第61話 みんな、いく?
ハイエルネリアへ帰ると決めた翌朝も、大樹の家の食卓はいつもと変わらなかった。
リーネは私の隣で朝食をとり、向かいにはマルタ、セラ、ニナがいる。
イレナも同じ卓につき、ルヴェンは食卓の端で白銀の尾を丸めていた。
食事が一段落したところで、私は全員へ告げた。
「ハイエルネリアへ行くことにした」
「本当に行かれるのですか?!」
セラがすぐに聞き返した。
ニナも匙を皿へ置き、私を見る。
マルタは隣のリーネを見た。
「リーネ様もご一緒なのですね」
「ああ。母上から大祭へ出ろと言われた。リーネも連れて帰ってこいと言われている」
イレナだけは昨日の手紙を読んでいたため、驚いた様子はない。
「お前たちにも一緒に来てもらう」
ルヴェンと、イレナ、マルタ、セラ、ニナには同行してもらう。
誰が何を担当するかは、まだ決める必要がない。
そもそも出発日すら決めていなかった。
話を聞いていたリーネが、私を見上げる。
「りゅー、いく?」
「ああ。行く」
リーネはすぐにルヴェンを見た。
「べるー、いく?」
『もちろんです。リーネ様』
返事を聞いたリーネは椅子から降り、ルヴェンのところへ行った。
ルヴェンが白銀の尾先を差し出すと、リーネは両手で触れた。
言葉のすべてを理解したかは分からない。
それでも、ルヴェンも一緒だということは分かったらしい。
尾から手を離したリーネは、次にマルタを見た。
「まるた、いく?」
マルタが微笑む。
「はい。リーネ様と一緒に参りますよ」
リーネは返事を聞くと、共用空間の奥へ行ってしまった。
何をするのか誰も分からないまま待っていると、布の鳥を抱えて戻ってくる。
リーネはマルタの前まで行き、布の鳥を差し出した。
「これは?」
「いく」
マルタは布の鳥とリーネを見て、すぐに頷いた。
「これも一緒に持っていくのですね」
「うん」
まだ出発日すら決めていないのだが。
マルタは布の鳥を受け取り、リーネから見える卓の端へ置いた。
「大切にお預かりしておきますね」
それで任せたつもりなのだろう。
リーネは満足そうに頷き、今度はセラを見た。
「せら、いく?」
待っていたらしいセラが、すぐに答える。
「はい! もちろんです!」
リーネは突然の大きな返事に、身体を少し引いた。
「あっ、すみません」
セラが慌てて謝る。
だが、リーネはすぐに笑った。
「リーネ様と一緒に旅ができるなんて楽しみです!」
「いく!」
セラがもう一度勢いよく返そうとしたため、先に言っておく。
「今度は驚かせるなよ」
「はい……!」
セラは今度こそ周りへ響かないように答えた。
その違いが面白かったのか、リーネはセラを見てまた笑う。
次に呼ばれたのはニナだった。
「にな、いく?」
「うん。私も一緒に行くよ」
リーネはニナのそばまで行き、その手を握った。
私の指を一本だけ握る時とは違う。小さな手と手が、そのまま重なる。
ニナは一度自分の手を見てから、リーネの手を握り返した。
「一緒だね」
「うん」
「ニナだけずるいです」
「私が頼んだわけじゃないよ」
リーネがセラを見ると、セラは何も言わずに待った。
リーネはニナとつないでいない方の手を、セラへ伸ばす。
セラは嬉しそうにその手を取った。
リーネの右手をセラが、左手をニナが握った。
マルタが笑った。イレナも黙って三人を見ている。
三人の手が離れると、リーネは最後にイレナを見た。
「いれな、いく?」
「はい。私も同行いたします」
リーネは最初の返事だけで十分だったらしく、嬉しそうに頷いた。
その時、食卓の近くに置かれたイレナの鞄に気づく。
リーネは鞄を指した。
「いく?」
イレナは少し考えてから答えた。
「はい。この鞄も一緒です」
リーネはもう一度頷いた。
イレナが外へ出る時には、あの鞄を持っていく。
だから気になっていたらしい。
普段は表情をあまり変えないイレナも、今度はわずかに笑っていた。
一人から返事をもらうたび、リーネは次の相手をすぐに探した。
私とルヴェンだけではなく、マルタたちも一緒に来る。
そこへ、風のフィルネが窓から入ってきた。
リーネは淡い青白色の小獣を見つけると、すぐに尋ねた。
「ふぃる、いく?」
風のフィルネは答えなかった。
「風のフィルネは行けない」
リーネは私を見てから、もう一度風のフィルネを見る。
「ふぃる、いく?」
同じ問いを、今度は先ほどよりゆっくり繰り返した。
「風のフィルネは、大樹の家とその周りの生活圏に強く結びついている。ここから遠く離れ、長い旅をすることはできない」
水のネレアが透明な細長い身体を揺らしながら近づき、地のドルムも丸い石の身体を進めてくる。火のカーナは熱を弱め、食卓の上へ上がった。
「水のネレアも、地のドルムも、火のカーナも同じだ」
四体は大樹の家へ住みついているだけではない。
この家と、ここで営まれる暮らしそのものに結びついた精霊だ。
近くで動くことはできても、ハイエルネリアまでの旅には連れていけない。
風のフィルネが、いつもの明るさでリーネへ告げる。
『私はここで待ってるよ! リーネが帰ってきたら、また一緒に遊ぼう!』
リーネは風のフィルネへ近づき、長い耳と羽毛のような尾へ触れた。
「ふぃる……」
「旅が終われば、ここへ帰ってくる」
リーネは風のフィルネから手を離し、大樹の家の中を見た。
「かえる?」
「ああ。ここへ帰ってくる」
リーネはもう一度、風のフィルネの耳へ触れた。
「かえる」
『うん! 待ってる!』
水のネレアもリーネのそばへ寄る。
リーネは透明な身体へ手を伸ばし、そっと触れた。次に地のドルムの丸い身体を撫でる。
火のカーナも光と熱を抑えて近づき、リーネが伸ばした手を受け入れた。
今すぐ別れるわけではない。
一緒には行けなくても、帰ってくれば四体はここにいる。
リーネはそれぞれへ触れ終えると、食卓の方へ戻った。
「それでは、旅の準備を始めないといけませんね」
マルタが言うと、セラがすぐに立ち上がろうとした。
「何から始めましょう!」
「まずは食事を終えてからです」
マルタに止められ、セラは座り直す。
「出発日が決まってからでも遅くありません」
イレナの言うとおりだ。
「そうだな。まだ旅程に関しては何も決めていない」
具体的な準備はこれからだ。
今日はまだ、誰が一緒に行くのかを伝えただけでいい。
朝食が終わり、皆がそれぞれ動き始める。
リーネは食卓のそばに立ったまま、一緒に行くと答えた者たちを一人ずつ見ていった。
一人ずつ名前を呼び、一緒に行くのか尋ねた相手だ。
最後に私を見上げ、少し迷ってから口を開く。
「みんな、いく?」
私が答えるより先に、近くにいたニナが頷いた。
「うん。みんなで行くよ」
「はい。みんな一緒です!」
セラは途中で勢いに気づき、最後だけ静かに言い終えた。
「賑やかな旅になりそうですね」
「静かな旅にはならないでしょうね」
マルタに続き、イレナも答える。
『私は静かな方だと思いますが』
「ルヴェン様は、リーネ様に尾を追われている時点で難しいのではないでしょうか」
セラの返事に、ニナとマルタが笑った。
ルヴェンは反論せず、白銀の尾をリーネのそばへ差し出す。
何を話しているのかまでは分かっていないだろう。
それでも、皆が楽しそうにしていることは分かるらしい。
リーネは白銀の尾へ触れ、嬉しそうに言った。
「みんな」
最初は私とルヴェンだけだったリーネの世界に、今は多くの者がいる。
今度は、その中の者たちと一緒に旅へ出ることになる。
リーネは最後に風のフィルネを見た。
風のフィルネが羽毛のような尾を振る。
「かえる」
『待ってるよ!』
大樹の家から離れても、帰る場所を失うわけではない。
ここでは四体の精霊が待っている。
リーネは私のそばへ戻り、一緒に行くと答えた者たちをもう一度見た。
「みんな、いく!」
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