↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/105

第65話 リーネ、はじめて宿屋に泊まる

 呼び合った二人の声が、宿の馬車置き場に重なる。


 リタは木馬を抱えたまま駆けてきそうになり、父親に服を掴まれて立ち止まった。

 その父親は帽子を取り、水場で名乗らなかったことを詫びた。


 「ダリオ・フェルナーと申します。こちらは妻のクララ、娘のリタです」


 「クララでございます。先ほどは、娘がお世話になりました」


 「リュセルだ」


 ダリオとクララは、その先が続くものとして待っていた。

 だが、私がそれ以上名乗らずにいると、二人は顔を見合わせた。

 ダリオは間を置いて、帽子をかぶり直す。


 大人の挨拶が終わるより先に、リタが木馬を片腕へ抱え直した。

 空いた手をリーネの前へ出す。


 「いこ」


 リーネは差し出された手と、私の人差し指を見た。

 布の鳥を胸へ抱き直し、私の指を離す。


 その手が、リタの手を握った。

 リタは宿の入口へ歩き、リーネも隣を進んでいく。


 「リタ!」


 「お待ちなさい!」


 ダリオとクララがそろって追おうとしたので、私は二人を止めた。


 「よい。子供同士、色々と語り合いたいこともあるのだろう」


 「えっ? ……あの二人が、ですか…?」


 ダリオは、手をつないだ二人の背中を見た。

 リタは宿の扉を「ここ」と呼び、リーネは布の鳥を抱えたまま「りた」と答えている。


 聞いている限り、会話が成り立っているのかは疑わしい。

 それでも、語り合っていると言ってよいのではないだろうか。


 宿の者と四頭の受け渡しを終えると、私は木人へ馬車の脇で待機するよう命じた。

 木人は手綱から手を離し、車体のそばへ移動して動きを止める。

 イレナはその様子を確認してから、二人より先に宿の入口へ入った。

 扉の内側に残り、出入口と共用部全体を見渡せる場所に立つ。


 「ニナ。二人についていろ」


 「はい」


 ニナがすぐ後ろから続く。

 イレナは扉の内側で宿の者と話を続け、マルタとセラは今夜使う荷を持って私の後ろへ続く。

 ダリオとクララは、私たちから一歩下がった位置を歩いた。


 私とルヴェンが宿へ向かうと、ダリオがためらいながら声をかけてくる。


 「リュセル様も、本当にこちらへお泊まりになるのですか?」


 「そのつもりだ」


 「ですが、四頭立ての馬車に、護衛や侍女までいらっしゃる。それに、御者台では木の人形のようなものが手綱を握っていた。あれは、魔道具なのですか?」


 「魔道具ではない。私が魔法で作った木人だ」


 「……では、やはり貴族様か、それに連なるお方なのではありませんか。このような旅人向けの宿に泊まっても差し支えないのでしょうか。てっきり、代官様のお屋敷へ向かわれるものかと……」


 「ここに宿があるのに、なぜ代官のところへ行かねばならん?」


 ダリオの口が開いたままになり、クララが代わりに声を抑えて答えた。


 「一般の旅人ならそうでございます。ですが、貴族の方がお越しになれば、このような町では代官がお迎えするものです」


 「そういうものか」


 そういえば、出発前にイレナから道中の町へ先触れを出すかと尋ねられたが、知られればかえって面倒だと断った。


 そのため、イレナは町ごとに四頭と車体を預けられ、私たちが泊まれる宿だけを調べて旅程へ組み込んでいる。

 王族として迎えを受ける手順は知っているが、今回はリーネを連れた私的な旅だ。

 宿へ着くたびに代官や領主を動かすつもりはない。


 宿へ入ると、リタは早くも案内を始めていた。


 「ここ、ごはん」


 一階の食堂を示し、次に水差しの置かれた台へ歩いていく。


 「おみず」


 「みず」


 リーネが繰り返すと、リタは木馬を上下に動かした。

 木馬の脚が、リタの膝の上で二度跳ねた。


 リタはさらに階段へ進んだ。


 「うえ、ねる」


 一段目へ上がろうとしたところで、ニナが二人の前へ入った。


 「お部屋が決まってからね」


 「わたし、しってるよ」


 「リタちゃんは知っていても、リーネ様は初めてだから」


 リタは階段へ置いた手を戻した。

 それからリーネへ向き直り、今度は一階の奥にある休憩場所へ連れていく。


 その間に宿泊の手続きも進み、イレナが宿の者と必要な部屋、馬の世話、荷の置き場所を詰めていた。マルタとセラは、今夜使う物だけを宿の者へ渡している。

 部屋が整うまで、一階の休憩場所を使わせてもらうことになった。

 そこには低い卓を挟んで布張りの長椅子が向かい合い、脇に肘掛け椅子も置かれている。窓の外から馬の鼻息や桶へ水を流す音が届いてくる。


 リタは床へ座り、木馬を走らせた。


 「おうま、ぱかぱか」


 「うま」


 リーネも隣へ座り、布の鳥を動かす。


 「ぴよぴよ」


 木馬が布の鳥の前まで来た。

 リタは木馬の背を叩き、空いた手をリーネへ出す。


 「とり、のる?」


 リーネは布の鳥を胸へ戻した。


 リタは取ろうとせず、木馬を二人の間へ置いて待っている。

 私もマルタも口を挟まない。


 窓の外で馬が鼻を鳴らした。

 リーネはそちらへ顔を動かした後、胸に抱いていた布の鳥を両手で持ち直した。


 ゆっくり腕を伸ばし、リタへ渡す。

 リタは鳥を木馬の背へ乗せた。


 「いっしょ」


 木馬が床を進み、その背で布の鳥が揺れる。

 リーネは両手を床へつき、木馬と同じ速さで隣を進んだ。


 「とり」


 「おうま、ぱかぱか」


 低い卓を一周すると、リタは布の鳥を木馬から下ろした。

 リーネの前へ返し、今度は木馬を差し出す。


 リーネは戻ってきた布の鳥を片腕へ抱き、空いた手で木馬の背を撫でた。

 リタが「ぱかぱか」と言うたび、木馬を少しずつ前へ押している。


 宿の入口が騒がしくなったのは、その遊びが何周か続いた頃だった。


 身なりを整えた男が宿の者に案内され、一階の共用部へ入ってくる。

 男は私たちの前で礼を取った。


 「門の者から、辺境伯様に連なるお方がお着きになったと聞き、参りました。この町を預かる者にございます」


 代官が名乗ると、ダリオとクララはすぐに長椅子から立った。

 クララが、床で遊ぶリタを呼び戻そうとする。

 それを見て、私は二人へ告げた。


 「そのままでよい」


 クララは娘を呼ばず、ダリオとともに代官の脇で頭を下げた。


 代官は、門の者では身分を確かめられなかったと詫びた。

 辺境伯に縁のある客人を旅人向けの宿へ泊めたままにはできないとして、私たちのために屋敷の部屋を用意すると申し出る。


 「このような宿では、何かとご不便もございましょう。ぜひ代官邸へお移りください」


 布の鳥はリーネの腕へ戻っていた。

 木馬は二人の間にあり、リーネが押せば、リタが進む先を手で教えていた。


 「イレナ」


 「馬、車体、部屋、出入口まで確認しております。今夜の警護も、この人数で支障はございません」


 代官邸なら、食事も警護も相応のものが用意されるだろう。

 一方、この宿もイレナが必要な条件を確認し、ニナは子供たちのそばにいる。

 慣れない町へ着き、初めての宿へ入り、リーネはようやく遊び始めたところだ。

 この代官の言い分も理解できるが、この宿に泊まる意味が生まれている以上、この申し出を受ける必要も無かった。


 「何事もリーネの経験だ。ここでかまわん」


 「ですが、せめてお食事や警護だけでも――」


 「問題があればこちらから言う」


 イレナが私の後ろから一歩出た。


 「リュセル様のご意向です。お気遣いは、ありがたくお受けいたします」


 代官はそれ以上勧めず、宿の者へも過度な扱いを命じない。

 何かあればすぐ知らせるよう告げ、再び礼を取って帰っていった。


 ダリオは扉が閉じてから、ようやく腰を下ろした。


 「やはり、代官様が自ら迎えに来られるようなお方ではありませんか」


 「私は身分を明かしていない。代官が門の報告だけで勝手に来たのだ」


 「そういう問題なのでしょうか……」



 ◇



 夕食の時間になると、食堂のテーブルへ湯気の立つ野菜スープとパンが運ばれた。

 私たちは食堂の奥、ダリオたちは入口に近いテーブルへ案内される。


 リタは椅子へ座る前にリーネを見つけ、隣の空いた場所を手で叩いた。


 「リーネ、こっち」


 「リタ、勝手なことを言わないの」


 クララが娘を座らせようとする一方で、リーネは私の服を引き、リタのテーブルへ歩こうとした。


 席には余裕がある。

 昼から二人を離す理由もなかった。


 「構わん」


 宿の者が椅子を寄せ、二つのテーブルをつなげた。

 リーネの隣へマルタ、リタの隣へクララが座り、スープ皿はそれぞれ大人の手元へ置かれる。


 リタは自分のスプーンで、スープの中からよく煮えた野菜をすくった。

 クララが手を出さなくても、一口目に続いて二口目も自分で食べる。


 その二口目を見て、リーネもマルタの持つスプーンへ手を伸ばした。


 「ご自分でなさいますか?」


 「うん」


 マルタはスープ皿を押さえ、スプーンをリーネへ渡した。

 リーネはスプーンで野菜を一つすくったが、口へ届く前にテーブルへ落ちる。


 リタが隣でスプーンを口へ運ぶと、リーネももう一度スープをすくい、今度は野菜を口まで運んだ。


 「りーね、じょうず」


 マルタはテーブルへこぼれたスープを布で拭き、スープ皿を支えるだけで、代わりに食べさせようとはしない。

 私も手を出さず、マルタに任せた。


 それからリーネは、スープを飲んではパンをかじり、自分のペースで食事を続けた。

 リタが先に食べ終わる頃には、リーネのスープ皿にも少ししか残っていない。

 マルタは、リーネが自分からスプーンをテーブルへ置くまで急かさず待った。


 宿の者が二人のスープ皿を下げると、クララはリタの口元を布で拭う。


 食器が下げられたあとも、私たちはしばらく同じテーブルに残った。

 リタは隣のリーネへ話しかけ続け、リーネも知っている言葉で返している。

 食堂の客が減り始めた頃、リタが話の途中で大きなあくびをすると、クララが娘の背を撫でた。


 「リタ、そろそろ寝る時間よ」


 クララが立つと、リタは椅子から降りた。

 木馬を抱え、リーネの前へ来る。


 「リーネ、またあした」


 リーネは答えず、リタの顔と木馬を見ていた。

 やがて、名前を呼ぶ。


 「りた」


 リタが手を振った。

 リーネも椅子の上から手を振り返し、ダリオたちが階段を上がって見えなくなるまで続けた。



 ◇



 私たちには、宿の最上階にある一番上等な部屋が用意されていた。


 中へ入ったリーネは、入口で立ち止まった。

 壁の木目も、寝台も窓の形も、大樹の家とは違う。


 風のフィルネも水のネレアもいない。

 地のドルムと火のカーナの気配もない。

 窓の外からは、厩にいる馬が時折、床を蹴る音が届く。


 リーネは私の服を掴み、見慣れない天井を仰いだ。


 マルタは急がせず、いつもと同じ順で寝る支度を始めた。

 身体を拭き、旅用の寝間着へ替え、寝具を整える。


 荷から布の鳥を出し、リーネが選んだ木製玩具も寝台のそばへ置いた。


 ルヴェンが寝台へ上がり、白銀の尾を丸める。


 『こちらは、いつもと同じでございますよ』


 リーネは私の服から手を離し、白銀の毛へ触れた。

 次に布の鳥を受け取ると、ようやく寝具の上へ身体を預ける。


 私は寝台の脇へ座り、マルタが灯りを落とすのを待った。


 厩から、また馬の音が届く。

 リーネは顔を上げかけたが、布の鳥を胸へ引き寄せ、ルヴェンの尾へ片手を乗せた。


 やがて、ルヴェンの尾に乗せた指がほどけていく。


 布の鳥の翼が、寝息に合わせて上下していた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。