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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第41話 大樹の家には、朝がある(前編)

 何かの音で目が覚めた。


 目を開けても、部屋の中はまだ薄暗い。

 窓の向こうでは夜の名残を残した森が青く沈み、その奥から鳥の声が聞こえ始めている。


 ヴァルネの鐘ではない。


 耳を澄ますと、聞こえてくるのはもっと近くの音だった。


 下の階を誰かが歩いている。

 その足音に重なるように水の流れる音がして、少し遅れて何か硬い物同士が触れ合う小さな音も響いた。


 昨日まで、この家にはなかった音だ。


 私は寝床から身体を起こした。


 隣の部屋にはリーネがいる。

 私は寝床を出て、そちらの扉を開けた。


 リーネはすでに目を覚ましていた。


 北緑館から運んだ乳児用の敷き寝具の上で仰向けになり、片手には布の鳥を持っている。

 もう片方の手は、寝床の隣へ伸びていたルヴェンの尾の毛をつかんでいた。


 ルヴェンも起きていたらしく、私が入ると顔を上げた。


 『おはようございます、主』


 「ああ」


 リーネもこちらへ顔を向け、目が合うと小さな手を持ち上げた。


 「起きていたのか」


 抱き上げると、リーネは私の胸へ身体を預けた。


 眠そうではない。

 むしろ、下から聞こえてくる音が気になるのか、顔を扉の方へ向けている。


 また、何かが触れ合う音がした。

 今度は人の声も聞こえる。


 「……朝から何をしている」


 『人間たちは、すでに動き始めているようでございますな』


 ルヴェンが寝床から降り、翼を広げた。


 私だけでなく、リーネも下からの音が気になるらしい。


 「見に行くぞ」


 リーネを抱いたまま風のフィルネに運ばれ、ルヴェンとともに人間用の階層へ下りた。



 ◇



 そこでは、すでに三人とも起きていた。

 水場の近くでは、マルタが水のネレアと話している。


 「もう少しだけ温かくしていただけますか。リーネ様のお身体を拭くのに使いますので」


 『このくらいですか』


 水のネレアが浮かべていた水球から、薄い湯気が上がった。

 マルタは手の甲へ水を一滴落とした。


 「はい。ありがとうございます」


 その横をセラが布の入った籠を抱えて通っていく。

 奥ではニナが別の籠を前に座り、何枚もの布を分けていた。


 「お姉ちゃん、それはこっち」


 「この籠に入れるの?」


 「それ、リーネ様に使う布だから」


 「あっ」


 セラは足を止め、二つの籠の布を見比べた。


 「……間違えた」


 「昨日マルタさんに教えてもらったでしょ」


 「似てるのよ」


 「大きさ違うよ」


 セラはしばらく布を見比べてから、何も言わずにニナの籠へ移した。

 仕事ができないわけではないらしい。

 ただ、考えるより先に手が動くことがあるようだ。

 マルタが私たちに気づき、一歩前へ出た。


 「おはようございます、殿下」


 その声で、セラが籠を抱えたまま振り返り、ニナも布から顔を上げた。


 「あっ。お、おはようございます、殿下!」


 セラは籠を落としかけ、慌てて胸元へ抱え直す。


 「お姉ちゃん、殿下が下りてきたのにも気づいてなかったでしょ」


 「布を見ていたのよ」


 「さっき間違えた布を?」


 「ニナ」


 ニナは姉に構わず、「おはようございます、殿下」と挨拶した。


 「……ああ」


 まだ日が昇りきってもいない。

 それなのに三人とも、すでに服を整え、仕事を始めている。


 「なぜ、もう働いている」


 「朝でございますので」


 「朝だから何だ」


 私ならば、必要なことができた時に動く。


 食事も腹が減った時に取ればよい。

 森で暮らしていた頃など、日が昇ったからといって必ず何かを始めることもなかった。


 「リーネ様がお目覚めになれば、まず布の汚れを調べ、お身体を整えます。その後に乳を差し上げますので、起きられる前に必要なものを準備しております」


 「起きてからでは駄目なのか」


 「それから水を用意し、必要な布を探し、乳の準備を始めますと、その間リーネ様をお待たせすることになります」


 なるほど。

 リーネは話の内容など分かっていないらしく、水のネレアが浮かべている水球を見ていた。

 これまで私は、リーネが泣くたび、腹が減ったのか、布が気持ち悪いのか、眠いのか、身体に異常がないかを一つずつ調べてきた。

 だがマルタは、リーネが何かを訴える前から必要になるものを用意している。


 「毎日こうするのか」


 「多少の違いはございますが、朝の流れは大きく変わりません」


 人間の乳児には、乳児なりの一日の流れがあるらしい。


 「そうか」


 私が納得したところで、腕の中のリーネが声を上げ、もぞもぞと身じろぎした。

 マルタはすぐに近づいてきた。


 「殿下。そろそろ布を替える頃合いでございます」


 リーネは泣いておらず、先ほどまでと大きく変わったようにも見えない。


 「分かるのか」


 「大体でございますが」


 マルタへリーネを渡す。

 受け取ったマルタは慣れた手つきで身体を支え、あらかじめ敷いていた厚手の布の上へ寝かせた。


 布を開くと、すぐに「やはり替えましょう」と言った。

 マルタの考えは当たっていたらしい。


 ニナが必要な布を渡し、セラが使い終えた物を受け取る。

 水のネレアも温水をマルタの手元へ寄せた。


 今までなら私とルヴェンでやっていたことだ。

 できなかったわけではない。

 だが、マルタは私よりずっと早い。

 リーネも身体を整えてもらう間は嫌がらず、終わると機嫌よく手を動かしていた。


 「……ふむ」


 『主』


 隣にいたルヴェンが私を呼んだ。


 「何だ」


 『随分と熱心でございますな』


 「リーネのことだからな」


 『それだけでございますか』


 「他に何がある」


 ルヴェンは何も言わず、尾先だけを一度揺らした。

 何が言いたいのか分からない。


 マルタの手際が良いのは事実で、リーネにとっても良いことだろう。

 だが、リーネがマルタの腕でおとなしくしていると、なぜか早く返してほしくなった。


 「殿下」


 「何だ」


 「リーネ様をお返しいたします」


 「ああ」


 差し出されたリーネをすぐに受け取り、腕の中で抱き直した。これでいい。

 ルヴェンの尾がまた揺れた。


 「何だ」


 『何も申しておりません、主』


 ……ならばいちいちこちらを見るな。

んでいただきありがとうございます。

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