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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第53話 母上が来るだけなのだが(前編)

 朝の共用空間で、リーネは敷物の上に寝そべっていた。


 両手には布の鳥がある。

 翼を握って持ち上げたかと思うと、今度は前へ放り出した。

 布の鳥は敷物の上を転がり、ルヴェンの尾の近くで止まる。


 リーネはすぐに腹這いになると、片腕ずつ伸ばして身体を引き、布の鳥ではなく、揺れている白銀の尾へ進んでいく。


 『こちらでございますか?』


 ルヴェンが尾を少し持ち上げた。


 「あぅ」


 リーネの指先が毛へ届く前に、尾がゆっくり横へ動く。

 リーネも行き先を変え、また腕で身体を引いた。


 「遊ぶなら、あまり遠ざけるな」


 『承知しております』


 そう答えながら、ルヴェンの尾はもう一度だけ動いた。

 リーネは声を上げ、今度は勢いよく腕を伸ばす。


 私は敷物の端に座り、二人の遊びを見ていた。


 そこへ、眉間に皺を寄せたイレナが共用空間へ戻ってきた。


 「どうした?」


 「グレイフェル辺境伯様より、王妃陛下のご来訪について至急確認したいことがあるとのことです」


 「……母上の?」


 「そうです」


 母上が来ることは、エルディンから聞いている。

 私信にも、自分でリーネを見に来ると書かれていた。


 そのことで、なぜグレイフェルが私へ確認を求めるのか。


 イレナは私の前まで来ると、ハイエルネリアからローディネル王国へ正式な先触れが届いたことから説明した。

 王妃一行の入国は受け入れる方向で進んでおり、随行も必要最小限に抑えられるという。

 それでも戦の最中であるため、国境からの経路と警護を両国で決めなければならない。


 「王都からも実務を担当する者がヴァルネへ派遣されます。辺境伯様は領内の守備配置を確認し、ハイエルネリア側の近衛と警護を分担するよう命じられております」


 「それほどの警護が必要なのか?」


 「少人数であっても、王妃陛下が他国へ入られることに変わりはございません」


 王妃一行を守るため、道やその周辺には王国側の警備が必要になる。

 しかし大樹の家は私の生活圏にあるため、王国の判断だけで森へ兵を入れず、先にこちらの条件を聞きたいということだった。


 一通り聞いても、私にはグレイフェルが抱えている問題の大きさが分からなかった。


 「……なぜそこまで大事になっている?」


 イレナは間を置いてから答えた。


 「ハイエルネリア王妃陛下が、戦時中の他国へ入られるのですから」


 「母上が私の家へ来るだけだぞ」


 「リュセル様にとっては、そうなのでしょうが」


 「……どういうことだ?」


 「ローディネル王国には、王妃陛下をリュセル様のお母上としてだけ扱うことはできません」


 「……まあ、そうだな」


 ローディネル王国が、母上をただの訪問客として迎えるわけにはいかないことくらいは分かる。

 母上も承知しているからこそ、先触れを出し、返事を待っているのだろう。


 それでも、母上がここへ来る目的まで変わるわけではない。

 私とリーネに会うために、わざわざここまで来るのだ。

 ならば、母上をこの家へ迎え、普段どおりに過ごしているリーネに会わせればいい。


 「それで、私は何を答えればいい?」


 イレナによれば、王都も、母上が望む私的訪問の趣旨を損なわないよう、大がかりな歓迎は避けたいと考えているらしい。

 しかし、王国としての礼を欠くことはできず、王妃の安全も必ず守らなければならない。

 そこで、大樹の家の周囲へ過剰な兵を置かずに済むよう、王国側とハイエルネリア側の近衛が受け持つ範囲を事前に決めたいという。


 「好きにすればいい」


 「その『好きに』の範囲を、辺境伯様は確認したいのだと思います」


 「何をしてもいいと言っている」


 「では、王国兵をこの共用空間まで入れてもよろしいのですか?」


 「必要ない」


 即座に答えると、イレナは少しだけ間を置いて頷いた。


 「……そのように、許可いただけることと、認められないことをお聞きしたいのです」


 「……なるほど」


 どうしようか、そう思い視線を下げると、視界にはリーネが映る。

 リーネは私の視線に気づいたのか、「あぃ!」と元気よく言うと、手を伸ばしてくる。

 私は反射的に手を伸ばしてきたリーネの指を握った。

 リーネは私の指を両手で掴むと、それを支えに胸を浮かせようとする。


 「リーネは相変わらず元気だな」


 この家の中には、私とルヴェンがいる。

 四体の家付き精霊も、周囲の異変を見逃さない。

 そもそもだが、私がいて、そしてルヴェンもいるこの状況自体が、この周辺地域に安全をもたらしているのだ。

 そこにわざわざ王国兵を入れても、リーネのそばに武装した人間が増えるだけで、それは鬱陶しい以外の何者でもない。


 「大樹の家の中へ、王国の兵を入れる必要はない。森にも大勢を置くな」


 「王妃陛下のおそばには、どなたまで入ることをお許しいただけますか?」


 「母上本人と、母上が必要だと言う者だけだ。イレナが身元を確認し、精霊も拒まなかった者に限る」


 「承知しました」


 イレナは続けた。


 「もう一つございます。王妃陛下のご到着時刻によっては、リーネ様のお食事やお昼寝を少し調整する必要は――」


 「必要ない」


 「………」


 「母上がリーネへ会いに来るのだろう?」


 「その通りです」


 「ならば、母上がリーネに合わせればいい」


 会いに来た時にリーネが食事をしているなら、終わるまで待てばよい。

 眠っているなら、起きるまで待つ。

 リーネの生活を変えてまで、母上の到着に合わせる理由はなかった。


 イレナは私の指に掴まったまま膝立ちになろうとしているリーネを見た。


 「……そのように辺境伯様へお伝えします」


 『王妃陛下がお越しになるのでございますね』


 そばで話を聞いていたルヴェンが口を挟んだ。


 「ああ。昔から何かと世話を焼きたがる」


 『主がお相手では、ご心配も多かったのでございましょう』


 「どういう意味だ」


 『そのままの意味でございます』


 問い直しても、ルヴェンはそれ以上答えず、リーネの背後へ尾を回した。

読んでいただきありがとうございます。

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