ動いた。
リーネは片手で木の馬を押さえながら、側面窓の外を見ている。
私はその隣へ座り、足元ではルヴェンが身体を伏せていた。マルタは一つ前の座席で、水を入れたカップを用意している。
「リーネ様、木の馬にも外を見せていらっしゃるのですか」
マルタが水を用意しながら尋ねた。
「木でできた馬に、景色は分からんだろう」
リーネは木の馬を持ち上げ、窓へ近づけた。
その木の馬の向こうへ、荷を背負った旅人が現れる。
外套の間から長い耳が伸びている。
旅人は箱馬車と同じく北へ歩いており、やがて窓の後ろへ流れていく。
リーネは、その姿が消えた後も窓を見ていた。
それから私の耳を見て、木の馬の背を撫でる。
道が曲がると、今度は二人のエルフを追い越した。
リーネの身体が窓へ寄ったため、背へ手を添えて座席へ戻す。
「お水をどうぞ」
マルタが差し出したカップを両手で持ち、リーネは水を飲んだ。
返した頃には、荷を積んだ馬を引く別のエルフが窓の横を歩いていた。
リーネは馬よりも、その者の耳を見ている。
旅人が窓の後ろへ消えると、今度は私の耳をじっと見た。
さらに先で、北へ歩くエルフが一人、箱馬車の横へ並んだ。
リーネは外の長い耳を見てから、私の隣へ身を寄せてくる。
「何だ」
伸びてきた指が、私の耳へ触れた。
リーネは手を離すと、窓の外を指した。
「いっしょ?」
外のエルフは、まだ窓枠の中を歩いていた。
「ああ。同族だ。私と同じエルフだ」
リーネは窓へ戻り、遠ざかっていく長い耳を見送った。
次のエルフが現れると、その耳が窓を過ぎるまで見た後、もう一度だけ私の耳へ触れる。
そういえば、リーネがこれほど多くのエルフを見るのは初めてか。
ここまでの旅では、そばにいたのは人間と精霊ばかりだ。自分以外のエルフを見かけても、一度に一人か二人だった。
客室と御者台をつなぐ小窓から、イレナの声が届いた。
「エルフの方々が、ずいぶん増えてまいりましたね」
「ああ。大祭が近いからな」
マルタが空になったカップをしまいながら尋ねる。
「皆様も、ハイエルネリアへお戻りになるのでしょうか」
「各地に散って暮らす者たちが、十年に一度の祭りに合わせて帰ってくる。今見た者たちも、その途中だろう」
側面窓の向こうでは、荷を担いだ者も、馬に乗った者も、家族で歩く者も同じ方角へ進んでいた。
道沿いで知人に会ったのか、立ち止まって言葉を交わしている者たちもいる。
「リュセル様も、お久しぶりのご帰郷になるのでしょうか」
御者台から続いた問いに答える。
「そうでもない。私にとっては、少し留守にしていただけだ。祭りには三度ほど出ていないがな」
マルタは籠の蓋を閉じかけ、半分開いたまま私を見た。
「……三十年、でございますか」
「そうなるな」
皆が集まる時期に帰る方が、私には面倒だ。
リーネは私たちの話を聞いているのか、窓を通り過ぎる長い耳を探しているのか分からない。
木の馬を抱えたまま、外を見ていた。
◇
しばらく走った後、イレナの声が小窓から届いた。
「こちらで少し休憩にいたしましょう」
木人が四頭の歩調を緩め、街道脇の開けた場所へ箱馬車を寄せる。
車輪が止まってから、イレナが御者台を降りた。
四頭と周囲を確かめたイレナが客室の扉を開く。
「リーネ様、お足元にお気をつけください」
「私が先に降りる」
そう告げて、私は地面へ降りた。
木の馬を持ったマルタが、リーネの手を引いて戸口まで連れてくる。
私は戸口へ両腕を伸ばし、リーネを抱き取った。
そのまま地面へ下ろし、手をつなぐ。
マルタも降りると、リーネのすぐそばに立った。
セラとニナは水と休憩に使う荷を運び、ルヴェンは私たちの近くで身を伏せる。
イレナが馬の状態を見ている間も、街道をエルフの旅人が通り過ぎていく。
その中に、親に手を引かれた幼いエルフの姿があった。
こちらに気づいた子供の歩みが遅くなり、リーネも相手の耳を見たまま足を止めた。
親は子供の手を握ったまま、こちらから少し離れた場所で待つ。
リーネが私とつないでいない方の手を上げ、左右へ振った。
幼いエルフも手を上げた。
親と手をつないだまま、リーネへ振り返す。
幼いエルフは手を下ろすと、親と一緒にまた北へ歩き始める。
リーネは手を下ろして、その背中が街道の先へ離れていくのを見ていた。
姿が見えなくなると、リーネは私の手を離して両腕を上げた。
私が抱き上げると、リーネは私の耳へ手を伸ばし、指先で触れる。
「いっしょ」
「ああ」
四頭への水と箱馬車の確認が済むと、イレナが休憩の終わりを告げる。
セラとニナは使った物を客室へ戻し、扉の近くに置いた荷を固定した。
木の馬を持ったマルタが先に乗り込み、戸口の内側へ立つ。
リーネを預け、続いて私も乗車した。
マルタからリーネを抱き取り、最後部座席へ座らせて木の馬を膝へ戻す。
セラ、ニナ、ルヴェンも客室へ入った。
全員が席へ着くと、イレナが扉を閉めて御者台へ戻る。
ほどなく、箱馬車が再び動き出した。
北へ進むにつれ、窓の外に現れるエルフの姿は増えていく。
徒歩の者、馬を連れた者、幌を掛けた馬車で進む者が、ばらばらに同じ方角を目指していた。
リーネは長い耳を見つけるたび、木の馬を抱えたまま窓の外を見る。
私は隣で、その身体が揺れに持っていかれないよう背を支えた。
◇
日が傾いた頃、箱馬車は次の休憩場所で止まった。
扉が開くと、畳んだ地図を持ったイレナが立っていた。
「随分と近づいてまいりましたね」
私は先に降り、北へ続く街道と、そこを進んでいく旅人たちを見る。
「そうだな」
マルタがリーネを戸口まで連れてきた。
受け取って腕に抱くと、リーネは私の顔を見た。
「りゅー?」
「もう近い」
リーネは返事をせず、まだ私を見ている。
私は北へ続く道を見る。
リーネも腕の中から同じ方を見た。
「私の故郷だ」
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