第74話 迷宮都市は、大騒ぎ(後編)
冒険者ギルドでは、中央広場から駆け込んできた男が受付で同じ話をしていた。
「百二十年前の完全踏破者が戻ってきた!」
受付を預かる者は、その声を館内へ広める前に男を止めた。
「何の冗談だ。誰が確認した」
「中央広場で大勢が見た。像と同じ顔だ」
「似ているだけでは何とも言えないだろう?」
「ハイエルフだ。本人も、四人で踏破したと認めた」
そこへ都市警備からの照会が届いた。
別の道を通ってきた報告にも、像と同じ顔、本人の肯定、ハイエルフという三点が記されている。
ギルド関係者は、本人と直接話した者を連れてくるよう求める。
館内には、現在のオルディナ大迷宮で最深部を目指している高名な冒険者たちもいる。
最初は酒場で生まれた作り話だと疑っていた者たちも、別経路の報告が一致すると態度を変えた。
「最深部を見た本人だぞ」
「今の迷宮と百二十年前では違う。それでも聞きたいことはいくらでもある」
別の冒険者が、来訪の理由を大迷宮へ結びつける。
「まさか、もう一度潜るつもりなのか?」
「潜るとは一言も言っていない。幼い子供を休ませるため、宿へ向かったそうだ」
「……幼い子供??」
ギルド関係者の訂正と新たに出て来た幼い子供の存在に皆、一様に首を傾げる。
結果として、今すぐ宿へ行こうとする者はいなかった。
最深部を実際に見た者へ尋ねたいことはある。
それでも確認前の噂を理由に、オルディナ大迷宮の踏破者と思われる人物の逗留を妨げるわけにはいかない。
ほどなくして、案内を受けたユアンがギルドへ到着した。
別室へ通され、中央広場で何を聞いたのかを尋ねられる。
「端的に聞くが、どんなを話したんだ?」
「最初は高そうな馬車から子供が出てきて、こっちに興味を示していたので話をしていたのですが、その後にあの踏破者の一人であるエルフの方と話しているうちに、大迷宮の話になり、そして完全踏破の話と、あの像は自分で、四人の功績だと言う話になりました」
聞き取った内容は、ギルドから都市統治側へ返された。
そして確認された情報は、ギルドへ出入りする者を通して大迷宮周辺の店にも伝わった。
武具屋では、百二十年前の装備と今の装備の違いが話題になった。
魔物素材を扱う店では、最深部にどのような素材があったのかと、店主も客も噂を交わす。
大商人たちにとっては、歴史に名を残すハイエルフがオルディナに滞在しているというだけで、見過ごせない知らせだった。
完全踏破の方法や最深部の素材については、誰もまだ本人から聞いてはいない。
分かっているのは、本人が市内の宿へ入ったことまでである。
その宿の馬車置き場には、少し前に到着した四頭立ての箱馬車がある。
宿主人は、飾りを抑えた車体であっても、四頭を使う箱馬車の造りと、御者台にいる木人、複数の付き添いを見て、身分か財力のある旅人だと考える。
幼い子供を先に休ませたいと頼まれ、必要な案内を済ませると、従業員には四頭と荷物を丁重に扱うよう指示した。
そこへ中央広場から来た者が、受付で宿主人へ尋ねた。
「今入った客、百二十年前の完全踏破者らしいぞ」
宿主人は、聞いた年代と先ほど案内した客を結びつけられなかった。
「…………は?」
「長い耳の客だ。広場の像と同じ顔だったって話だ」
宿主人は、客室へ案内した銀髪の客を思い出した。
噂の相手が自分の宿に泊まっていると理解したところへ、今度は面会を望む伝言が届いた。
同じ情報は商人を通して、周辺の領地と取引する者にも渡っていく。
市内にいる貴族の家人や取引担当者が、それぞれの主へ使いを出した。
挨拶を求める者、面会を望む者、招待を申し出る者の伝言が、都市統治側と宿の受付へ集まり始めた。
◇
都市統治側では、中央広場の複数の証言、ユアンの直接証言、宿への到着確認が一つの報告へまとめられていた。
統治責任者は内容を読み、推測に基づく記述を削らせる。
「これは王都へ正式に報告する。確認できた事実だけを書くのだ」
書面には、リュセルと呼ばれるハイエルフがオルディナへ入ったこと、中央広場の記念像と同じ人物だと多数が確認したこと、本人が約百二十年前の完全踏破者の一人だと認めたことが記された。
都市内で騒ぎになり、現在は市内の宿へ移ったことも加えられる。
王族という推測も、来訪の外交目的も書かれていない。
統治責任者が認めた報告書に正式な封が施された。
封書を託された急使は馬へ乗り、王都へ向かってオルディナを出た。
急使を送り出した後も、都市には本人への対応が残っている。
「では、本日は先触れだけに留め、明日あらためて正式に面会を」
「それでよい。明日の朝、こちらから迎えを出せば間に合うだろう」
統治責任者が側近へ迎えの手配を始めさせようとしたところで、宿へ滞在予定を聞きに行った担当者が戻った。
入室を許され、確認した予定を報告する。
「一行は、一泊の予定とのことです」
「……一泊?」
「はい。明朝には、ハイエルネリア方面へ出発予定です」
「なぜそれを先に言わん。では今から行くぞ。ここにいる者は全員来い」
側近が聞き返した。
「全員、ですか」
「こちらの顔をそろえた方が、歓迎する意思も伝わるだろう」
「この部屋にいる者だけでも、宿の入口を塞ぎます。警備と随員も加わりますが」
統治責任者は、ようやく執務室に残っている人数を数えた。
「……それほどいたか」
「幼い子供を休ませるために宿へ入ったとも聞いております」
「そうだったな。よし、宿の前に人を溜めるな。警備は入口と街路を空けておけ。面会を望む者には、申込みを受付へ預けて帰るよう言え」
続けて、王都との連絡を担当する文官へ命じる。
「こちらからは使いを一人出せ。私の名で、今夜中に居館へ来るように――」
文官は筆を止めた。
「お招きする、でしょうか」
「そう言おうとした。先方の都合を伺う文面にしろ」
都市名義の申込みを用意している間に、冒険者ギルドからも使いが来た。
先ほどギルドにいた高名な冒険者の一人も、面会の件で同行しているという。
さらに、市内に滞在していた周辺貴族家の連絡役まで取次ぎを求めてきた。
「全員通せ。何度も同じ話をするのは面倒だ」
許可を受け、冒険者ギルドから来た者、高名な冒険者、周辺貴族家の連絡役が執務室へ入った。
統治責任者は、三人が名乗りを終えるのを待ってから口を開く。
「代表は私でよいな。この都市に来た賓客なのだから」
冒険者ギルドから来た者が、すぐに異を唱える。
「迷宮の話であれば、まず我々が伺うべきです」
同行してきた冒険者も引かなかった。
「冒険者同士の方が、聞かれる側も話しやすい」
貴族家の連絡役も、自分の役目を譲ろうとはしない。
「ハイエルフへの礼節を考えれば、相応の者が伺うべきでしょう」
統治責任者が三人へ言った。
「では、四人で行けばよいではないか」
その提案に、側近がまた口を挟む。
「それぞれの随員と護衛も加わります。先ほど取りやめた案と、それほど変わりません」
「……では、どうしろというのだ」
「まだ、面会をお受けいただけるかも分かっておりません」
統治責任者は、文官が書きかけていた申込みを手元へ引き寄せた。
「そうだった。まずはそれだけ届けろ。返事が来てから、行く者を減らせばよい」
居館への招待と面会の希望を記した都市名義の申込みだけが、使いに託された。
誰が代表として行くかは、先方の返事を待ってから決めることになった。
◇
一方、宿の客室では、リーネが寝台で眠っている。
中央広場で立ち続け、人に囲まれ始めた頃には、リュセルへ抱っこを求めるほど疲れていた。
宿へ着いて客室へ入ると、リュセルのそばで横になり、そのまま眠り始めた。
リュセルは寝台のそばに座り、ルヴェンもリーネを起こさないよう近くで伏せている。
一行の予定は変わっていない。
この宿に一泊し、リーネを休ませ、明朝にはハイエルネリア方面へ出発する。
その頃、階下の受付では、冒険者ギルド、商人、周辺貴族側、都市統治側から届く伝言と書面が増え続けていた。
入口に立つ都市警備が通行を確保し、面会希望者を受付から先へ進ませない。
宿主人は、積み重なった申込みを自分だけで処理できなくなった。
幼い子供が休んでいると聞いていたため、申込みを持った者たちを客室へ通さず、自ら事情を伝えに行く。
階段を上り、廊下を進む。
客室の前で立ち止まると、リーネを起こさないよう扉を二度叩いた。
扉を開けたマルタは宿主人の用件を聞き、リュセルへ取り次いだ。
リュセルの許可を得ると、宿主人を客室内の前室へ通した。
到着時よりも顔色を悪くした宿主人は、前室から寝台のそばにいるリュセルへ呼びかけた。
「リュ、リュセル様……」
リュセルはリーネを起こさない声量で尋ねる。
「何だ」
宿主人の背後には廊下へ続く扉があり、その先には階下の受付へ下りる階段がある。
階下で待つ書面と伝言を、どう説明すればよいのか迷っている。
「その……お会いしたいという方々が……」
「誰だ」
「……たくさん、いらっしゃいます」
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