第80話 国王陛下は、頭を抱える(前編)
迷宮都市オルディナで騒動が起きてから、すでに数日が過ぎていた。
王都セルディオンの王城内では、その日も各地から届いた報告が王室情報局へ集められていた。
主要都市の異変、高位貴族や地方統治者の動向、他国の王族や外交上の要人に関する情報。
その中でも、扱いを限られる報告がある。
一人の局員が受け取った書類には、特一級指定情報と記されていた。
局員は表紙を確かめると、すぐに封を開いた。
一枚目を読み、二枚目を開く。
そこまで進んだところで、局員は一枚目へ戻った。
文面を最初から読み直した局員は、保管棚から一冊の古い記録を取り出した。
報告書と見比べたあと、二つを抱えて席を立つ。
向かった先は、王室情報局長の執務室だった。
◇
しばらくして、局長は国王の執務室に立っていた。
机を挟んだ向こうには国王エドヴァルド三世、その傍らには宰相マティアス・クロイツ公爵がいる。
局長が持ち込んだのは、王国が特一級指定情報として動向を追っている一行についての報告だった。
旅を妨げず、接触もせず、遠方から所在と周囲の異変だけを確かめる。
それが、リュセルたちに対して王室情報局が守ってきた方針だった。
局長は報告書を開いた。
「リュセル殿下一行が、迷宮都市オルディナへ立ち寄られたことが確認されました。そこでリーネ様が、街に残る初踏破者の像をご覧になったとのことです」
国王は黙って続きを待った。
「その像の一体が、リュセル殿下ご本人であると判明いたしました」
「…………何?」
局長は別の一冊を机へ置いた。
「情報局の旧記録とも照合しております。約百二十年前、オルディナの迷宮を初めて完全踏破した四人。そのうちの一人が、リュセル殿下で間違いございません。当時は、大樹のリュセルと呼ばれていたようです」
国王の手が、机に置かれた古い記録へ伸びる。
開かれた頁には、当時の記録を写した文字が並んでいた。
宰相も横から内容を確かめる。
「殿下は百二十年前、一体何をしておられたのでしょうな」
「私に聞くな」
国王は記録を閉じた。
「オルディナには、くれぐれも無礼がないよう伝えてあるな?」
「はい。各領には、王族としての礼節をもって接すること、こちらから不用意な詮索をしないことを、すでに通達しております」
宰相の答えを聞き、国王は椅子の背へ身体を預けた。
「ならば問題あるまい」
その言葉から数時間後。
王室情報局長は、再び同じ扉をくぐった。
王城で時間が進んでも、届けられるのは数日前のオルディナで起きた出来事だった。
先ほどの第一報に続く報告を、王都が間隔を置いて受け取っているにすぎない。
局長は新たな報告書を開いた。
「リュセル殿下が初踏破者であるとの情報は、街の冒険者を中心に広がりました。その後、複数の有力者が面会を求めたようです」
「騒ぎになるのは避けられんか。それで、殿下は会われたのか?」
「いいえ。宿主人によれば、イレナ・ヴァルクへ意見を求めた末、特定の一人を優遇しないため、すべての面会を断られたとのことです」
「……それで、全員と会わないことを選ばれたのか」
「そのようです」
国王は何も言わず、局長に報告を続けるよう促した。
ところが、その日のうちに三度目の報告が届いた。
局長の顔を見た宰相が、読んでいた書類を閉じる。
「オルディナの統治責任者が、面会を断られたことを侮辱と受け取りました」
国王の眉間に皺が寄る。
「その結果、捕縛命令を出しております」
「……誰を?」
「リュセル殿下を、でございます」
室内は急に静まった。
国王は机に両手を置き、局長を見た。
「何の罪で?」
「面会を拒否したため、と」
「……面会の拒否で……なぜだ? それは何の罪にあたるのだ?? リュセル殿下は他国の王族だぞっ?! オルディナの統治責任者が国を代表して歓待すべき話だろうっ!!」
今度は局長も、すぐには答えなかった。
「念のため申し上げますが、その命令に、王都の承認はございません」
宰相の声は変わらない。
「事前に出していた通達にも、明確に反しております」
「当たり前だ!」
国王は立ち上がった。
「捕縛命令を取り消させろ。兵を動かすな。統治責任者にはその場で待機を命じ、誰も殿下の宿へ近づけるな。王都からの指示が届くまで、余計なことは一切させるな!」
局長は一度口を結んだあと、告げた。
「陛下。この報告も、数日前のものでございます」
「分かっている!」
答えた国王は、机上の報告書を指した。
「それでも出せ。これ以上の兵を動かさせるな。証拠を隠す者が出ないよう、関係文書も押さえろ。今ここで何もしないのが一番まずい……」
「承知いたしました」
局長が退室したあと、国王は椅子へ戻ったが、執務を再開する者はいない。
そしてここにいる全ての者は、次に届く報告が今度こそ何事もなく終わったと伝えるのを待った。
しかし、運び込まれた四通目の報告は、さらに先の出来事を記していた。
「現地で命令を受けた隊長は、兵に武器を抜かせず、人数を必要最低限に抑え、自ら宿へ交渉に向かっています」
国王は、ようやく椅子の背へ身体を預けた。
「……まともな者もいたか」
「少なくとも、命令の危険性を理解し、現場で被害を避けようとはしております」
宰相の言葉に、国王は頷いた。
「その者の行動は記録しておけ」
「すでに記録しております。宿主人からの聞き取りでは、隊長が入室した後、室内で何らかの揉め事があったようです。その後、リュセル殿下は統治責任者を始末しに行くと告げ、隊長を伴って宿を出られました」
国王の表情が止まった。
「止めろ」
「陛下」
「……数日前なのだな」
「はい」
国王は両手で頭を抱えたまま、しばらく動かなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




