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【書籍化+コミカライズ進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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133/136

第133話 辺境伯、リーネの外出に頭を抱える

 リーネが木の馬を歩かせて私の靴の前まで来ると、馬を止めてこちらを見上げた。


 「りゅー、リタのおうち、いきたい」


 「リタと遊びたいのか。また来てもらえばいいだろう」


 「ちがう。リタのおうち!」


 リーネは首を振り、木の馬を抱えて立った。


 「……お前が行きたいのか」


 「うん! リタのところ、いく!」


 これまでは、こちらへ来てもらっていた。

 リタと会えるならどこでもよいと思っていたが、本人には違いがあるようだな。


 「分かった。ただし、向こうの都合を聞いてからだぞ」


 「うん!」


 以前、リタはセルディオンが自分の家だと言っていた。

 だがイレナによれば、ダリオたちは今、ヴァルネに住んでいるそうだ。

 イレナに連絡を頼むと、後日、夫妻からぜひ来てほしいとの返事が届いた。

 日取りを教えてやると、リーネは木の馬にまでリタの家へ行くと話しかけている。


 「リュセル様。ギルベルト閣下にも、先にお知らせしておきます」


 「何をだ?」


 「リーネ様をお連れになって、ヴァルネへお越しになることです」


 「友達の家へ遊びに行くだけだぞ。あいつの家へ行くわけではない」


 「はい。ですが、突然お越しになるよりは……」


 そういえば、前に領主館を訪ねた時も、ずいぶん慌てていたな。

 今回は用事もないのだが。


 「まあ、知らせるくらいなら構わん」


 イレナは一礼し、連絡に向かった。



 ◇



 ヴァルネの領主館で、ギルベルトは守備隊長から巡回の報告を受けていた。

 そこへ家令が、イレナから届いた知らせを持ってくる。


 「殿下が来られるのか。今度は何の相談だ?」


 「今回はリーネ様もご一緒です。ご友人の家へ遊びに行かれるとのことです」


 「……リーネが? いや、リーネ殿下……リーネ様が、街へ?」


 領主館へリュセルが来ることは、近頃は何度かあった。

 だが、リーネを連れて市街を歩くとなれば、話が違う。


 「今度こそ騒ぎを起こすわけにはいかんな」


 ギルベルトは、北緑館の前に祈願者が集まった時のことを思い出した。

 静かな暮らしを求めて、親子が街を離れてしまったのだ。


 「お出迎えは控えましょう。今回は私的なご訪問ですし、先方もその方がお喜びになるかと」


 「うむ。リーネ様には普段どおりの街を楽しんでいただきたい」


 家令と守備隊長は一礼し、執務室を出た。


 廊下に出ると、守備隊長が家令に尋ねる。


 「それで、訪問先はどこなんだ?」


 「フェルナー家だ。リタという娘御が、リーネ様のご友人らしい」


 「フェルナー? 確かロアナの件で殿下が名前を挙げられた商会だったな」


 「そうだ。大樹の家へ招かれたことは聞いていたが、今回はリーネ様ご自身が訪ねたいとお望みになったそうだ」


 「……ずいぶん親しいんだな」


 「リュセル殿下がわざわざお連れになるくらいだからな」


 「あの辺りは荷車の往来も多い。巡回兵には、フェルナー家へ続く通りも歩かせることにしよう」


 「それなら、こちらも連絡役を出しておく。何かあった時に、すぐ館へ知らせが届くようにな」


 「兵が何人も行き来していては、かえって目立つぞ。閣下は普段どおりにと仰っていたんだからな」


 「分かっている。連絡役は普段着で街へ出す。買い物客に紛れて通りを歩かせるつもりだ」


 「それなら問題ないだろう」


 「そうだ。暗部にも来訪の予定を伝えておこう。以前のように人が押しかけることがあっては困る」


 「そちらは任せた。私は巡回の手配を済ませてくる」


 守備隊長と別れた家令は、商業担当者にも連絡した。


 ロアナの件でリュセルが名を挙げ、今度はリーネ自身が訪ねたいというフェルナー家だ。

 今後、あの一家からの連絡は自分にも回すよう伝えておく。


 守備隊長はフェルナー家へ続く通りを巡回経路に加え、家令も連絡役を街へ送り出す。


 暗部の者たちは、周辺の路地や交差点に散って警戒についた。



 ◇



 訪問の日、私はリーネを抱き、ルヴェンとイレナ、マルタを伴って、《蒼穹渡り》でヴァルネへ向かった。


 空へ駆け上がった途端、リーネが私の腕の中で歓声を上げる。


 「わああっ! りゅー! そら! とんでるー!」


 「ああ。だから、そんなに身を乗り出すな」


 「みて! き、ちっちゃい! あははっ!」


 リーネは眼下の森を指さし、嬉しそうに足をばたばたさせる。


 「りゅー! もっと! びゅーん!」


 「……リタの家へ行くのだぞ。空で遊ぶわけではない」


 「リタ! びゅーん!」


 ……まったく。

 帰りもせがまれそうだな。


 街の外で地上へ降り、イレナの案内で市街へ入る。

 リーネを連れてヴァルネの街を歩くのは、北緑館を出て以来だ。

 猫に似た姿のルヴェンが、私たちのそばを歩いていた。


 リーネを下ろして手をつなぐと、さっそく店先の籠を指した。


 「りゅー、いっぱい!」


 「ああ。あれは売り物だ。買いに来た者に渡すのだな」


 大きな籠の中に、小さな籠がいくつも重ねてある。

 リーネはその前で立ち止まり、そばのマルタにも小さな籠を教えていた。

 私が待っていると、今度は通りを進む荷車へ顔を向ける。


 「あれ、どこいく?」


 「荷を届けに行くのだろう。こちらへ来るから、少し待つぞ」


 籠屋の前で荷車を見送ると、リーネは手を振った。

 その向こうで、路地に立っていた男がこちらの動きに合わせて身を引く。

 先の交差点でも、買い物もせず、こちらばかり気にしている者がいる。


 少し進むと、また別の男が動いた。

 巡回兵まで通りかかり、店先へ寄りかけた人間が、その一団を避けて立ち止まる。

 敵意は感じぬが、これだけ集まっては、リーネよりもこいつらの方が人の目を引くではないか。


 「イレナ。あれも、ギルベルトの配下か?」


 イレナは路地と交差点を確かめ、答えた。


 「……はい。巡回の者に、連絡役もおります。あちらは暗部ですね」


 「何だ、あの人数は」


 「目立たせないつもりなのでしょうが……」


 「十分目立っておる。友達の家へ遊びに行くだけだぞ」


 人の寄りつかぬ通りを見せたいわけではない。


 「私が直接、お話ししてまいります」


 「そうしてくれ。リーネの行く先まで、あいつらで埋められてはかなわん」


 イレナが領主館へ向かう間、私たちは店先から通行を妨げぬ場所へ移った。

 マルタがリーネのそばに付き、ルヴェンも残っている。

 リーネは別の店に並ぶ色紐を見つけ、今度はそちらを私に教えていた。



 ◇



 イレナが領主館へ現れたと聞き、ギルベルトはすぐに通すよう命じた。


 「閣下。リーネ様のお出かけですが、警備の方々が少々目立っております」


 「目立つ? 出迎えは控えるよう伝えたはずだが」


 「出迎えてはいらっしゃいません。ただ、殿下方が歩かれる先に、巡回の方も、連絡役の方も、暗部の方まで集まってしまうのです」


 「……そこまで出ているのか」


 「買い物の客まで、兵を避けて立ち止まっております」


 ギルベルトは家令と守備隊長を呼んだ。


 「守備隊長。お前のところは?」


 「商家の通りへ巡回を回しました。荷車が多いので、横道にも人を置いております」


 「家令は?」


 「館への連絡員を。持ち場を空ける時のために、交代役も」


 「暗部は?」


 家令は少し言いよどんだ。


 「来訪予定は伝えましたが、配置は向こうで決めたはずです」


 「……それで、誰が全体の配置を確認した?」


 家令と守備隊長が顔を見合わせた。


 「リュセル様には、もう気づかれております」


 「……隠れていたつもりの者までか」


 「はい。閣下の配下かとお尋ねになりました」


 「巡回の時間をずらし、横道の者も減らします。こちらで手配してまいります」


 家令も続けた。


 「連絡員は通りから離して待機させます。暗部にも、商家の前へ出ないよう伝えておきましょう」


 「……頼んだぞ」


 二人はそれぞれの持ち場へ戻り、イレナもリュセルのもとへ向かうと告げた。


 「お手数をおかけいたしました、閣下」


 「いや。殿下には、街は普段どおり使っていただけると伝えてくれ」


 イレナが辞去した後も、ギルベルトはしばらく額を押さえたままだった。



 ◇



 イレナが戻ると、私はリーネとまた歩き始める。


 遠くにはまだ警戒する者がいるが、こちらへ寄ってくる様子はない。

 このくらいなら、いちいち文句を言う必要もなかろう。


 「りゅー、リタのおうち、まだ?」


 「ああ。もう少しだ」


 リーネが私の手を引くので、歩幅を合わせて進んだ。

 店の並ぶ通りを抜け、イレナが示した家の前へ着くと、リーネが私に尋ねる。


 「リタ、ここ?」


 「ああ。ここだ」


 「りゅー、はやく!」


 そんなに引かずとも、逃げはせぬ。

 私が扉の前まで来ると、リーネはつないだ手を軽く引き、笑顔で扉を見上げていた。

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