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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第67話 リーネは、リタといっしょに行く(前編)

 リーネが目を覚ました頃には、窓掛けの隙間から朝の光が入っていた。

 廊下を宿の者が行き来し、階下からは食器の触れ合う音が届いている。


 私は昨夜から使っていた椅子に座り、寝台のリーネを見ていた。

 ルヴェンは寝台の横の床で尾を丸めている。

 マルタは窓の下の卓に、朝の衣服と湯で濡らした布を用意していた。


 リーネは大樹の家とは違う木組みの天井を見上げた後、顔をこちらへ向けた。

 腕の中には、いつもの布の鳥がある。

 リーネは布の鳥を抱え直した。

 空いた手でルヴェンの尾へ触れ、それから寝具の上へ自分で身体を起こす。

 昨夜のように、私の服を掴んだまま周囲を警戒することはない。


 「起きたか」


 「りゅー」


 『おはようございます、リーネ様』


 「べるー」


 リーネが触れた尾が、一度だけ動いた。

 マルタは挨拶が終わるのを待ってから、卓に置いた布を手に取った。


 「まず、お顔を拭きましょう」


 顔と手を拭き終えると、マルタは朝の衣服を卓から取る。

 リーネは布の鳥を私へ預け、差し出された袖へ自分から腕を通そうとした。

 うまく通らず、布の中で手が迷う。


 私は出てくるまで手を出さない。

 やがて袖口から指が現れ、リーネは手のひらを開く。

 着替えが終わり、マルタが髪を整えてから、私は布の鳥を返す。

 リーネは満足そうに抱え直す。


 「そちらもお連れになりますか?」


 マルタが尋ねると、リーネは布の鳥を胸へ寄せた。


 「とり、いく」


 扉を叩く音がした。


 「朝食の支度ができました。イレナさんは、四頭の朝の点検で、先に馬車置き場へ向かっています」


 セラの声だ。扉を開けると、旅装を整えたセラとニナが廊下で待っていた。


 「では、一緒に朝食へ参りましょう」


 リーネは布の鳥を片腕に抱え、空いた手をマルタとつないだ。

 ルヴェンが先に廊下へ出る。

 私はリーネのすぐ後ろを歩き、セラとニナも続いた。

 階段を下りきると、食堂にはダリオたちがいた。

 先に気づいたのはリタだった。

 椅子の上で身体をこちらへ向け、片手を上げる。


 「リーネ!」


 「りた!」


 リタは椅子から下りようとしたが、クララが背を支えた。


 「食べ終わってからにしましょうね」


 「うん。リーネ、ここ!」


 食堂へ入ると、リーネはマルタの手を放し、リタへ手を上げた。

 昨日まで知らなかった名を、二人とも迷わず呼んでいる。

 ダリオは私を見ると、椅子を引いて立ち上がった。


 「お、おはようございます、リュセル様」


 昨夜よりも姿勢が硬い。


 「あなた、どうしたの?」


 「いや、何でもない。少し寝不足なだけだ」


 飲んだ量は、眠れなくなるほどではない。

 だが、私は何も言わず、案内された席へ座る。


 朝食の間、リタは自分の木馬が幌馬車にあることを話し、リーネは布の鳥を見せた。

 食べ物が口へ入るたびに会話は途切れるが、どちらかがまた名を呼べば続いた。

 食器が下げられ始めると、私たちも馬車置き場へ向かった。



 ◇



 宿の者から四頭の様子を聞き取ったイレナは、一頭ずつ馬具を点検していた。

 木人は箱馬車の脇に立ち、命令を待っている。

 少し離れたところでは、ダリオが幌馬車の覆いを調べ、クララが荷を留めた紐を引いていた。

 出発の支度が整う前に、今日進む道を決めておく必要がある。


 「本日は、しばらく同じ街道を進むことになります」


 ダリオは荷台の後ろを閉じながら言った。


 「明日、この先にある分岐で私どもは別の街道へ入ります。その後もいくつかの町を回り、最後はセルディオンへ戻る予定です」


 「実家があるのだったな」


 「はい。フェルナー商会と申します。今は父が当主を務めており、いずれは私が跡を継ぎます」


 「いずれ、ですけどね」


 クララが荷紐から手を離した。


 「今は商会の跡取りというより、幌馬車暮らしの行商人です」


 「これも跡を継ぐための修業だ」


 「ええ。帳面も仕入れも私に手伝わせる、立派な修業です」


 ダリオが苦笑し、クララはリタを連れて幌馬車の中へ入った。

 二人で荷の間を調べ始める。

 周囲にいるのは、私たちの一行とダリオだけになった。


 「リュセル様方は、このままハイエルネリアへ向かわれるのですよね」


 ダリオは先ほどまでより声を抑えていた。


 「ああ」


 「お戻りになった後は、王都にお住まいなのですか?」


 「普段はヴァルネから半日ほど森へ入った場所に住んでいる。大樹の家だ」


 「森の中に、大樹の家……ですか」


 これだけでは森のどこにあるかまでは伝わらない。


 「ヴァルネへ来ることがあれば、イレナ・ヴァルクの名を出せ。こちらへ話は届く」


 四頭目の馬具を点検していたイレナが、こちらへ一度頷いた。


 「ありがとうございます。セルディオンでは、フェルナー商会へ名をお伝えください。私どもが戻っていなくとも、父へ話は届きます」


 「覚えておこう」


 馬車置き場に、リタとリーネの声が重なった。

 クララに連れられて戻ったリタが、街道を示すダリオの手を見て尋ねる。


 「リーネも、いく?」


 「ああ。同じ街道だ」


 リーネはリタを見た。


 「りた、いく?」


 「うん。いくよ。リーネも、いっしょにいく?」


 「いっしょ?」


 「そう。リタとリーネ、いっしょ!」


 「いっしょ、いく!」


 二人が笑ったところで、ダリオが自分の幌馬車と私たちの箱馬車を見比べた。


 「ですが、私どもの馬車では、皆様の進みを遅らせてしまいます」


 四頭立ての箱馬車は、行商用の幌馬車より速く進める。

 今日の道を急ぐ理由はなく、ダリオも危険な街道だとは言っていない。


 「急ぐ旅ではない」


 私は木人へ、先を進む幌馬車を追い越さず、同じ速度を保つよう命じた。


 「よろしいのですか?」


 「リーネが一緒に行きたいらしい」


 ダリオは何かを言いかけた。それを飲み込み、頭を下げる。


 「ありがとうございます」


 出発前、イレナが御者台の空いた側へ座った。

 手には何も持っていない。

 私はリーネをその膝へ渡す。

 木人が手綱を持ち、イレナがリーネの身体を支えた。

 先に幌馬車が動き出す。


 後ろの覆いからリタが顔を出し、手を振った。

 リーネもイレナの腕の中から手を振り返す。


 箱馬車へ乗り込んだ後、私から幌馬車は見えない。

 それでも連絡小窓の向こうでは、リーネの手が何度も上がった。


 「また振っていますね」


 セラが小窓の方を見て言う。


 「見えるたびに、どちらかが始めるんです」


 ニナの言葉どおり、それは午前の間、何度も続いた。

読んでいただきありがとうございます。

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