↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/80

第40話 私たちの家へ(後編)

 新居へ戻ると、私はリーネをルヴェンの尾へ預けた。


 『しばらくお任せください、主』


 ルヴェンが尾を寝床のように丸めると、リーネはすぐにその毛を握った。


 荷物を運び込もうとしたところで、マルタが私へ声をかけた。


 「殿下。一つ確認してもよろしいでしょうか」


 「何だ」


 「私どもの寝所は、どちらをお借りすればよろしいのでしょう」


 「寝所?」


 マルタの後ろには、セラとニナも並んでいる。


 「お前たちもここで寝るのか」


 一瞬、誰も答えなかった。

 やがてニナが口を開く。


 「毎晩ヴァルネまで帰っていたら、住み込みじゃないと思います」


 「ニナ」


 セラが妹を止める。

 だが、言っていることは正しい。

 私は家を作った時、私とリーネ、ルヴェンが暮らすことしか考えていなかった。


 イレナについては近くに部屋を追加すればよい。

 しかし、マルタたち三人の部屋はない。


 「ならば作ればよい」


 私は大樹の幹へ手を触れた。

 高層部に作った三つの階層へ意識を伸ばし、その下側に残っている太い幹へ魔力を流す。

 木が低く軋む音を立てた。


 現在の生活階と地上との間で、幹がゆっくりと外側へ膨らみ始める。

 外周の螺旋階段も形を変え、新しく生まれる踊り場へ道を伸ばした。

 木の内部では、中心の太い支柱を残したまま、新たな床が広がっていく。


 「ここを使え」


 新しい階層へ入る。

 まだ何もない広い空間へ、三つの部屋を並べて作った。


 「必要な物を言え」


 最初にマルタが答える。


 「寝台と、衣類を収める場所。小さな机と椅子があれば十分でございます。それと、水を置ける場所を一つお願いいたします」


 言われた通りに木を動かす。

 壁から棚が生まれ、寝台の台座と机、椅子が形を取る。

 水については、水のネレアが新しい階層へ細い水路を伸ばした。


 「セラ、お前は」


 「私は、寝台だけで十分でございます」


 「お姉ちゃん、絶対あとで物を床に置くよ」


 「置かないわよ」


 「昨日も服を椅子に積んでた」


 「それは……あとで片づけるつもりだったの」


 どうやら必要らしい。


 「収納も作る」


 「ありがとうございます……」


 セラの部屋にも、壁一面へ衣類を入れられる棚を作った。


 「ニナ、お前は」


 「机が欲しいです」


 「マルタにも作った。お前にも作れる」


 「少し広い机がいいです」


 「何をする」


 「字の勉強をします。まだ読めない字もあるので」


 十二歳なら、人間としてはまだ学ぶ途中なのだろう。


 「分かった」


 寝台の向かいへ、マルタの物より少し広い机を作る。

 セラが妹の部屋を覗いた。


 「ニナ。私と同じ部屋でもいいのよ?」


 「一人部屋がいい」


 「……そう」


 セラは黙った。

 ニナが続ける。


 「お姉ちゃん、寝相悪いから」


 「そんな理由なの?!」


 風のフィルネが二人の間を飛び抜ける。


 『私はニナの方が正しいと思う』


 「風のフィルネ様まで……」


 新しい階層が少し騒がしくなった。


 「……悪くない」


 そして場所を移動し、イレナには私たちの生活階からすぐ行ける位置に、別の小部屋を作ることにした。

 護衛と連絡を担当する以上、すぐに行き来できる方がよい。

 そこで事前に何が必要か尋ねると、イレナは「寝台と机があれば十分です」と答えていた。

 なので寝台と机も作り、これで四人分の部屋が揃った。



 ◇



 荷物を運び終えると、イレナが今後必要になる物資を挙げた。


 「ヴァルネからは、乳や食料、衣類、薬などを定期的に運ぶ必要がございます」


 「運ぶ者も毎回上まで来るのか」


 「通常の屋敷でしたらそうなりますが、この家では避けた方がよろしいでしょう」


 私も同意する。

 人間の出入りを減らすために、この森を選んだ。

 荷を持ってきた者まで毎回生活階へ入れていては、森へ移った理由がなくなる。


 リーネはルヴェンに任せ、私とイレナだけで地上へ向かうことにした。

 風のフィルネと下級の風の精霊たちが私たちの足元へ風を集め、そのまま地上まで運んだ。


 地上へ着くと、イレナと大樹の周囲を歩いた。

 物資の受け渡し場所なら、古い作業道から近く、荷を置ける広さも必要だ。


 「どこがよい」


 イレナは作業道から大樹へ続く一角を指した。


 「あちらはいかがでしょう。道から近く、荷を運ぶ者にも分かりやすいかと存じます」


 「そこにしよう」


 私は古い作業道に近い大樹の根元へ手を触れた。

 太い根の一部を持ち上げ、その下へ雨を防げる空間を作る。

 さらに荷物を置くための台と、扉を閉められる小さな保管場所を作った。


 「ここで受け取ればよい」


 「十分でございます。今後、ヴァルネから届く物資はこちらで受け取ります」


 「上へ運ぶのは風のフィルネたちに任せろ」


 『任せて』


 風のフィルネが頭上を一周した。

 これなら、人間はここまで来ればよい。

 その先へ入る者は、イレナが確認し、精霊たちにも認められた者だけだ。


 人間の町とのつながりは残す。

 だが、私たちの生活する場所へ誰でも入れるわけではない。

 この程度の距離間が、私にはちょうどよいように感じていた。



 ◇



 生活階へ戻ると、リーネはルヴェンの尾に包まれたまま、運び込まれる荷へ手を伸ばしていた。


 夕方までには、荷物のほとんどが収まった。

 何も置かれていなかった中央の部屋には、人間用の椅子や食器が置かれた。

 壁際にはリーネの物を入れる棚が増え、マルタが生活用品を用途ごとに分けている。


 セラとニナの声が、下の階から時折聞こえてくる。

 精霊たちも家の中と外を行き来していた。

 昨日までと同じ大樹の中で、暮らしが始まっている。


 「物を置くだけで変わるものだな」


 『家というものは、住む者がおりますからな』


 ルヴェンが答えた。


 『主が作られた時は、まだ器であったということでございましょう』


 「ふむ。器か」


 家は形を作れば終わりではないらしい。

 人が入り、物が置かれ、そこで暮らすことで家になる。

 人間の考えることは面倒だと思うことも多いが、これは少し分かる気がした。


 最後にリーネの部屋へ入る。

 木の寝床には、北緑館から運んだ乳児用の敷き寝具が収められていた。

 厚手の布に詰め物を薄く均して入れたもので、リーネを寝かせても深く沈まない。

 その上には北緑館で使っていた毛布が敷かれ、枕元には布の鳥がある。


 隣の窪みへ、ルヴェンがリーネを尾に包んだまま収まった。

 私はその尾からリーネを抱き上げ、敷き寝具の上へ下ろす。

 リーネは背中が毛布へ触れると、手を何度か動かした。


 やがて布の鳥を見つけ、その翼を握る。

 反対の手は隣へ伸び、ルヴェンの尾の毛をつかんだ。

 いつも使っていた寝具と布の鳥、それにルヴェンの尾がある。


 場所だけが変わっても、リーネが安心できるものはここにある。

 リーネは尾へ頬を寄せた。


 「眠いのか」


 返事の代わりに、小さな口が開いて欠伸をした。

 ルヴェンが尾を少しだけ動かし、リーネの身体へ寄せる。


 『今日は随分と動きましたからな』


 「そうだな」


 私は寝床の横へ腰を下ろした。


 ◇


 夜が深まるにつれ、家の中の物音は少なくなっていった。

 遠くで水のネレアが運ぶ水がかすかに流れ、火のカーナの灯りが壁を穏やかに照らしている。

 風のフィルネは窓辺で身体を丸め、地のドルムは大樹の根元へ戻っていた。


 下の階からは、セラとニナの声が一度だけ届いた。

 そこへマルタの声が重なった後、下の階も静かになった。

 彼女たちも、この家で最初の夜を迎えているのだ。


 私が初めに求めていたのは、人間のいない静かな森だった。

 だが今、その森に建てた家には、人間と精霊の暮らしがある。

 想像していたより多くの物音に囲まれているのに、不快ではない。


 ヴァルネの鐘も、町の喧騒も、ここまでは届かない。

 代わりに聞こえるのは、木々を抜ける風と、同じ家で暮らす者たちが立てる小さな音だけだ。

 ここに来て私が欲しかった静けさは、音そのものではなく、日々過ごす上での心の安寧だったということに気付く。


 「……ふむ。ここに来ての気付き、か」


 寝床では、リーネが片腕に布の鳥を抱え、反対の手でルヴェンの尾をつかんで眠っている。

 北緑館で使っていた寝具も、今はこの木の寝床に収まっている。

 あの館へ戻らなくても、リーネはここで眠れる。


 目の前で眠るリーネは、やがて歩き、言葉を覚えていく。

 もっと成長し、いつか自分の未来を選ぶ時も、全てはこの場所から始まるのだ。


 「……自分の家、か」


 私たちの暮らしは、もうここで始まっている。

 そしてこれからはこの大樹の家が、我々の帰る場所となっていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。