第123話 名前の挙がった商家
貴賓室の扉が開き、ギルベルトが家臣たちを伴って入ってきた。
私の隣に控えていたイレナも、ギルベルトの後ろに続く者たちへ会釈する。
「お待たせいたしました、殿下」
「座れ。ロアナのことで、何を詰めたい?」
ギルベルトが向かいへ座ると、家宰と、再建に関わる者たちも席につく。
「まずは、再建を始めるための人手です。職人だけでなく、瓦礫を除き、資材を運ぶ者も要ります。ただ、今のロアナには、その者たちが寝泊まりする場所もございません」
「住む場所から用意することになるな。そちらの職人で足りぬ仕事は、私の国へも伝えよう」
「ありがとうございます。ですが、人が集まれば、その者たちが食べる物も必要になります。建物ができた後に住民を迎えるにしても、日々の暮らしを支える商いがなければ、定住は難しいでしょう」
ロアナには、食料を売る店も、壊れた道具を直す職人もいない。
街を作る間だけ物を運び込んでも、作り終えた後の暮らしまでは続かん。
「ヴァルネから物を運ぶ商人を集めるのか」
「はい。ただ、荷を運び込むだけでは、商人も長くは通いません」
家宰が、ギルベルトの言葉を引き取った。
「売る先が少ないうちは、食料や生活の品も、必要な時に手に入るとは限りません。再建中に働く者が買い物をできるようにすれば、店を構える商家へも声をかけやすくなります。街道の整備と、荷を置く倉庫も併せて考えたいところです」
「工事が済むまで、商人を待たせておくわけではないのだな」
「ええ。交易の窓口にするのでしたら、有力な商家にも、早いうちに打診したいと考えております。ハイエルネリアから品が来ても、買い手を呼べず、ほかの街へ運べなければ、倉庫に積んで終わってしまいます。扱う品も、商家によって得意なものが異なりますので」
「一つの商会へ任せるつもりか」
「いえ。複数の有力商家へ声をかけます。そこへほかの商家も加わり、店や倉庫ができれば、買い付けに来る者や、荷を運ぶ者も集まるでしょう。どの商家が参加を望むか、こちらで調べ、話をして参ります」
商家、と聞いて思い出した。
リタの父も商人だったな。
王都の商会を継ぐため、行商で修業していると言っていた。
リーネの生まれた街を作り直すというのに、商家を集めるなら、あの家を外しておく理由もない。
「フェルナー商会も入れておけ」
ギルベルトが、返事をする前に私の顔を見た。
「フェルナー商会……?」
「リタの家だ」
イレナが補足した。
「リタ様は、リーネ様のお友達です」
「……リーネ様のお友達の家、ということですか?」
「ああ」
「殿下からお名前が挙がるとは、存じませんでした。その商会の者は、何か殿下のお役に立つことをしたのでしょうか」
「別に何もしていない。旅の途中で一緒になった。父親とは酒を飲みながら話したし、その後は一家で私の家にも来ている」
「大樹のお住まいへ、ご一家で?」
「ほかに私の家があるか」
「……そうか」
ギルベルトは家宰へ商業を担当する者に伝えるよう命じた。
ほかの商家の名はまだ聞いていないが、フェルナー商会の話だけでずいぶん長くなっている。
「何か問題があるのか?」
「問題ということではございません。ただ、商会として、今回の仕事にどこまで携われるかは調べねばなりません。殿下は、商売についても何かお聞きになっておりますか」
「詳しくは知らん。それはお前たちが調べればいい。使えないなら、無理に使う必要はない」
「承知いたしました。先方にも参加する意思を尋ね、その上で話を進めます」
「ああ。商人の仕事まで私に聞かれても困る」
「すぐに調べさせます」
◇
辺境伯家の商業を担当する家臣がフェルナー家を訪れたのは、その後のことだった。
ロアナの件で話をしたいという申し入れを受け、ダリオとクララが客を迎える。
担当者は訪問前に、フェルナー商会とダリオについて調べていた。
王都セルディオンのフェルナー商会は、現在ダリオの父が当主を務めている。
ダリオは跡を継ぐため、家族と行商に出て実地の修業を続けていた。
王都には、これより大きな商会がいくつもある。
だからこそ、出発前にイレナへ一つ確認していた。
「フェルナー家は、殿下とどのようなご関係なのです?」
「ご息女のリタ様が、リーネ様のお友達です。ですが、それだけではございません。ダリオ様ご夫妻もリュセル様と交流があり、ご一家で大樹の家へ来られたこともございます」
「……殿下ご自身とも?」
「はい」
「では、そのご縁で名前が挙がったのでしょうか」
「おそらくは。ただ、リュセル様が人間の商家を自ら名指しなさるのは、私も珍しいと思います」
少なくとも、商会の規模だけを見て礼を欠いていい相手ではない。
担当者はそう理解してから、フェルナー家を訪ねていた。
「お時間をいただき、ありがとうございます。本日は、ロアナ再建に伴う商いについて、ダリオ殿のお考えを伺いたく参りました」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます。ただ、ロアナの再建と伺いましたが……私どもに、どのようなお話でしょうか」
「再建後のロアナを、ハイエルネリアとの交易の窓口として育てる計画がございます。そのため、複数の商家へ参加を打診しており、フェルナー商会にもご検討いただきたいのです」
「ハイエルネリアとの交易を、ですか。街を再建するための物資を、運ぶだけのお話ではないのですね」
「はい。再建中の物資の供給も必要ですが、その先も商いを続けていただくことを考えております。店を出すことも含め、どのような仕事なら参加できるか、ご意見を伺えればと」
「それは、商人としては気になるお話です。しかし……なぜ、うちなのでしょうか。もっと大きな商会はいくつもございますし、私自身、まだ学んでいる最中です」
「有力な商家にも声をかけております。すべてをフェルナー商会へお願いするというお話ではございません。ただ、こちらについては、リュセル殿下から直接お名前が挙がりました」
「……リュセル殿下が? 私どもの商会の名を、殿下ご自身が仰ったのですか」
「はい。フェルナー商会にも声をかけるようにと。そのため、まずお話を伺いに参りました。もちろん、参加するかどうかは、そちらで決めていただきます」
「そうでしたか……。まさか、あの方が商会のことまで覚えてくださっていたとは」
「ご一家とのお付き合いもあると、伺っております」
ダリオは隣に座るクララへ、今度は自分から声をかけた。
「新しく店を持つなら、今の行商と同じにはいかないな」
「ええ。仕入れを増やすにしても、いつ、どれくらいの品が必要になるのかを知らないと。今のお客様に届ける分もありますし」
「商会として受けるなら、父にも話を通す必要があります」
ダリオが担当者へ話を戻すと、相手は頷いた。
「そのあたりもお聞きしたくて参りました。今なさっている商売を止めて、すぐにお移りいただくという依頼ではございません。こちらも、現地へ人が入る時期と、必要な品を詰めているところです。今のお仕事で、無理なく扱えるものから伺ってもよろしいでしょうか」
「それでしたら――」
「お父さん、お客さん?」
戸口から顔を出したリタが、父の隣へやってくる。
クララが話の途中だと声をかけるより先に、担当者がリタへ声をかけた。
「こんにちは。リタ様ですか?」
「うん。なんで、しってるの?」
「リーネ様のお友達だと、伺っています」
「リーネ、しってるの?」
リタは父の袖を掴み、客の返事を待つ。
「ええ。今日は、リーネ様が生まれたロアナという街を、作り直すお話に来ました」
「リーネの生まれたところ?」
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