第126話 父と息子の商談
木の馬がダリオの膝を登り、リュセルの膝へ渡っていく。
二頭が何度も山を行き来したところで、クララが声をかけた。
「リタ、そろそろ帰りましょう」
「もう一回だけ」
「また遊びに来ましょうね。今日はもうおしまい」
リタは馬をもう一度だけ走らせてから抱え込み、ダリオのそばへ戻ってきた。
リーネも自分の木の馬を持ってついてくる。
「リーネ、また遊ぼうね」
「うん!」
リーネが馬を寄せると、リタも自分の馬を近づけ、二頭の鼻先を合わせた。
ダリオも立ち上がり、リュセルへ礼を述べた。
「今日はありがとうございました。リタもずいぶん楽しんだようで」
「リーネも同じだ。帰った後は、またリタがいつ来るのかと聞かれるだろうな」
面倒そうな口ぶりだが、リーネがリタのそばにいる間、帰るように急かすことはなかった。
「では、またお邪魔させていただきます」
ダリオは笑って答え、クララとリタを連れて、リュセルたちに見送られながら大樹の家を後にした。
帰りの道でも、リタは木の馬を抱えてクララに遊びの話をしている。
「お父さんも山になったの。リーネのお父さんの山にも行ったんだよ」
「見ていたわ。お馬さん、ずいぶん遠くまで行ったのね」
リタの話が一段落すると、クララがダリオへ尋ねた。
「それで、あなた。お義父さんとは、もう一度話すつもりなの?」
「ああ。帰ったら、もう一度王都へ行ってくる」
「リュセル様から、何かいい考えを教えていただいたの?」
「いや。商売については何も。あの方、そこは本当に分からないみたいだ」
クララが笑った。
「子供が自分で進む道を選んだらどうするか、聞いてみたんだ。あの方は『行かせる』って即答してさ。それに、前に俺がリタのことで話した言葉まで覚えていたんだよ」
「なんて?」
「リタには、自分の目で見て、自分で選べる人間になってほしいってさ。自分でそう言っておきながら、俺は親父にどう言えばいいかで困っていたんだよ」
「それなら、今度はちゃんと伝えないとね」
「前は任せてほしいとばかり言ってた。でも、何を任せてほしいのか、ちゃんと話してなかった気がする」
「でも、実際どうするつもり? お義父さんがお金も人も出してくださるなら、全部あなたの好きにはできないでしょう?」
「ああ。そこは親父と相談する。ただ、向こうの話を聞いて、どんな仕事なら俺たちにできるか考えるところは、俺にやらせてほしいんだ。最初から本店で決めた仕事を現地でやるだけじゃなくてさ」
「だったら、そう言えばいいじゃない。お義父さんも、あなたに仕事をさせたくないわけじゃないんでしょう?」
「それはそうだな」
「今の行商を続けられなくなるようなことには、しないのね?」
「しない。まず辺境伯家が何を必要としてるのか聞いて、今の仕入れ先や、俺たちが運べる荷でどこまでできるか確かめたい。それで足りないところを、本店に相談する。いきなり店を構えると決めるつもりはないよ」
クララは頷いた。
「それなら、品物の話になったら私にも相談して。今のお客様に届ける分もあるんだから」
「もちろんだ。お前がいないと、俺の商売は回らないからな」
◇
一家が自分たちの家へ帰った後、ダリオは再び王都セルディオンの本家を訪ねた。
今回も父と話すのは、ダリオ一人である。
「どうした。考えはまとまったか?」
「ああ。もう一度、話をさせてほしい」
父はダリオに椅子を勧めた。
ダリオは腰を下ろすと、前の相談で言い足りなかったことから話し始める。
「親父の言うことは分かる。本店の金を使って、人も借りて、俺だけ好き勝手にやらせてくれっていうのは、無理な話だ」
「そうだな。それが分かっているなら話は早い」
「でも、今回の仕事は、できれば自分で考えて動かしたいんだ」
父の眉が寄った。
「だから、現地のことはお前に任せると言っただろう」
「ああ。前は、そこをちゃんと話せなかった。言われた仕事をしに行くだけじゃなくて、何を引き受けるか、そのためにどう動くかを、俺に考えさせてほしいんだ」
「それで、ロアナで何をするつもりなんだ?」
「そこは、まだ全部は決められない」
「決まっていないのに、任せろと言うのか?」
予想していた問いだったが、面と向かって言われると、やはり返事に力が入る。
「再建の計画も、まだ話し合っているところだ。いつ、どれくらいの品が必要になるか、向こうも詰めている。だから、まず担当者と改めて話したい。そのうえで、行商で知った仕入れ先や街道を使って、どんな仕事ならできるか考える。金や人手が足りなければ、本店に相談するよ」
ダリオは父の返事を待った。
「つまり、まずお前が話を聞いて、何を引き受けられるか考えたいということか」
「そうだ。それを持って帰って、親父と相談する。金を出してもらうなら、当然、親父にも納得してもらわなきゃならない」
「お前の荷車一台なら、損をしても自分で負えるだろう。だが、商会の信用を使って人を雇い、仕入れ先にまとまった注文を出せば、お前だけの損では済まん。向こうで必要だと言われても、その場で引き受けるなよ」
「分かってる。金のかかることを、相談なしで決めるつもりはない」
「調べてみて、採算が合わなかったらどうする?」
今なら加われるかもしれない。
その機会を逃すのは惜しいが、クララやリタと続けてきた商売まで失うつもりはなかった。
「その時は無理にやらない。せっかく来た話だからって、何でも引き受けるわけにはいかないよ」
「ほかの商会に先を越されるかもしれんぞ」
「ああ。でも、焦ってできもしない仕事を請け負ったら、こっちも向こうも困るだろう。できる範囲を確かめて、それで仕事をもらえるなら挑戦したいんだ」
父はダリオの答えを聞くと、椅子の背へ体を預けた。
「だが、そこまでしてお前が自分でやりたい理由は何だ? 本店に任せれば、もっと手広くできるかもしれんぞ」
仕入れも運ぶ力も、本店の方が上だ。
その力を使えば何ができるか、ダリオにも思い浮かぶ。
けれど、話を渡して帰れば、あの時やっておけばよかったと後で悔やむだろうという、クララの言葉も忘れられなかった。
「親父に外へ出てこいと言われて、クララやリタとあちこち回っただろう。その先で知り合った人から、こうして商売の話が来たんだ。俺が店を継いでからじゃなくて、今の俺がやってみたい仕事なんだよ」
「……商会を継ぐ気がなくなったわけではないんだな?」
「それは変わらない。フェルナー商会は継ぐつもりだよ。だからこそ、その前に一度、自分が中心になって仕事を進めてみたいんだ」
父はしばらくダリオを見ていた。
「分かった。では、まずお前が話を聞いてこい」
「……いいのか?」
「何もかも任せると言ったわけじゃないぞ。お前たちでできる仕事と、本店の金や人手が要る仕事を調べて、計画にして持ってこい。商会の名で契約するのも、金を動かすのも、こちらの承認を取ってからだ」
「分かった。その条件でいい」
「持ってくるなら、採算まで考えてこい。商会の金を出すかどうかは、それを見てからだ」
「ちゃんと考えて持ってくるよ」
「クララともよく相談しろ。お前一人で商売をしてきたわけではないだろう」
ダリオは笑って頷いた。
「もちろん。そのつもりだ」
「なら、まずはやってみろ。話を持ってくるのを待っている」
父に礼を言って部屋を出ると、ダリオは帰ってからクララと確かめる仕入れ先を思い浮かべた。
手持ちの取引先を洗い直し、辺境伯家の担当者へ返事をしよう。
ダリオは商会の戸を開け、王都の通りへ出た。
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