↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/104

第76話 私は、公平に扱っただけなのだが(後編)

 扉を叩く音が、また二度聞こえた。


 マルタが応対し、ほどなく先ほどの宿主人を前室へ通す。

 今度は先ほど以上に顔色が悪く、額には汗が浮いていた。


 「リュ、リュセル様……」


 「今度は何だ」


 「その……先ほどの、都市を預かる方から使いの方がお見えでございまして……」


 宿主人は扉の方を気にした。


 「どうしても一度、お話をさせていただきたいとのことで……」


 「断ったはずだ」


 「はい。ですが、その使いの方ご本人が、事情だけでもお話ししたいと……」


 宿主人の怯え方は、同じ申込みを持ち帰ってきた者のものではなさそうな様子だった。


 「…ふむ、しょうがない。使いだけなら会おう」


 「ありがとうございます」


 宿主人は何度も頭を下げ、受付へ戻った。


 リーネは奥の寝室で眠っている。

 マルタを寝台のそばへ残し、私は前室へ移った。


 イレナも壁際に立つ。

 その隣にルヴェンも座っていた。

 内側の扉は閉め切らず、マルタから呼ばれればすぐ戻れるようにしてある。


 やがて宿主人が、一人の男を連れてきた。

 男は前室へ入ると足を止め、深く頭を下げる。


 腰には剣があるが、手を近づけようとはしない。

 廊下にも、武器を構えた者の気配はなかった。


 「無理を承知で、お願いに参りました」


 男は顔を上げても、私を正面から見続けなかった。


 「他の面会希望者とは、お会いにならなくて構いません。どうか、都市を預かる方とだけ、ほんのわずかな時間でもお会いいただけませんでしょうか」


 「何故だ?」


 「この都市を預かる者として、正式にご挨拶を申し上げる機会だけでも、どうか」


 「先ほど伝えたはずだ。人間の慣習に従い、全員を平等に遇することにした」


 その言葉に男の顔が僅かに強張った。


 「一人だけを選ぶ理由がない」


 「そこを、どうか」


 男はもう一度、頭を下げる。


 「形式だけでも構いません。私どもの責任者へ、直接お言葉をいただければ……」


 「意味がない」


 会う理由もない相手へ、形式のために時間を使う方が余計だ。


 男は頭を下げたまま動かなかった。

 やがて顔を上げ、宿主人の方を向いた。


 「申し訳ないが、外していただきたい」


 宿主人は私を見た。

 私が頷くと、廊下へ出て扉を閉める。

 宿主人が扉を閉めると、男は私とイレナ、ルヴェンの前で姿勢を整えた。


 そして男は一度息を整えた。


 「……すでに、貴方様への捕縛命令が下っております」


 「……何?」


 「統治責任者が、面会拒否を侮辱と受け取りまして……」


 男の喉が動いた。

 そして僅かに身を震えさせた。

 それはこれ以上、言葉を発したくはない、そう体で示すかのように。


 「……貴方様を捕らえ、居館へ連れてくるよう命じました」


 私を捕らえる。


 ……人間が? この私を??


 身体の内に留めていた魔力が、前室へ漏れ出した。

 男の肩が上がり、息が急に浅くなる。


 イレナの手は武器へ向かわなかったが、指先まで力が入っていた。

 壁も床も何も景色は変わっていない。

 それでも、イレナは息をするのを忘れ、身を固くしたまま動けなかった。


 「小僧」


 男は答えなかった。


 「今、何と言った?」


 「…………あ、貴方様への、ほ、捕縛命令が………下っております」


 「何と言った、小僧。もう一度申してみろ」


 男の顔から血の気が引いていく。


 『主。その程度でお納めください』


 ルヴェンの声は耳に届いている。

 だが、私は男へ向けた魔力を収めなかった。


 使いの男よりも影響は少ないものの、イレナは身体を強張らせ、浅い息の合間にルヴェンへ顔を寄せた。

 押し殺した声は小さかったが、わずかな震えまでは隠せていない。


 「……あれ、本気で怒ってますよね」


 『はい、かなり』


 二人とも私に聞かせないつもりらしいが、すべて聞こえている。

 それでも、男から意識を逸らす気にはならなかった。


 『主は、侮られることを何より嫌いますので。まして、自分より遥かに年若い者から、捕縛するなどと言われれば……』


 イレナが息を呑んだ。


 「……これは、まずいですね」


 その時、奥の寝室から泣き声が上がった。


 「リーネ?」


 前室に満ちていた魔力を身体の内へ収める。

 男への追及を止め、すぐ寝室へ入った。


 寝台の上で、リーネが口を大きく開けて泣いている。

 マルタはすでにそばへ寄り、起き上がった身体を支えていた。


 私が腕を伸ばすと、マルタが場所を譲る。

 リーネを抱き上げ、胸へ引き寄せた。


 「どうした」


 リーネは泣いたまま私の衣をつかんだ。

 背へ手を当て、一定の間隔で軽く叩く。


 「ここにいる」


 泣き声はすぐには止まらなかった。

 息を吸うたびに身体へ力が入り、私の衣を握り直す。


 もう一度名を呼び、背を叩き続けた。

 やがて泣き声の間に、呼吸だけが聞こえる時間が増えていく。


 寝室の入口では、イレナとルヴェンが顔を見合わせていた。

 マルタも私を見た後、何も言わずリーネの呼吸に合わせて背へ手を添える。


 前室に残った男も、口を開こうとして閉じた。


 「お前たちが来たせいで、起きたではないか」


 男は何も言わず、深く頭を下げた。


 「リーネの昼寝を邪魔するとは……」


 私を捕らえるというだけでも許し難い。

 そのうえ、眠っていたリーネまで泣かせた。


 腕の中では、まだ時折小さく息が跳ねている。

 私は魔力を漏らさず、リーネの身体から力が抜けるまで待った。


 衣を握っていた指が緩む。

 マルタがそばへ寄り、リーネへ腕を伸ばした。


 「私がおそばにおります」


 私がリーネをマルタに預けると、ルヴェンは寝台のそばへ戻った。


 「ルヴェン。ここにいろ」


 『承知しました』


 私は前室へ戻り、廊下へ続く扉へ向かった。

 イレナが後ろから追ってくる。


 「……どちらへ?」


 「決まっている」


 私を捕らえられると考えた人間がいる。

 その命令を出した本人へ、誰を捕らえようとしたのか教えてやらなければならない。


 「私を舐め腐った豚を――」


 寝室を見る。

 マルタに抱かれたリーネは、まだ私を見ていた。


 「それに、リーネの安寧を邪魔した豚を始末しに行く」


 「お待ちください!」


 待つ理由はない。

 前室の男は、先ほどよりも顔色を悪くしていた。


 「案内しろ、小僧」


 男はしばらく動かなかったが、やがて頭を下げた。


 「……はい」


 男を先に歩かせ、私は宿を出た。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。