第124話 ダリオとフェルナー家
辺境伯家の担当者を見送ったダリオが戻ると、リタはまだクララの隣で待っていた。
「お父さん、ロアナにいくの?」
「まだ決まってないよ」
「リーネも?」
「リーネがあそこに住むと決まったわけじゃないの。生まれた街のお話よ」
クララが教えると、リタは少し考えてから、また父を見上げた。
「でも、いってみたい」
「そうか。お父さんも、気にはなるな」
娘に答えた後も、ダリオは席へ戻らずに立っていた。
ハイエルネリアとの交易の窓口。
そんな街の商いに、今から加われるかもしれない。
「あなた、もうやるつもりでしょう」
「……そんな顔をしてるか?」
「さっきから、ずっと立ったままよ」
ダリオは苦笑して椅子を引いた。
「ただ、今は街もない。人が集まるまでに金を使って、そのまま商売にならない可能性だってある」
「そうなった時に、今の行商まで続けられなくなるようでは困るわよ」
「ああ。そこまで賭けるつもりはない。でも、街ができて、交易も始まってからじゃ、俺たちが入れる場所はずっと少なくなる」
いくつもの町で、すでに馴染みの商人がいる店へ荷を持ち込んできた。
品を見てもらうところから始めて、次も寄ってくれと言われるまでには時間がかかる。
「大きな商会が来たら、仕入れでも運ぶ力でも勝てない。けど、今なら向こうから話を聞きに来てくれる。こんな話がまた来るかっていえば……来ないだろうな」
「だから、やりたいのね」
「こういう時のために、町を回ってきたんじゃないかと思ってさ。ここが博打の張りどころなのかもしれない」
「それなら、まずお義父さんに話さないと。商会の名前でお返事するのでしょう?」
「うん。俺だけじゃ決められない。セルディオンへ戻ろう」
◇
王都セルディオンへ着くと、馴染みの商人との挨拶にもハイエルネリアの名が出た。
ハイエルネリアが人間との交易へ本格的に動くらしいという話は、もう有力な商家や貴族の間を回っている。
最初の窓口はどこになるのか、誰が品を扱えるのかと、商人たちは取引の伝手を探り始めていた。
ダリオも何か聞いていないかと尋ねられたが、ロアナの打診を話すことは控える。
フェルナー商会の本家へ着くと、クララとリタとはいったん別れ、ダリオは父と二人で商会の話を始めた。
「ロアナか。交易の話は聞いていたが、あそこを使うつもりなのか」
「再建して、窓口に育てたいそうだ。うち以外にも声をかける。まだ参加するとは答えてない」
「よく持って帰ってきた。詳しい話を聞こう。辺境伯家から、お前たちのところへ直接来たんだな?」
「そうだ。フェルナー商会の名は、リュセル殿下から挙がったらしい」
「なぜ殿下がうちの名を知っている?」
「旅の途中で知り合ってね。リタが、向こうのお子さんと友達になったんだ。俺も話をするようになって、一緒に酒を飲んだことがある」
「……酒?」
「ああ。その後は、家族で大樹の家にも招かれた」
父はしばらく返事をしなかった。
「王都じゃ、どうやったらお目通りがかなうかと、貴族まで伝手を探しているんだぞ。お前は行商へ出て、酒を飲んで、家にも呼ばれていたのか」
「最初から知っていたわけじゃないよ。娘たちが一緒に遊んで、俺たちも同じ宿に泊まって。それで話すようになったんだ」
「そうか……。そんなことまであるものなんだな」
父の口元が緩んだ。
「それなら、なおさら本店で受けよう。お前たちの荷だけで考えることはない。資金も仕入れ先も、人手も使える。ほかの商人と話をするにも、本店の信用があった方がいい」
「親父、ちょっと待ってくれ。俺に任せてもらえないか」
「現地の仕事をか? お前にも行ってもらうつもりだが」
「そうじゃなくて。何を引き受けるか、どこまでやるか、俺が決めて進めたいんだ」
父の笑みが消えた。
「お前が主導したい、ということか?」
「全部を本店で決めたら、俺は親父の決めた仕事をしに行くことになるだろう。今回の話は、俺たちが行商をしてきた先でできた縁から来たんだ。これは、自分でやってみたい」
父が本店で受けようと言うことは、ここへ来る前から予想していた。
それでも、援助の話が出ると頼りたくなる。
断った分を自分で用意できるかと問われれば、まだ答えは出ない。
「フェルナー商会に来た話だろう。お前の商会ではないぞ」
「分かってる。だから、先に返事をせずに相談に来た」
「なら、相談には乗る。やりたいと言うのを止める気もない。ただ、本店の金を出すなら、こちらも仕事に入る。仕入れ先や人手を使うのも同じだ。失敗した時に、お前だけで済む話にはならん」
本店の力を借りる以上、親父の言うことも分かる。
「俺が任された範囲で、ちゃんと商売をしてきたことは知ってるだろう」
「知っている。だから現地のことはお前に任せるつもりだ。だが、今回はお前の荷車一台で済む商売じゃない」
「……ああ」
「商会を継ぐために外を見てこいと言ったのは、私だ。見てきたことを使うなら、本店の力も使えばいい。使えるものを使うのも商人の仕事だろう」
ダリオ自身、行商を始めた時は、学んだことをここへ持ち帰るつもりだった。
だが、ロアナの話をそのまま本店の仕事として渡してしまう気にはなれなかった。
「……一度、考えさせてくれ」
「分かった。ただ、返事は早くしろ。ほかの商会が、お前の考えがまとまるまで待ってくれると思うなよ」
「分かった」
ダリオは父に一度頷き、席を立った。
クララとリタと合流し、そのまま商会を出た。
◇
王都から自分たちの家へ戻っても、ダリオは父へ伝える答えを決められずにいた。
行商の帳面を開いたまま、クララへ声をかける。
「どうするかな」
「お義父さんの言っていることも、間違ってはいないわ。私たちだけでできる仕事にするなら、引き受けられることも少なくなるもの」
「それはそうだな。自分たちで用意できる範囲で、どこまでできるか……」
「でも、全部お任せして帰ってきたら、あなた、きっと後から言うでしょうね。あの時、やっておけばよかったって」
「そういうところまで分かるか」
「一緒に商売してきたのよ。どうするか決める時も、私と一緒に考えてちょうだい」
「うん。頼む」
その時、クララが戸口の方を見て声を止めた。
「あなた」
一体の精霊が、手紙を携えてそこにいた。
クララが目を見開く。
以前、リタを大樹の家へ招く手紙が届いた時も同じだった。
「これ……まさか」
クララが手紙を受け取り、ダリオへ差し出した。
「大樹の家からか?」
ダリオが封を開き、その場で声に出して読んだ。
『リーネがリタに会いたがっている。都合がよければ来い。リュセル』
親父とあんな話をした直後に、今度はリュセルから「来い」だ。
間がいいのか悪いのか、ダリオには分からなかった。
リタがそばへ来て、ダリオの手元の手紙を覗き込んだ。
「リーネから? リーネ、あそびたいの? わたしも!」
「ええ。お父さんも一緒に行けるか、聞きましょうね」
クララの言葉に、リタがダリオを見上げる。
ダリオは手紙を持ったまま、娘へ頷いた。
「一緒に行こうか」
リタが喜んで木の馬を取りに行くと、ダリオはもう一度、手紙へ目を落とす。
旅先の宿で酒を飲んだ時も、互いの子供の話をしていた。
今度は、自分の父との話を持ちかけてみてもいいだろうか。
「リュセル様にも……少し、相談してみるか」
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