第127話 父上からの、もう一つの提案
居間の床で遊んでいたリーネが、木の馬を私のところへ走らせてきた。
「りゅー、リタ、またくる?」
「また来るだろう。ダリオたちも、そう言っていたからな」
「うん!」
リーネは馬を手元へ戻し、今度は椅子の脚の間へ進ませる。
リタと遊んだ時に作った道を、今日も使うらしい。
『主、ハイエルネリアからお返事です』
ルヴェンに伴われた精霊が、居間まで手紙を運んできた。
受け取った封書には父上の印がある。
ロアナの再建と交易について送った報告への返事だろう。
「リーネ。私は手紙を読む」
「うん。お馬さん、いってくるね」
リーネが馬を椅子の向こうへ進ませる間に、私は居間の席へ移り、封を開いた。
父上も、再建と交易を進めることには賛成だ。
ハイエルネリアにとっても、人間の国との商いには利があるという。
ただし、何をどれほど出すかは、こちらで慎重に見定める必要がある。
国内で余っているからと、そのまま人間へ大量に渡してよいわけではないと書かれていた。
「……そこは問題なさそうだな」
出す品まで私が決めるつもりはない。
向こうで検討してもらえばいい。
続いて書かれていたのは、ロアナへエルフを住まわせる案だった。
交易に携わる者だけでなく、再建に関わる職人や実務を担う者、その家族も考えたいという。
用が済めば皆が帰る街では、ハイエルネリアとの関わりも援助の間で途切れかねない。
暮らす者がいれば、その後も両国を行き来する理由が残る。
街を作るなら、そこに暮らす者も必要だろう。
人間ばかりでなければならん理由もない。
しかし、ロアナはローディネルの土地であり、街を治めるのも人間側だ。
父上もその前提で、暮らす場所について協議したいと書いている。
この件は、ギルベルトたちとも相談しなければならんな。
そう考えて続きを読んだところで、私は眉をひそめた。
「……世話をする者を増やすだと?」
リーネのそばへも、ハイエルネリアから一人加えたい。
今いる者を替えるのではなく、日常の世話に加わる者を考えているという。
家人として正式に迎えれば、リーネは人間であっても王家の家に連なる。
王家の慣習やエルフとの付き合いを身近で教え、将来ロアナで暮らす時にも支えられる者がいた方がよい。
父上の手紙には、そう続いていた。
今の家には、マルタもイレナも、セラとニナもいる。
ルヴェンや精霊たちもおり、リーネの世話には困っておらん。
父上は、この家での暮らしを直接見たわけでもないのだ。
王家の作法を先に考え、リーネのしたいことを後回しにする者を送られても困る。
私は居間にいたマルタとイレナへ、手紙のことを話した。
「父上は、ロアナにエルフを住まわせたいそうだ。商いをする者や職人、その家族も含めてな」
「交易が続くのでしたら、行き来するだけでは不便な方も出てくるでしょう。ただ、住む場所はギルベルト様とご相談にならなければ」
「それは承知している。だが、話はそれで終わらん。リーネの世話をする者も、ハイエルネリアから一人加えたいと言っている」
「リーネ様のお世話を、ですか」
イレナが尋ね返し、マルタも手紙を持つ私を見た。
「今の私どもの代わりに、ということでしょうか」
「違う。今いる者は替えないと書いてある。私にも、そのつもりはない」
「承知いたしました。では、ご一緒にお世話をする方をお考えなのですね」
「ああ。だが、お前たちがいるのに、今から増やす必要があるか?」
マルタへ尋ねたつもりだったが、イレナが答えた。
「今のお世話が足りていない、ということではないと思います。私どもは、人間の国のことならお教えできます。ですが、リーネ様がハイエルネリアの方々とお付き合いになる時、向こうの慣習まで存じているわけではありません」
「それなら私が教えればいい。必要になった時に教えても、間に合うだろう」
「はい。リュセル様がご一緒でしたら。ただ、将来ロアナで暮らされる場合、ハイエルネリアの方々へ何かを伝えたい時にも、お側にご相談できる方がいれば助けになるかと」
「あの子を王家の者として扱うことばかり考えられても困る」
マルタが口を開いた。
「でしたら、その方にも、今のリーネ様を知っていただけばよろしいのではありませんか。作法をお教えするだけでしたら、必要になってからでもよろしいのでしょう。ですが、リーネ様が何をお好きで、どんな時に助けを求められるのかは、決まりを覚えるだけでは分かりません。日々ご一緒に過ごして、お世話をするうちに知っていただくこともございます」
私は、椅子の向こうで馬を動かしているリーネを見た。
大人たちの話には加わらず、馬へ森の話をしている。
「今から、リーネのことを知っておけということか」
「はい。困った時に初めてお会いする相手より、普段から一緒に遊び、お食事をする方が、リーネ様も頼りやすいと思います」
王家の用事がある時にだけ来る者を想像していた。
だが、マルタが話しているのは、今この家にいる者たちと同じように、日々リーネに関わる相手のことだ。
それなら、その者がリーネをどう扱うかも見ていける。
人間の赤子が何を食べるのかも知らなかった頃には、まず人間へ尋ねるほかなかった。
この家へ人を迎えたのも、食事や日々の世話を頼む必要があったからだ。
それが今では、食事のことはマルタへ聞き、外へ出る時はイレナへ任せ、セラやニナと遊ぶリーネを見ている。
最初から、今のように任せていたわけではない。
「……どんな者かも知らんうちから、断ることはないか」
「お迎えになるのですか?」
「まだ決めておらん。まず候補がどんな者なのかを、父上に知らせてもらう。会ってみなければ分からんだろう」
父上が選ぶ者なら、王家の慣習には詳しいのだろう。
だが、それを知っていることと、リーネの世話を任せられることは同じではない。
「リーネにも会わせる。あの子が嫌がっているのに、慣れろと言って済ませるような者では困るからな」
「それでしたら、私どももご一緒にお迎えいたします」
「ああ。お前たちにも見てもらうつもりだ。日頃のリーネのことは、お前たちの方がよく知っている」
マルタが頷いた。
「では、お会いになる時に、私どもにもお知らせくださいませ」
私は便箋を用意し、父上への返事を書き始めた。
ロアナでエルフが暮らすことには賛成する。
ただし、土地と行政はローディネル側にある。
具体的な話はギルベルトたちと相談して進めるよう記した。
世話役については、まず候補を知らせてもらい、実際に会ってから判断する。
リーネへの接し方も見たい。
今の四人は替えず、迎えるなら一緒に世話をしてもらう。
家人の件もロアナの件も、リーネが将来自分で選べるようにするためのものだ。
今の暮らしを変えて困らせるつもりはないと、最後に書き添えた。
書き終えた返書を畳み、ルヴェンへ届けるよう頼むと、床の方から呼ばれた。
「りゅー、こっち」
リーネが木の馬を持ち上げている。
私はそばへ戻り、床へ座った。
「りゅー、これ」
「私もやるのか」
「うん!」
差し出された馬を受け取ると、リーネは私の膝を指した。
「ここ、山ね。お馬さん、のぼって」
「この山は動かんぞ」
「いいよ。リーネも、ここ」
リーネは私の隣へ座り、馬を持つ私の手に自分の手を重ねた。
膝から腿へ一緒に馬を登らせると、今度は反対側へ下りる道を教え始める。
私は言われた方へ馬を進めた。
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