第68話 リーネは、リタといっしょに行く(後編)
幌馬車が街道脇の木陰へ入り、止まった。
木人も、その後ろへ十分な間を空けて箱馬車を止める。
両車の車輪が静まってから、イレナがリーネを私へ渡した。
ここで止まったのは、馬を休ませるためだ。
イレナとダリオが馬具を緩め、水と飼葉を与える。
クララとマルタが木陰へ昼食を並べ、セラが人数分の器を配る。ニナは子供たちが馬の後ろへ近づかないよう、座る場所を選んだ。
周囲に魔獣の気配はない。街道からも離れすぎておらず、草地の先まで見通せる。
水と飼葉を置き終えると、イレナとダリオも木陰へ戻った。
リーネはマルタの隣、リタはクララの隣に座り、全員で昼食を取る。
全員が食べ終えると、リタが草の間を跳ねる虫を追って走った。
「リタ、まって」
リーネも後を追う。
だが、リタとの間はすぐに開いていく。
地面から出た低い根を、リタは駆けたまま越える。
リーネは両手を広げ私に合図を送る。
「待ってろ」
リーネのもとに近づいて、私は抱き上げて根の先に下ろす。
一方のリタはさらに先へ進んだところで、後ろから声が来ないことに気づいたらしい。
振り返り、少し後ろで私のそばにいるリーネを見つける。
そこで待つのではなく、走って戻ってくる。
「リーネ、いこ」
差し出された手を、リーネが握った。
リタは今度は走らなかった。
リーネが足元を確かめて歩き出すまで隣にいる。
それから手をつないだまま、先ほどよりゆっくり進んだ。
「リタが、あんなふうに誰かを待つのは初めてかもしれません」
隣に来たクララが言った。
「兄弟もいませんし、いつもは自分が先へ行って、私たちを呼ぶ側でしたから」
追っていた虫は、すでに草の間から消えている。
それでも二人は手を離さず、木陰で待つ私とクララの方へ戻ってくる。ニナも二人の後ろから歩く。
木陰まで数歩というところで、リタが自分たちの幌馬車を指す。
「リーネ、こっち」
リタはリーネの手を引いたまま、幌馬車の後ろへ向きを変えた。
私は二人を追うために立ち上がる。
だが、クララが私より先に木陰を出て、幌馬車の後ろへ向かった。
ニナは二人の後ろから追いつき、リーネの隣を歩いている。
車体の前方ではダリオとイレナが馬を見ており、幌馬車は停車したままだ。
荷台で荷を動かしている者もいない。
私はそれ以上進まず、木陰から見守る。
クララは子供たちより先に荷台の後ろへ回り、垂れていた幌を持ち上げる。
リタはそこでリーネの手を離し、クララへ両腕を伸ばす。
クララが抱き上げて荷台へ乗せると、リタは中へ入り、自分の座る場所へ腰を下ろす。
リーネも荷台の開口部へ両手を伸ばした。
クララはリーネの背と膝の下へ腕を回して抱き上げ、リタの隣へ座らせる。
それから自分も荷台へ上がり、二人と向き合って座った。
ニナは地面に残り、開口部から二人が荷の間へ入り込まないよう見ている。
幌の中には布の包みや蓋をした箱がまとめられていた。
クララと子供二人が座っても、夜に横になれる場所が残っている。
「ここ、リタ」
リタは自分が座っている床を手で叩いた。
「これ、おうま」
リタは昨日リーネへ貸した木馬を取り出し、差し出した。
リーネは木馬を受け取り、膝へ置いた。
それから幌の中に置かれた蓋付きの箱へ手を伸ばす。
指が届く前に、クララが布の包みを一つ取って渡した。
「こちらなら触っても大丈夫よ」
リーネは包みを両手で押し、リタにも渡した。
大樹の家とは何もかも違う場所だ。
私は木陰から、幌の中にいる二人を見ていた。
リーネは私を呼ばず、リタと並んで座ったままだ。
◇
やがて馬が水と飼葉を取り終えた。
マルタとセラが昼食の道具を片づけ、イレナが馬具を締め直す。
出発の支度が始まると、私は幌馬車の後ろへ向かう。
クララが荷台からリーネを抱き上げ、開口部の下で待つ私へ渡す。
私はリーネを受け取り、地面へ下ろす。
続いてクララがリタを地面へ下ろすと、馬のところから戻ったダリオが抱き上げる。
リタはダリオの腕の中から、リーネへ手を伸ばした。
ダリオはその手を支えながら、私へ尋ねる。
「ヴァルネでイレナ様のお名前を出す際、リタのこともお伝えしてよろしいのでしょうか?」
ダリオの言葉に私は頷いた。
「リーネがリタを覚えているのなら、また会わせればよい」
腕の中で聞いていたリタが、自分の胸を叩いた。
「リタのおうち、セルディオン」
それからリーネへ尋ねる。
「どこにかえるの?」
リーネは私を見上げた。
「大樹の家だ」
「おっきい、き?」
「ああ」
「リタ、いく!」
「勝手に決めないの」
クララに言われても、リタは行くと言い続けた。
ニナが荷台から木馬を持ってきて、リタへ渡す。
ダリオに抱かれたリタは、受け取った木馬を胸へ抱いた。
リーネも布の鳥を持った手を上げる。
私はリーネの布の鳥と、リタが抱いた木馬を見た。
「ふむ」
頷いて、二人の前の地面へ魔力を流す。
細い根が地中から伸び、二つに分かれて絡み合った。
一方は羽を畳んだ鳥に、もう一方は鬣と四本の脚を備えた馬へ形を変える。
形が整った二つを根元から離し、掌へ載せた。
どちらも子供が手に持てる大きさだ。
鳥は首と翼、馬は首と四本の脚に関節があり、木肌は指に引っかからないよう滑らかに整えてある。
私は鳥の翼を開き、馬の前脚を曲げて見せた。
「明日には道が分かれるのだろう。餞別だ」
ダリオがリタを地面へ下ろす。
私は木の鳥をリタへ、木の馬をリーネへ差し出した。
「とり! リタの?」
「ああ」
リタはいつもの木馬を脇へ抱え、新しい鳥の翼を開いた。
リーネも布の鳥を胸へ抱え直し、受け取った馬の首を動かす。
「うま!」
リタの笑い声に、リーネも声を上げて笑った。
「このような物を、いただいてよろしいのですか?」
ダリオが木の鳥の細かな羽を見て、何度も頭を下げる。
クララもリタの手にある鳥を見つめた後、私へ深く頭を下げた。
「こんなに精巧なものを、リタにまで。本当によろしいのでしょうか」
「玩具だ。二人が喜んでいる。それでよい」
ダリオとクララがようやく頭を上げる頃には、馬具と荷の確認も終わっていた。
◇
午後も、幌馬車が先を進んだ。
停車中にイレナの膝へ移ったリーネは、御者台から前の馬車を見ていた。
「りた、いっしょ」
連絡小窓の向こうから声が届く。
「ああ。一緒だ」
私が答えると、リーネはまた前へ手を振った。
日が傾き始めた頃、二台の馬車はその夜を過ごす街道沿いの宿へ入った。
馬車を止めたダリオが、明日の予定を口にする。
「明日は、あの分岐から別の道へ入ります」
「そうか」
宿の馬車置き場で、ダリオは幌馬車の車輪へ輪止めを置き、イレナは四頭を厩へ入れる支度へ移った。
リタは荷台から下ろされると、リーネのところへ来る。
「リーネ、いっしょだね」
「りた、いっしょ」
二人は同じ言葉を言い合い、声を上げて笑った。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




