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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第73話 迷宮都市は、大騒ぎ(前編)

 四頭立ての箱馬車が中央広場を離れても、像の前に集まった者たちはすぐには動かなかった。


 「今の、本当に本人だったのか?」


 箱馬車が去った道を見ていた男の問いに、像の近くで会話を聞いていた者たちが答えた。


 「本人が認めていた。あの魔法使いは自分だって」


 「顔も像と同じだったぞ。耳だって見ただろう」


 「百二十年前に四人で踏破したって、自分で話していた」


 一人の思い込みではない。

 別々の場所から見ていた者が、同じ顔と長い耳を見ている。

 会話を聞いた者も一人ではなかった。


 ユアンは箱馬車の姿が見えなくなった後も、その道を見ていた。

 周囲から尋ねられると、リュセルが自分一人ではなく四人の功績だと話したことだけを答える。


 広場を通る者が像の前で立ち止まり始め、人と荷車の通り道が狭くなった。

 人の流れを整理していた都市警備の者が近づいてくる。


 「完全踏破者というのは、誰の話だ」


 目撃者の一人が記念像を示し、先ほどの箱馬車に乗っていた長い耳の男が、魔法使い本人だと説明した。

 警備の者は、その説明だけでは動かなかった。


 「お前は、本人と話したのか?」


 問われたユアンがうなずく。


 「はい。本人でした。完全踏破したのは自分一人ではなく、四人の功績だと話していました」


 警備の者は別の目撃者からも、像の人物と同じ顔だったという証言を取った。

 二人の証言が一致すると、一人を広場に残して通路を空けさせ、もう一人へ都市を預かる者への急報を命じる。


 同じ頃、話を聞いていた冒険者の一人が冒険者ギルドへ走り出した。

 都市警備は統治側へ、冒険者はギルドへ。

 同じ出来事が、二つの経路で広場から運び出されていく。


 やがてギルドからも証言を求められ、ユアンは迎えに来た者とともに広場を離れた。



 ◇



 オルディナを預かる貴族は、執務室で街路の補修と荷車の通行に関する報告を受けていた。


 扉が叩かれ、都市警備からの急報を持つ部下が取次を受けて入ってくる。

 報告の許可を得ると、部下は呼吸を整えきれないまま告げた。


 「完全踏破者が現れました!」


 統治責任者は机上の書類から顔を上げた。

 現在の冒険者の誰かが大迷宮を踏破したのなら、まずその者の名を確認しなければならない。


 「誰のことだ?」


 「いえ、新しい踏破者ではありません」


 「では何だ」


 「百二十年前の方です」


 統治責任者は、次の書類へ伸ばしかけた手を止めた。

 報告者の顔に冗談を言っている様子はない。


 「……もう一度言え」


 部下は、今度は言葉を分けて説明した。


 「中央広場にある四人の記念像。その魔法使い本人と思われます」


 「本人?」


 「像と現在の姿が、ほとんど変わっていません。広場にいた複数の者が確認しています」


 似ているだけなら、騒ぎを起こした者の見間違いで済む。

 統治責任者がそう指摘する前に、部下は確認できた発言を加えた。


 「本人が、約百二十年前に四人で完全踏破したことを認めています。単独ではなく、四人の功績だとも」


 執務室にいた者たちが口を閉じた。

 部下はまだ報告を終えていなかった。


 「長い耳も、広場にいた複数の者が見ています。エルフであることは間違いないかと」


 統治責任者は、続きを促した。


 「さらに、本人と直接話した者にも聞き取りました。ハイエルフかと問われ、本人が『そうだ』と答えています」


 ハイエルフという種族の存在を知る者はいても、実際に会ったことのある人間は多くない。

 目撃者だけで、普通のエルフとの違いまで判別できるとは限らなかった。


 それでも、長い耳を複数の者が見ている。少なくとも、エルフである可能性は高い。

 百二十年前の像と変わらない姿に加え、本人もハイエルフだと認めている。だが、いくつもの証言が重なっていても、それだけで鵜呑みにはできなかった。


 「まずは、身元を確かめる必要があるな」


 ただし、本当にハイエルフであった場合、確認が取れるまで待ってから礼を尽くしたのでは遅い。

 礼を欠くようなことがあれば、種族間の礼節にも、王国の対外関係にも関わる。


 統治責任者には、思い当たる報告があった。

 およそ一年前、近隣のグレイフェル辺境伯領へハイエルネリア王国の王族が入り、人間の女児を保護して暮らし始めたというものだ。


 「連れは?」


 部下は手元の控えを確かめた。


 「複数の付き添いと、人間の幼い女児が一人います。女児は、その方に自分から抱っこを求めていたとのことです」


 四頭立ての箱馬車には複数の付き添いがおり、女児が危害を受けているという証言は一つもない。

 ハイエルネリア王族と思われるエルフに、保護されているらしい人間の女児。

 過去の報告と同じ人物である可能性は、これで一気に高くなった。


 統治責任者は、王都との連絡を担当する文官へ顔を向けた。


 「そういえば、王国内にハイエルフが長く滞在しているという報告があっただろう」


 「はい。グレイフェル辺境伯領内を生活の拠点とし、現在も王国内に長期滞在中です。ただ、今は一行を伴ってハイエルネリアへ帰省するため、国内を北上していると王都は把握しています」


 統治責任者は、グレイフェル辺境伯領とハイエルネリア王国、それにオルディナの位置関係を思い浮かべた。

 辺境伯領からハイエルネリアへ帰るなら、オルディナがその道筋に入る可能性は高い。


 「今日の経由地は聞いているか?」


 「今日どの都市へ入り、どの宿へ泊まるかという日ごとの旅程は、こちらへ通知されておりません」


 「広場の人物が、その王族本人だと確認できた場合は?」


 「確認できしだい、速やかに王族に相応しい礼をもって対応するよう、王都からも共有されています。無用な詮索は避け、決して粗略に扱わないように、と」


 そこへ、広場から届いた追加の報告が加わる。

 リュセルはハイエルフだとは認めたが、王族だとは名乗っていない。

 姓も、ハイエルネリアでの立場も明かしていなかった。


 王族として扱えば、本人が伏せている身分を都市側が暴くことになる。

 だが、ただの冒険者として扱い、後で本人だと分かれば、王都からの共有を無視したことになる。

 統治責任者は、すぐに答えを出せず考え込んだ。


 「冒険者として迎えるべきでしょうか」


 「オルディナの完全踏破者、都市の英雄として遇するべきでは」


 「ハイエルフの賓客として、種族への礼節を優先すべきかと」


 どの意見にも理由がある。

 しかし、本人が示していない身分を、都市側が勝手に公表するわけにもいかない。


 統治責任者は、その場で対応を決めた。


 「使いを出せ。私の居館へお招きできるか、先方の都合を伺うのだ。その場で身元も確かめる。王族と断定してはならん。だが、本物であった場合に備え、最初からハイエルネリア王族へ向ける礼を尽くせ。決して呼びつけるような真似はするな」


 使いの手配を命じられた部下が、言いづらそうに口を開いた。


 「その…一行は、すでに市内の宿へ向かわれました」


 「何故止めなかった!」


 「幼い子供が疲れていたため、休ませるとのことで……。事前の迎賓命令もなく、道を塞いでお止めする理由がありませんでした」


 統治責任者は反論できなかった。

 命令も制止する根拠もない以上、宿へ向かう客の道を塞ぐ方が問題になる。


 百二十年前の完全踏破者は、都市からの歓迎を待たなかった。

 疲れた幼児を休ませるため、そのまま宿へ行ってしまったのである。


 「本人を追い回すな。使いを向かわせる先を確かめろ。警備は宿と街路の状況を調べ、冒険者ギルドへも照会を出せ」


 命令を受けた者たちが執務室を出ていった。

読んでいただきありがとうございます。

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