第122話 リーネのそばにいる者
大樹の家へ帰ったリュセルがルヴェンに託した手紙は、ハイエルネリア王国の王城へ届けられた。
国王の私室には王妃と宰相も呼ばれ、三人でその内容を読んでいた。
「勝手に決めおって、まったく」
国王は手紙を机へ戻した。
「人間の国へ話を通せと言ったら、交易を認める話までしてくるとはな。街の再建まで引き受けておる」
「でも、それはいいわよね。リーネの生まれた場所なのでしょう? 荒れたままにしておくより、あの子が帰れる街になった方がいいわ」
「街を一つだぞ。リーネのためなら、何でもよいと思っておらぬか、あれは」
「あなたは、リーネが帰れる街を作ることには、反対なのですか?」
国王が返事をしないうちに、宰相が口を開いた。
「再建への支援は必要となりますが、人間との交易には我が国も利益を見込めます。国内では、使い道が足りず余っている品もございます。獣人族との交易は続いておりますが、取引先をそこだけに頼り続けるのは、長い目で見れば好ましくありません」
「そなたが以前から言っていたことだな。では、ちょうどよい機会ではないか」
「はい。ただ、売れるからと出せる限り出すわけには参りません。我々には珍しくない品でも、人間の国では王侯や大商会が争って求めることがございます」
「余っているのなら、欲しい者へ売ってあげればよいのでは?」
王妃の問いに、宰相はすぐには賛成しなかった。
「一度に大量に渡せば、人間側の値段も商いも変わります。買えなかった者が奪いに来るかもしれませんし、他国が自分たちにも渡せと求めることもあるでしょう。我が国には余り物でも、向こうでは戦を起こしてでも欲しい品になり得るのです。何を、どれだけ出すかは、こちらで慎重に見定めなければなりません」
「リーネの街へ、そんな争いを持ち込んでほしくはないわね」
「そのためにも、我が国の者がロアナで暮らすことを、お考えいただきたいのです」
国王は宰相へ続きを促した。
「交易に携わる者だけでなく、再建に関わる職人や実務を担う者、その家族などもです。用が済んだら全員が帰るのでは、金と技術を出して、人間の国へ街を一つ作って渡すことになります」
「なるほど。投げっぱなしになるのを止めるということか」
「どういうこと?」
王妃が国王へ尋ねる。
「ロアナはローディネルの領土で、治めるのも向こうだ。そこはリュセルも変えるつもりがない。だが、我々の者が誰も住まず、人間ばかりの街になれば、こちらは援助をして終わりになってしまうだろう」
「私たちの国の者にも、暮らす場所を作るのね」
「はい。そこで暮らす者がいれば、我が国とロアナの関わりも一時の援助では終わりません」
「それなら、リーネにも知っている顔ができるわ」
「それもございます。ただ、問題はリーネ様のお立場です。リーネ様を正式に家人として迎えれば、人間であっても我が王家に属する方となります。その方を街の象徴として迎えるのでしたら、お側を人間側の者だけに任せておくのは危ういかと」
「今も、人間の者たちがそばにいるではないか」
「今の家には殿下とルヴェン様、精霊たちもおられます。リーネ様の周囲を人間だけで固めているわけではございません。しかし将来ロアナへ移られ、住民のほとんどがローディネルの者になれば、事情は変わります」
王妃は笑みを消した。
「リーネが困ることになるの?」
「人間の国では、幼い者や王家に連なる者が、ご本人の意思にかかわらず担ぎ上げられることがございます。リーネ様が何も言っておられなくとも、あの方のためだと称して、人が集まり、自分たちの主張を通そうとするかもしれません」
「リュセルは、あの子に政治をさせぬと書いている」
「ご本人が政治をなさらなくとも、名を使う者は出て参ります。リーネ様のお側には、我が国の者もしっかり置くべきです」
「だが、それをリュセルが認めるか? あれは、国の都合でリーネのそばへ人を送ると聞けば、嫌がるぞ」
「今の暮らしへ人を加える必要があるとは申しておりません。これから作る街の話です。正式に我が王家へ迎えた方を、人間だからという理由で人間側だけに任せれば、後から我々が関わろうとしても、なぜ今になって口を出すのかと言われかねません」
「……そうだな」
「リーネを取り合うようなことには、しないでくださいね」
王妃の言葉を受け、国王は手紙を下ろす。
「そこは私がリュセルを説得しよう。そばに置く者の話なのだから、あれに黙って進めるわけにもいかん」
宰相が礼を取ると、国王は侍従に便箋を用意させた。
息子への返事には、再建と交易の話に加え、ロアナで暮らすエルフについても書き添えていく。
◇
大樹の家では、リーネが居間にいる私のところへ来ていた。
「りゅー、そと、いこう」
後ろにはルヴェンと、四体の家付き精霊がいる。
外へ行く相手は、もう集めてきたようだ。
「私はマルタたちと話がある。今日はルヴェンたちと遊んでこい」
「あとで、くる?」
「話が終わればな」
「じゃあ、まってる。ルヴェン、いこう」
『はい、リーネ様。主、私がついております』
ルヴェンに伴われ、リーネは精霊たちと外へ出ていった。
戸の向こうから、遊び相手を呼ぶリーネの声が聞こえる。
私は居間に残った四人へ、辺境伯と話したロアナのことを伝えた。
街を再建し、ハイエルネリアとの交易の窓口にする。
リーネが人間の社会へ出たいと望んだ時に、行ける場所にしておく。
「街を治めるのは人間側だ。リーネに政治をさせるつもりはない」
「それでしたら、今すぐ何かを教えなければならないわけではございませんね」
マルタの言葉に頷くと、イレナが尋ねてきた。
「では、いずれは私たちも、ここからロアナへ移るのでしょうか」
「いや。私はこの家から、街へ住み移るつもりはない。向こうで暮らすとすれば、将来のリーネだ。あの子が行きたいと選んだ場合の話だが」
セラが、戸の方を振り返った。
「リュセル様は、ここに残られるのですか」
「ああ。街が形になるまでには、何年もかかる。その頃にはリーネも、今とは違う。学ぶことも増え、人間の暮らしを自分で見て、何がしたいか考え始めるだろう」
今は外へ遊びに行くにも、私を誘いに来る。
だが、この前は私の名前札がないことに気づき、自分で一枚作って、帰った私へ渡してきた。
「ロアナで暮らしたいと言うなら、そこで自分で考え、決めることも覚えねばならん。私が全部決めていては、自分で選ぶことを覚えられん」
マルタが、私へ尋ねた。
「けれど、リーネ様がお望みになれば、ご一緒に行ってくださるのですね」
「それは変わらん。必要なら一緒に行く。困れば私を呼べばいい。私まで住み移る必要はない」
「……そういうお考えでしたか」
イレナは答え、マルタも頷いた。
だが、セラは私の方へ身を乗り出してくる。
「でも、それではリーネ様が寂しがってしまいます。起きた時にリュセル様がいないだけでも、あれだけ気にしておられたのですよ。知らない街で、一人で暮らすなんて……」
「お姉ちゃん」
ニナがたしなめたが、セラは引かなかった。
「だって、寂しいでしょう。帰っても誰もいなかったら、かわいそうです」
「何を勘違いしている。行かないのは私だけだ」
セラが、乗り出していた姿勢のまま止まった。
「お前たちは、リーネのそばにいてやれ」
四人が顔を見合わせる。
◇
その後、辺境伯からの連絡を受けたイレナが、私のところへやってきた。
「リュセル様。ギルベルト様が、王家から前向きに進めるとの返答を得られたそうです。ロアナの件で、改めてお話をしたいと」
「そうか」
「辺境伯閣下には、いつこちらへ来ていただきますか?」
「面倒だ。今行こう」
「……またですか」
「行くぞ」
イレナは戸のところでマルタへ留守を頼み、私について外へ出る。
私は《蒼穹渡り》でイレナを伴い、そのままヴァルネへ向かった。
辺境伯邸の中庭へ降り立つと、近くにいた兵士がこちらを見て立ち止まった。
通りかかった使用人も驚き、私に気づいた別の者が慌てて頭を下げる。
「リュセル様がいらっしゃいました。すぐに貴賓室の準備を」
イレナは動き出した使用人を見送ると、今度は私を見た。
前にも、ここで行く手を塞がれている。
「分かっている。十五分待つ」
私は貴賓室へ向かって歩き出した。
「……せめて、案内を」
「場所は覚えている」
後ろでイレナが息をつき、すぐに別の方向へ駆けていく。
◇
執務室にいたギルベルトは、扉の外から呼ぶイレナの声で顔を上げた。
「どうした。殿下のお返事か?」
「リュセル様がいらっしゃいました。貴賓室でお待ちになります」
「……またか。ロアナの件だな。こちらから出向く日を決めるつもりだったのだが」
ギルベルトは椅子を引いて立ち上がる。
「今行くと仰いまして。十五分は待つそうです」
「家宰と、ロアナの件で話をしている者たちを呼べ。急ぐように」
扉に控えていた者が駆け出すと、ギルベルトも書状を手に部屋を出た。
廊下で集まった主要な家臣を伴い、貴賓室へ急ぐ。
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