第132話 新しい世話役と、いつもの食卓
今日は、ミリアが二度目にやって来る日だ。
居間の入口を気にしていたリーネが、私のそばへ来た。
「りゅー、みりあ、くる?」
「ああ。今日はまた来ることになっている」
「みりあ、あそぶ?」
「遊んでもらえるかは、本人に聞いてみろ」
リーネは頷き、入口へ顔を戻す。
前に別れた時も、自分からまた来てほしいと言っていた。
あの女が精霊を見て出した妙な声まで、よく覚えているのだろうか。
もっとも、絵本へ誘われると、ミリアは精霊への質問を後回しにしていた。
今日はマルタたちと一緒に過ごしてもらい、普段の暮らし方も見てみるつもりだ。
約束の時間になると、イレナがミリアを居間へ案内してきた。
「本日もお時間をいただき、ありがとうございます。リュセル殿下」
「ああ。今日はマルタたちと、普段の暮らしも見ていくとよい」
「はい。よろしくお願いいたします」
ミリアはマルタたちにも挨拶をし、その声を聞いたリーネが近づいていく。
「みりあ!」
「こんにちは、リーネ様」
「こんにちは!」
ミリアの顔がほころび、何か言いかけたところで口元を引き締めた。
前に私が注意したことは、覚えているようだな。
「……何を我慢しておる」
「い、いえ。何でもございません!」
あれで隠しているつもりなのか。
リーネはミリアの口元を不思議そうに見ていたが、すぐに話しかけた。
「みりあ、きょうも、あそぼうね」
「はい。もちろんです。少しだけ、マルタさんたちのお手伝いもしてまいりますね」
「うん!」
ミリアを送り出したリーネが、また私のそばへ戻ってくる。
遊ぶ約束ができたので、今は待っていてもよいらしい。
◇
昼食の支度が始まり、マルタのそばではセラとニナが手伝っていた。
私もリーネと一緒に食卓の近くへ移り、ミリアが加わる様子を見ていた。
「私にもできることがございましたら、お申しつけください」
「では、こちらのプレートを食卓へお願いいたします。置く場所はセラがご案内いたしますね」
ミリアはセラに場所を教わり、プレートとカップを並べていく。
セラは残りの食器を取りにいった。
その間に、リーネも口を拭くための布を持ってきた。
それに気づいたミリアが手を伸ばしたが、リーネは布を抱えたまま食卓へ歩いていこうとする。
「ミリアさん。そちらはリーネ様にお任せして大丈夫ですよ」
マルタに声をかけられ、ミリアは手を止めた。
「リーネ様ご自身で、ですか?」
「ええ。最近は、ご自分でなさりたいことも増えてきましたので」
ミリアが手を引くと、リーネは自分の席の近くへ布を置いた。
「できた!」
「ええ。お上手です、リーネ様」
褒められたリーネは笑い、私にも運んだ布を指して見せる。
「ああ。ちゃんと持ってこられたな」
リーネは満足したように頷いた。
ミリアは布を置き直さず、マルタに頼まれた食卓の支度へ戻っている。
その間に、マルタは水のネレアへ水を頼んでいた。
必要な器へ水が用意されると礼を言い、今度は温めたい器を火のカーナへ示す。
「こちらを少しだけ、お願いいたします」
火のカーナが器を温める間、マルタは中のスープの具合を確かめていた。
「そこまでで大丈夫です。ありがとうございます」
火のカーナの光が弱まり、マルタは支度を続ける。
ミリアも支度をしながら、精霊たちの仕事に目を輝かせた。
「精霊の方々と、普段からこのように……?」
「ええ。必要な時にはお力をお借りしています。皆様には、いつも助けていただいておりますよ」
「そうなのですね……!」
ミリアは水のネレアと火のカーナへ頭を下げ、二体が通る場所を空けた。
その顔には、前に風のフィルネを見た時と同じ笑みが浮かんでいる。
だが、今度は妙な声を出さずに済んだ。
「ミリアさん、本当に精霊がお好きなんですね」
ニナが声をかけると、ミリアは笑って答える。
「はい。とても好きなんです」
「私も好きです。お話ししていると、皆さん違っていて」
「ええ。もっとお話ししてみたくなりますね」
ニナが頷いているところへ、セラが残りの食器を運んできた。
ミリアも手を貸し、三人で食卓の支度を済ませる。
料理が運ばれてくると、リーネは私と一緒に自分の席へ向かった。
マルタたちも支度を終え、イレナがいつもの席につく。
ミリアだけは一歩下がったままで、空いている椅子を見ていた。
「みりあ、こっち!」
「はい、リーネ様」
リーネが自分の席の近くにある椅子を指す。
「ここ! いっしょに、たべよ!」
「……私も、ご一緒してよろしいのですか?」
「うん!」
ミリアが私の返事を待つので、頷いてやった。
「構わん。ここでは皆で食べている。お前だけ立っている必要はない」
「ミリアさんも、どうぞ。お食事はご用意できますよ」
マルタにも勧められ、ミリアは礼を言ってリーネの示した席へ座った。
リーネはそれを見届けると、マルタに自分の椅子へ座らせてもらう。
ミリアはまだ食事に手をつけず、そばに座ったリーネを見て頬を緩めていた。
「むふー!」
……結局、出るのか。
「……おい。今度は何に興奮しておる」
「し、失礼いたしました!」
「何かあったのか?」
「いえ、その……リーネ様に、一緒に食事をしようとお誘いいただけたのが、あまりにも嬉しくて……」
「……それで、あの声が出るのか」
「はい……」
恥ずかしそうに答えるミリアの隣で、セラが笑い出し、ニナもつられて笑った。
リーネは楽しそうにミリアへ話しかける。
「みりあ、うれしい?」
「はい。とても嬉しいですよ、リーネ様」
リーネも笑って、自分のプレートへ手を伸ばした。
食事が始まると、ミリアも一緒に食べ始めた。
リーネの分はマルタがいつもに合わせて用意しており、本人がスプーンを使って口へ運ぶ。
「みりあ、これ、たべた!」
「ええ。おいしそうに召し上がっていましたね」
ミリアが答えると、リーネは次の一口を食べる。
布を取ろうとした時のように、先に手を出すことはなかった。
セラがミリアへスープを勧め、ニナは先ほどの精霊の話を少し続けている。
ミリアも食事をしながら二人に答えていた。
マルタはリーネの食べる様子を見つつ、自分の食事も進める。
私もスープを口へ運んだ。
あの女が来ても、食卓の声が一つ増えたくらいで、食事はいつもどおり進んでいる。
リーネはミリアへ話しかけ、ミリアもそのたびに笑って答えていた。
◇
昼食を終え、マルタたちが食卓を片付け始めた。
ミリアもイレナに食器の片付け場所を確かめてから運び、マルタへ次の手伝いを申し出た。
居間ではリーネがセラとニナのそばで遊び、風のフィルネもその近くにいた。
私はマルタが食器を運び終えるのを待って、声をかけた。
「マルタ。お前から見てどうだった?」
「頼んだことは、きちんとしてくださいました。初めてのこともおありでしたが、お伝えすればすぐに分かってくださいましたし、リーネ様がご自分でなさりたいことも待ってくださいました」
「イレナは?」
「こちらのやり方に合わせようとなさっていました。精霊方にも、礼を欠くことはございませんでした」
姉妹にも一緒に働けそうか尋ねると、セラはぜひと答え、ニナもまた来てほしいと言った。
四人とも、迎えることに反対はないようだ。
だが、この家に仕える者を決めるのは、私たちだけではない。
「ルヴェン。あいつらは、ミリアをどう見ている?」
ルヴェンは風のフィルネに尋ね、水のネレア、地のドルム、火のカーナにも、それぞれの考えを確かめた。
四体の返事を聞き終えると、私のそばへ戻ってくる。
『主。風のフィルネ、水のネレア、地のドルム、火のカーナ。四体とも、ミリア殿をこの家に迎えることに異存はないとのことです』
「そうか」
精霊たちも認めたなら、残るのは本人の意思だ。
手伝いを終えて居間へ戻ったミリアを呼ぶと、私の前で姿勢を正した。
「ミリア。お前は、この家でリーネの世話をするつもりがあるのだな?」
「はい。ぜひ、お仕えできればと思っております」
妙な声を出すところは気になるが、リーネへの接し方も、マルタたちとの仕事ぶりも見られた。
父上がこの女を選んだ理由は、少し分かった気がする。
「父上は、お前にエルフの慣習や王家のことも教えさせたいようだな」
「はい。必要になりましたら、私の知ることをお伝えできればと存じます」
「だが、今のリーネに作法を無理に教え込む必要はない」
「承知しております。まずはリーネ様がどのようにお過ごしなのかを知り、お手伝いしたいと思っております」
前にはリーネの誘いを受けて絵本を見て、今日は、布を持って歩くのを待っていた。
それなら、今いる者たちと一緒に世話を任せてみてもよいだろう。
「よし。お前を迎えることにする」
「……よろしいのですか?」
「ああ。ただし、今いる四人と一緒にリーネの世話をしてもらう。お前一人に任せるわけではない」
「はい。承知いたしました!」
「父上にも、こちらで決めたと伝えておく。いつから来るかなどは、後で相談すればよい」
「ありがとうございます、リュセル殿下。精いっぱい務めさせていただきます」
ミリアが深く頭を下げると、その声を聞いたリーネが姉妹のそばから来た。
顔を上げたミリアへ、笑いながら呼びかける。
「みりあ、また、あそぼうね!」
ミリアは膝を折り、リーネと目線を合わせた。
「はい。これからも、よろしくお願いしますね」
「うん!」
リーネが頷くと、ミリアも嬉しそうに笑った。
何をして遊ぶか話し始めた二人を、私は椅子に座ったまま眺める。
あの妙な声まで、リーネと一緒に楽しむようにならなければよいが。
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