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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第70話 リーネ、初めての別れと満天の夜空(後編)

 イレナは問い返さず、四頭を連れて草地の反対側へ移る。

 セラとニナが天幕と荷を持って後退し、マルタはリーネを抱き上げた。


 ルヴェンも、マルタに抱かれたリーネのそばへ移る。

 人と馬がすべて範囲の外へ出ると、私は地中へ魔力を流した。


 草地の下を走る根が持ち上がり、地面の上で組み合わさる。

 太さを揃えた根が床を支え、その上へ木の板が広がった。


 床の周囲から幹が伸び、互いにつながって壁になる。

 枝は頭上で重なり、隙間のない屋根へ形を変えた。


 壁の一方へ入口を残し、もう一方には外が見える窓を開ける。

 大樹の家ほどの高さも部屋数も必要ない。


 旅用の寝具を置き、リーネと世話をする者が入れれば十分だ。


 根の動きが止まり、一夜用の木の小屋が完成した。


 マルタの腕の中で、リーネが入口へ手を伸ばす。

 私は床を踏み、壁を押して、動かないことを確かめた。

 それからマルタがリーネを下ろし、手をつないで入口まで連れてくる。


 「……野営、ですよね?」


 イレナが小屋を見上げている。


 「そうだが」


 「家がありますけど」


 セラが天幕の布を抱えたまま言った。


 「一晩寝る場所だ」


 私は小屋の中へ入り、寝具を置く場所を決めた。

 リーネの手や顔を洗うなら、小屋の中に水場もあった方がよい。


 根で水を受ける窪みを作り、そこへ水を湧かせれば、夜中に外から運ぶ必要もなくなる。

 私は床の隅へ魔力を流した。壁際の根が動き、水を受ける形へ盛り上がり始める。


 「水場も――」


 「リュセル様。一晩でございます」


 マルタが入口から止めた。


 「知っている」


 「明朝には出発します」


 イレナも続ける。


 「それも知っている」


 マルタが旅用の水筒と洗面用のボウルを入口に置いた。

 今夜使う水は、すでに用意されている。

 新しく水場を作る必要はないらしい。


 私は魔力を引き、動きかけた根を元の床へ戻した。


 マルタが小屋の床へ敷物と寝具を運ぶ。

 セラとニナは天幕をしまい、焚き火と夕食の支度へ戻った。


 イレナは四頭を休ませ、街道側の警戒へ戻る。

 焚き火には薪が組まれ、四頭は水と飼葉を取っていた。



 ◇



 日が沈む頃、焚き火のそばに夕食が並んだ。

 携行してきたパンを温かいスープに添え、夕食を始める。


 リーネは火から離した敷物に座り、私が隣、マルタが反対側についた。

 ルヴェンは食事を必要としないが、私たちの後ろで尾を丸めている。


 薪が崩れるたび、火の形が変わる。

 リーネはスプーンを止め、赤い光が伸びる様子を見ていた。


 「火には触れるな」


 リーネが敷物へ手をつき、火へ身体を傾ける。

 私は胴を支え、火との間を空けた。

 マルタがスープ皿を持ち直すと、リーネは食事へ戻った。


 空の明るさが失われ、焚き火の外側から草地が見えなくなっていく。

 大樹の家には火のカーナの灯りがあり、昨夜の宿にも窓と廊下に明かりがあった。


 ここには、他の家も町の灯りもない。


 全員が食べ終えると、セラとニナが食器を下げた。

 水で洗った食器が箱へ戻され、焚き火だけが夜の草地を照らす。


 イレナが焚き火の向こうから戻った。


 「周囲に変化はありません。あちらの開けた場所までなら、ここからも見渡せます」


 リーネは敷物へ座ったまま、木の馬を膝の上から隣へ歩かせた。

 何もない場所で馬を止める。


 「りた?」


 返事はない。

 リーネは木の馬を持って立ち上がり、箱馬車と木の小屋の間へ進もうとした。


 「りた!」


 「リタはここにはいない」


 私が答えると、リーネの足が止まった。

 木の馬を胸へ押しつけ、口を開いて息を吸い込む。


 「りたあああぁぁぁ!」


 泣き声が夜の草地へ響いた。

 涙が両頬を流れ、息を継ぐと、またリタの名を呼ぶ。


 私はすぐに抱き上げた。

 片腕で尻を支え、もう一方の手を背へ当てる。

 リーネは片手に木の馬を握ったまま、空いた腕を私の首へ回した。


 「リタに会いたいのか」


 返事の代わりに私の服を掴み、肩へ顔を押しつけて泣いた。


 リタとの別れの時は泣かなかった。

 だが今は、木の馬を握り、リタの名を呼んでいる。


 私はリーネの背を、とん、とんと叩いた。

 以前は乳を飲んだ後にしていた動作だ。

 今では、リーネが泣けば考える前に手が動く。


 泣き声はすぐには止まらなかった。

 息を継いでは名を呼び、身体を震わせる。

 私はリーネを抱いたまま焚き火のそばを歩き、同じ間隔で背を叩き続けた。


 やがて泣き声が途切れ、肩へ押しつけていた顔が動いた。

 リーネは私の腕の中から、暗い空へ指を伸ばす。


 「りゅー」


 私はリーネを抱いたまま、焚き火の明かりから離れた。

 ルヴェンもついてくる。


 イレナが安全だと示した範囲を越えず、空を遮る木のない場所で止まった。

 振り返れば焚き火と木の小屋があり、マルタが焚き火のそばでこちらを向いている。


 リーネは私の肩へ頬をつけたまま、空を見上げた。


 大樹の家でも、宿でも、夜空の一部なら見えていた。

 だが、今は頭上から地平近くまで、建物にも枝にも遮られていない。


 無数の光が、暗い空に広がっている。


 「星だ」


 「……ほし?」


 「ああ。星だ」


 「ほし」


 リーネの指は隣の光へ、さらにその先の光へと動く。

 ルヴェンが隣で頭を上げた。


 『上にもたくさんございますよ』


 リーネは私の服を握ったまま、首を反らした。


 「全部見るつもりか」


 朝には、リタの幌馬車が消えた道を見ていた。

 夜にはリタの名を呼んで泣き、今は私の腕の中から空の光を追っている。


 「リュセル様、寝床の支度が整いました」


 焚き火のそばからマルタの声が届いた。


 私はリーネを抱いたまま戻り、木の小屋へ入る。

 ルヴェンも入口をくぐり、寝具のそばで尾を丸めた。


 マルタがリーネの手と顔を拭き、眠るための衣服へ着替えさせる。

 セラが箱馬車から運んだ布の鳥は、寝具の上に置かれていた。


 リーネは横になると、布の鳥を片腕へ抱き、木の馬をもう一方の手で握った。

 私は寝具の脇に座り、リーネの背へ手を置く。

 小屋の窓からは、夜空の一部が見えている。


 目を閉じる前に、リーネが言った。


 「ほし」


 「ああ」


 私は背を、とん、とんと叩いた。

 やがて木の馬を握っていた指が開く。

 馬を枕のそばへ置き、リーネが眠ってからも、もうしばらく同じ間隔で背を叩き続けた。

読んでいただきありがとうございます。

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