第119話 昼寝の間の外交
父上からの返書が届いたのは、リーネが昼寝をしている間だった。
ルヴェンは寝床のそばに残り、私はマルタとイレナのいる居間で手紙を読む。
セラとニナも、父上が何と答えたのかを待っていた。
正式に王家へ迎えることには、父上も賛成している。
ただし、人間の少女を我が王家の家へ迎えるとなれば、私が一人の子を育てているという話では済まなくなる。
人間の国へ何も知らせずに進めれば、王家がその国の民を取り込んだと受け取られる恐れがある、と父上は書いていた。
「……たしかにな」
「何か、難しいことがございますか」
マルタに尋ねられ、私は返書に記されていた案を説明した。
「家人として登録する案だ。血族でもハイエルフでもない者を、正式に我が王家の家に連なる者として迎える」
「王家のお子様になる、ということでしょうか」
「王族にするのとは違う。継承権も生じないし、人間であることも変わらん。だが、外でも我が家の者として身分を保証できる」
それなら、マルタが気にしていた、どのような立場の者として育てるかという問いにも答えを出せる。
「それでしたら、リーネ様にもよろしいのでは」
「父上もそう考えている。ただ、人間の国がどう受け取るかを気にしている」
「……リュセル様。少なくとも、辺境伯様には先に話を通す必要があります」
イレナの言葉に、私は尋ねた。
「リーネがこの領内で暮らしているからか」
「それもございますが、リーネ様はローディネル王国の民として扱われております。そして民としての登録も、ヴァルネにございます。こちらへ何もお伝えせずに王家へ迎えられますと、自国民を外国王家に奪われたと考える貴族も出るかと」
「洗礼の時にも、王国の民だと確認されたな」
「はい。王家の皆様も、リーネ様のことをご存じです。普通の領民の話として、辺境伯様だけで済ませられるとは思えません。まず事情をお伝えして、王都への話もお願いする必要があるでしょう」
「……それもそうか」
後になって人間側から異議を出され、リーネが人前で困るようでは意味がない。
先に人間の側へも話しておけばいい。
「しょうがない。リーネのためだ」
「何をなさるのですか?」
セラが尋ねた。
「今から辺境伯に会う」
「今からですか!?」
セラの声に、ニナが寝床のある方を振り返った。
マルタは何か言おうとしたが、イレナの方が早い。
「お待ちください。せめて先触れを――」
「待っていては、リーネが起きる。起きる前に済ませる」
「辺境伯様にもご予定がございます。何のお知らせもなく訪ねられては、お迎えの準備もできません」
「迎えの準備はいらん。話ができればいい」
「そう仰られましても……先触れだけでも、先に送らせてください」
使いが城へ着くまで家で待ち、それから出向くのか。
その間に、私が行けば着いてしまう。
「お前も来い。着いてから知らせればいいだろう」
イレナはしばらく私を見た後、マルタへ留守を頼んだ。
マルタも諦めたように、寝床へ続く方へ歩き出す。
「リーネ様が起きられたら、私どもでお相手をしております」
「その前に戻る」
私はイレナを伴って外へ出ると、《蒼穹渡り》でヴァルネへ向かった。
馬や馬車を用意する必要もなく、森を越えて、辺境伯の城の中庭へ降り立つ。
イレナは近くにいた警備兵へすぐに声をかけ、辺境伯が城にいることを確かめた。
「では、案内してくれ」
歩き出しかけた私の前に、イレナが立った。
「リュセル様。少しだけお時間をください。ここまでお待ちにならなかったのですから、せめて私が先にお知らせする間だけは」
「知らせに行くなら、私も一緒に行けば済む」
「済みません。突然、執務のお部屋へ来られては、辺境伯様がお困りになります」
そこまで言われて押し通すのも、面倒だ。
話す前から困らせては、かえって時間がかかる。
「しょうがない。十五分だけ待とう」
イレナの口元が引き攣った。
「……ありがとうございます。こちらへお越しください」
十分に時間を取ったつもりなのだが。
私は貴賓室へ案内され、イレナは私が席へ着くのを待つと、すぐに部屋を出ていった。
◇
執務室の扉が叩かれ、ギルベルトが応じると、イレナが入ってきた。
いつもの静かな足取りではなく、息を整える間も惜しむように、机の前まで来る。
「ギルベルト様!」
「どうした」
「リュセル殿下が来られています」
「……は?」
ギルベルトは扉の外を見た。
来訪を告げる使いも、出迎えの報告も受けていない。
「貴賓室でお待ちです」
「なぜ!?」
「リーネ様の件で、お話があるとのことです。先触れをお願いしたのですが、リーネ様が起きられる前に済ませると仰って、そのまま……」
「まさか、森の家から直接来られたのか」
「はい。十五分は待つと仰っています」
それは、あと十五分もないということではないか。
ギルベルトは椅子から立ち、イレナとともに貴賓室へ急いだ。
扉を開けると、リュセルは一人で座っていた。
いつもならその腕や膝にいるリーネの姿がなく、猫ほどの大精霊もいない。
「突然どうされたのですか。何か問題でもございましたか?」
「リーネを正式に我が王家へ迎える」
「……はい?」
向かいへ座りかけたまま、ギルベルトは止まった。
イレナからは、リーネの件で話があるとしか聞いていなかった。
「アルヴァリス王家の家人として登録したい。王族にするわけではないし、王位の継承権もない。人間であることは変わらんが、正式に王家の家に連なる者になる」
家人という身分を、ギルベルトは聞いたことがなかった。
ハイエルネリアには、そういう迎え方があるのだろう。
ただ、今までの庇護を続けるという話ではないことは分かった。
「リーネはローディネルの民として扱われていると、イレナから聞いた。だから、一方的に進めずに話をしに来た」
「お知らせいただき、ありがとうございます。ただ、その……」
ギルベルトは腰を下ろしたが、すぐには答えられなかった。
普通の領民が一人、外国へ移る話なら必要な手続きを整えれば済む。
だが、リーネは違う。
国王陛下も自国の民として認めておられ、王女と大司教が洗礼に立ち会い、王妃陛下まで会いに来られた子だ。
そんな子をハイエルネリア王家が正式に迎えるという話を、王都へ何も伝えず辺境伯の自分だけで了承した、では済まない。
リュセルが自ら話を通しに来た以上、礼を尽くして応じたい。
だが、それと自分一人で決めてよいかは別だった。
「恐れながら、殿下。この件は王都へお伝えし、陛下のご判断を――」
「ハイエルネリアとの交易を認める」
ギルベルトの言葉が止まった。
今、何と仰ったのか。
「……え?」
「それなら王都にも話は通しやすいだろう。リーネを正式に迎えるために必要なら、認めて構わん」
ハイエルネリア王国との交易。
各国が何十年、何百年と望み、使節を送っても手に入らなかったものだ。
ギルベルト自身、最初にリュセルの来訪を知った時、家令がその話を持ち出すのを止めた。
下心を見せて、せっかく得たつながりを失ってはならないと。
その交易を、リュセルの方から認めると言っている。
それほどの話をしているのに、リュセルは普段と変わらない顔をしていた。
「え……えええええっ!?」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




