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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第52話 王妃陛下が、我が国へやって来る(後編)

 エドヴァルドがそう言うと、先ほど提案した官僚が頷いた。

 だが、すぐに外務大臣が制止した


 「恐れながら、陛下。その案は慎重にお考えください」


 「なぜだ。自国民を王都へ招くだけだぞ」


 「リーネ自身の身分だけを見れば、そのとおりです。ですが、あの子を庇護し、実際に育てているのはリュセル・アルヴァリス殿下です」


 外務大臣は、先触れの補足文書に記されたリーネの扱いを示した。


 人間を嫌い、圧倒的な力を持つハイエルフ王族が、最上位の庇護を与えた赤子である。


 「王妃陛下の訪問を理由に、殿下が育てている赤子を王都へ差し出すよう求めた、と受け取られるおそれがございます」


 「リュセル殿下が、お許しになるとも思えません」


 軍務の責任者も続けた。


 「……接点を作るどころか、今ある接点まで失うか」


 「その可能性が高いかと存じます」


 「それはまずい。今回生まれた機会は利用する。だが、その子を利用するのはやめろ」


 国王の決定に、反対する者はいなかった。


 それで交易への望みまで消えたわけではない。

 会議は、どこまでなら私的訪問を妨げず、次へつながるものを残せるかという話へ移った。


 王妃をセルディオンへ招くことは求めない。

 盛大な歓迎式典も組まず、ヴァルネで公式会談を押しつけることもしない。

 一方で、エドヴァルドから歓迎の親書を届け、王妃側が望んだ場合にだけ非公式な挨拶へ応じられる用意をする。


 交易の話を現場から持ち出すことは禁止する。

 しかし今後も連絡を取れる関係を作る努力まで禁じるつもりはなかった。


 「今回だけで交易の取り決めまで持ち込む必要はない」


 エドヴァルドは、まとまり始めた方針を確かめるように告げた。


 「だが、何も得ずに帰すつもりもない。せめて、次に話のできる窓口は残したい」


 欲を出しすぎて、すべてを失う方が損である。

 王都の結論は、欲を捨てることではなく、今回は表へ出しすぎないことだった。


 ハイエルネリアへは、王妃の入国を歓迎し、経路と安全確保の調整へ応じ、私的訪問の意向を尊重するとの返書を作る。

 同時に、目的地を領内に持つグレイフェル辺境伯へ、至急の王命が出された。

 安全調整のため、王都からも実務担当者をヴァルネへ派遣することになった。



 ◇



 ヴァルネの領主館へ王都からの緊急文書が届いた時、ギルベルト・グレイフェル辺境伯は国境の守備報告を確認していた。


 王家の封を確かめ、すぐに文書を開く。


 【ハイエルネリア王妃陛下が、近日中にローディネル王国へ入国する予定である】


 ギルベルトは二行目へ進まず、最初の一文を読み返した。


 「……王妃陛下、ご本人が?」


 向かいにいた家令が、何事かと顔を上げる。

 ギルベルトは先を読み進めた。


 目的地は、ヴァルネ近郊。

 訪問相手は、リュセル・アルヴァリス殿下。

 公式の国家訪問ではなく、少人数での私的訪問。


 「なぜ、王妃陛下がリュセル殿下のもとへ?」


 王命に添えられた説明へ目を移す。

 そこには、王妃がリュセルだけでなく、彼が育てている人間の乳児リーネとの面会を望んでいると記されていた。


 「……また、あの子か」


 リーネ本人が何かを企てたわけではない。

 ただ大樹の家で育っているだけなのに、王女と大司教に続き、今度は五大国の王妃本人が動く理由になっていた。


 「王妃陛下のご訪問が、リーネ殿に関係するのでございますか」


 「そう書いてある。王妃陛下は、リュセル殿下とリーネへ会うために来られるそうだ」


 家令は口を開きかけ、結局何も言わなかった。

 だが、驚いていられたのはそこまでだった。


 王命には、ヴァルネ側へ求める対応が続いている。

 王妃の私的訪問という意向を最大限尊重し、不必要に大規模な歓迎式典は行わない。

 しかしローディネル王国として礼を失することがないようにする。


 安全確保を最優先としつつ、王妃一行へ過剰な兵力を見せてはならない。

 リュセルの生活圏へ無断で兵を入れず、王都から派遣される担当者と連携し、リュセル殿下側とも事前に調整する。


 ハイエルネリア側へ外交や交易の話を無理に持ち出してはならない。

 ただし今後の友好関係につながる機会を逃さぬよう努める。


 ギルベルトは最後まで読み終え、王命を机へ置いた。


 「……王都の連中は、現場を何だと思っている」


 「王命には、何と?」


 「歓迎するな。だが礼を失するな。兵を近づけるな。だが安全は保証しろ。外交を押しつけるな。だが好機を逃すな」


 「それは……」


 家令は文書を受け取り、同じ箇所を読み返した。


 「どうしろというのだ」


 命令の意図そのものは、ギルベルトにも理解できる。


 王妃の私的な目的を邪魔せず、事故を起こさず、外交上の失点も避け、そのうえ可能なら今後につながる成果を残せということだ。

 どれも王都から見れば必要な条件である。

 だが、すべてを同じ場所で成立させるのはヴァルネだった。


 ギルベルトは椅子へ背を預ける代わりに、国境とヴァルネ周辺を描いた地図を引き寄せた。


 文句を言っても、王妃が来るという事実は変わらない。


 「王都から来る担当者へ、現在の守備配置を伝えろ。王国側がどの範囲を受け持ち、ハイエルネリア側の近衛とどう警護を分担するか、早急に調整しろ」


 「承知いたしました」


 「そして至急、イレナへ連絡を取れ」


 イレナは辺境伯家の直属であり、現在は大樹の家に住み、リュセルとヴァルネをつなぐ役目を担っている。

 王妃来訪をリュセルへ伝え、生活を壊さずに受け入れられる条件を確認するなら、最初に連絡すべき相手だった。


 「まずはリュセル殿下と話をしなければ始まらん」


 家令が王命を持って退出する。


 ギルベルトは机に残った地図と、王命の写しを見下ろした。


 外交、警護、王家への礼節、リュセルの意向、そして大樹の家の暮らしを、一度の私的訪問ですべて守らなければならない。


 「……難題ばかり押しつけてくれる」


読んでいただきありがとうございます。

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