↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/104

第75話 私は、公平に扱っただけなのだが(前編)

 宿主人が抱えている書面は、一枚ではなかった。

 上に載った封書だけでも、都市の印、冒険者ギルドの印、見覚えのない紋が並んでいる。


 馬車と四頭の確認を終えたイレナは、前室の壁際に控えていた。

 外した手袋を片手に持ち、宿主人の抱える書面を見ている。


 「断れ」


 宿主人の腕がわずかに下がった。


 「す、すべてでございますか?」


 「ああ。会う理由がない」


 明日の朝には、この都市を出る。

 それまでに、名も知らぬ人間たちと顔を合わせる理由はなかった。

 だがその決定に対して壁際に侍るイレナが、何かを言いかけて口を閉じた。


 私の返事に、言いたいことがあるようだ。


 「何だ。何かあるのか?」


 イレナは一度、奥の寝台へ目をやった。

 リーネは毛布の中で眠ったままだ。


 「後々、面倒になる可能性がございます。一度くらいは、お会いになった方がよろしいのではないでしょうか」


 「何故だ?」


 イレナの視線が、宿主人の抱える書面へ戻る。


 「リュセル様は、オルディナにとって百二十年前の完全踏破者ご本人です。ハイエルフであることも、すでに大勢に知られました」


 宿主人は何度も頷いていた。

 イレナは都市の印がある封書を示す。


 「都市を預かる側まで正式に申し込んでいる以上、すべて無視すると、かえって後の取次や確認が増えるかもしれません」


 会いたいという人間を放っておけば、さらに会いたい人間が増えるらしい。

 人間は、随分と面倒な仕組みを作る。


 「では、どの人間に会えばいい」


 「必要な方を選びましょう」


 イレナは宿主人へ手を差し出した。

 最初の封書を受け取り、その後ろから別の紙を引き出した。


 都市統治側の次に冒険者ギルド、現在の高名な冒険者、商人、周辺貴族の関係者と続いている。


 イレナは一枚めくった。

 さらに続く紙を前に、黙り込む。


 「…………」


 「どうした」


 「……少々、多いですね」


 宿主人が、さらに身を縮めた。


 「まだ、増えております……」


 イレナは返事をしなかった。

 書面の上と下を見比べ、もう一枚めくる。


 私は、その束を受け取った。

 一枚ずつ、上から目を通す。

 内容はどれも、私に会いたいというものだ。

 だが、それぞれが、自分を先にすべき理由を添えている。


 後でも構わないとする書面は、一枚もない。

 ならば、誰を先にするかは、私が決めることになる。


 人間には、こういう時、皆の扱いに差をつけないための考え方があったはずだ。


 「人間には、公平という考え方があるのだったな」


 イレナの返事までに、少し間があった。


 「……はい」


 「一人だけに会えば、その者だけを優遇することになる」


 イレナの表情が、わずかに引きつった。


 「まあ……そういう見方もできます」


 「ならば簡単だ」


 イレナが私を見る。


 「全員に会わなければいい」


 宿主人が目を何回も瞬いた。

 イレナも、すぐには何も言わない。


 「全員を同じように扱う。これなら公平だろう?」


 私が一人だけを選ばなければ、誰も特別にはならない。

 人間の身分も、迷宮での功績も、持っている財も関係なくなる。


 イレナはしばらく考えていたが、やがてゆっくりと息を吐いた。


 「……リュセル様が、それでよろしいのでしたら」


 「決まりだな」


 私が書面を返すと、イレナは宿主人へ向き直った。


 「リュセル様は、特定の一人だけを優遇するわけにはいかないとのお考えです」


 宿主人は書面を抱え直した。


 「そのため今回は、どなたともお会いにならないとのことです。そうお伝えください」


 「か、かしこまりました」


 マルタが扉を開け、宿主人を廊下へ送り出した。

 扉が閉じると、階段へ向かう足音が遠ざかっていく。


 私は寝台のそばへ戻った。

 リーネは起きていない。


 イレナから、明朝の出発に問題はないと報告を受ける。

 人間の意見を聞き、人間の慣習にも従い、全員へ同じ返事をした。


 これで面会の話は終わったはずだった。



 ◇



 宿へ申込みを届けた使者は、受け取った返答を持って執務室へ戻った。


 統治責任者は、使者が入室を許されると、手元の書類から顔を上げた。


 「面会につきまして、ご返答をいただきました」


 統治責任者は、面会を受け入れられたかどうかを尋ねなかった。


 「いつだ」


 使者は答えず、視線を下げた。

 側近と文官が、その様子を見て顔を見合わせる。


 「……どなたとも、お会いにならないとのことです」


 「何?」


 統治責任者の眉が寄った。


 「特定の一人だけを優遇するわけにはいかないため、面会希望者全員を平等に扱い、どなたとも会わないとのご判断だそうです」


 「全員?」


 「はい」


 統治責任者は椅子へ深く座り直した。


 「私もか?」


 「…はい」


 「冒険者ギルドの者も?」


 使者は、また頭を下げる。


 「……はい」


 「商人どもも?」


 「………………はい」


 統治責任者は机へ両手をついた。


 「私を、下々の者どもと同列に扱うというのか!」


 「そ、そういう意味ではございませんっ」


 側近がすぐに口を挟んだ。


 「先方は、どなたにも同じ返答をなさっただけかと」


 「だから、それが侮辱だと言っている!」


 統治責任者が両手で机を叩いた。

 使者が肩を震わせ、文官は持っていた筆を置く。


 「この都市を預かる私をコケにした! これは侮辱だ!」


 誰も言葉を返さなかった。

 執務室に残ったのは、統治責任者の荒い息だけである。


 「連れてこい」


 側近は目を見開き、統治責任者を見返した。


 「……は?」


 「リュセルとかいう男を、ひっ捕らえて連れてこい!」


 一瞬、執務室から物音が消えた。


 「お待ちください!」


 最初に声を上げた側近へ、文官も続く。


 「それだけはなりません!」


 別の側近が、机の前へ一歩出た。


 「相手はハイエルフです!」


 「ハイエルネリア王族である可能性が極めて高い方です」


 文官は、統治責任者が遮る前に続けた。


 「外国王族を、国王陛下の許可なく一都市の判断で捕縛すれば、重大な外交問題になります!」


 「ここは王家直轄の都市だ。私には、この都市を守る責任がある」


 「面会を断ったことは、都市への攻撃ではございません!」


 「私への侮辱は、この都市への侮辱だ!」


 統治責任者は、執務室の壁際に控えていた隊長を見た。

 都市の警備と統治責任者の護衛を預かる男である。


 「命令だ。捕らえてこい」


 隊長はすぐに返事をしなかった。

 側近も文官も、隊長の返答を待っていた。


 「……私が参ります」


 「それでいい。すぐに連れてこい」


 側近がなお制止する中、隊長は執務室を出た。

 廊下で待っていた部下たちが姿勢を正す。


 「武器は抜くな。宿を囲むな。入口も街路も塞ぐな」


 一人が隊長を呼び止めた。


 「しかし、命令は……」


 「だからこそだ。私が先に話す」


 隊長は、部下たちが頷くまで待った。


 「お前たちは宿の営業と通行を妨げず、合図があるまで動くな」


 隊長は必要最小限の部下だけを選び、宿へ向かった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。