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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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115/126

第115話 帰ってきたら、また一緒

 大樹の家へ戻るころには、森の影が長くなっていた。

 生活の階の踊り場へ降りると、ルヴェンが翼を畳んで私のそばへ寄る。

 戸を開けた先にはマルタがいて、その足元で木の馬を動かしていたリーネが顔を上げた。


 「りゅー!」


 馬を床へ置いたまま立ち上がり、こちらへ歩いてくる。

 途中から足が速くなったので、私は入口で膝をついて、伸びてきた両腕ごと抱きとめた。


 「戻ったぞ」


 リーネは私の肩へ手をかけ、身体を上へ持ち上げようとする。

 抱いて立つと、今朝と同じように首へ腕が回ってきた。

 今朝のように、服をつかんで泣くことはなかった。


 「お帰りなさいませ。お二人とも」


 「ああ。助かった」


 「お昼寝から起きてからは、ここで遊んでいらっしゃいました」


 マルタが床の馬を拾って見せると、リーネは私の肩から顔を離し、そちらへ手を伸ばした。

 受け取った馬を胸へ抱え、それから私へ押しつける。


 「りゅー、これ」


 「馬か」


 「いっしょ」


 「分かった。ちょっと待ってろ」


 私はリーネを片腕に抱き直し、外套の留め具を外した。

 脱いだ外套をマルタへ渡す間も、リーネは木の馬をこちらへ向けたまま待っている。

 そのまま朝に座っていた椅子へ腰を下ろし、リーネを膝に座らせた。

 リーネは早速、朝と同じように木の馬を私の腿に沿って進ませる。


 片方の膝の端まで来た馬が、今度はもう片方へ移ろうとして、二本の脚の間へ落ちかける。


 「そこは渡れんぞ」


 手を添えて止めると、リーネは馬を戻さず、空いている方の私の膝を叩いた。


 「こっち」


 「そちらへ行きたいのか」


 膝を寄せてやると、馬は無事に隣へ渡った。

 リーネは笑い、今度は反対側へ戻してくる。

 私は、そのまま両膝を寄せておいた。


 しばらく付き合っていると、リーネが馬を止め、私を見上げた。


 「りゅー、いっしょ」


 「ああ。一緒だ」


 リーネはまた馬を動かし始めた。

 ルヴェンは椅子のそばへ丸くなり、マルタが夕食の支度に立った後も、私はそのままリーネの遊びに付き合っていた。


 その夜、リーネを寝かせる前に、木の馬を寝床のそばへ置いた。

 リーネはもう手を伸ばさず、そのまま横になった。

 寝息が落ち着くのを待ってから、私はロアナの記録を開いた。


 焼けた街の現況と、澱んでいた魔の気配。

 樫の跡に生やした大樹によって、その気配が退いたこと。

 木人に遺骨を集めさせ、大樹のそばへ葬ったことも記しておく。


 家や通りには、荒れたままの場所が残っている。

 人が暮らしていた頃の街へ戻ったわけではない。

 最後に、診療所跡を訪ねたことを書き加えた。


 筆を置いて帳面を閉じると、隣の部屋から寝具の擦れる音がした。

 様子を見に戻ると、リーネの片腕が掛け布の外へ出ていた。

 目は閉じたままだ。

 腕を戻して掛け布を整え、寝床の隣へ腰を下ろす。

 しばらくすると、また穏やかな寝息だけが聞こえてきた。


 その夜が明ければ、またいつもの日々が戻ってきた。


 朝には食卓へ集まり、食べ終えるとリーネは遊びたい物を取りに行く。

 外へ出る日もあれば、雨の音を聞きながら部屋にいる日もあった。

 王城から持ち帰った絵本には、何度も膝の上で開かれるうちに、よく見る頁に開き癖がついている。


 ある午後、リーネがその一冊を抱えてきた。

 私の隣へ座ると、本を二人の間に置き、鳥の描かれた頁を開く。


 「ここ」


 「今日は鳥か」


 頁の上半分には、枝に止まる大きな鳥が描かれている。

 私が次の頁へ手をかけると、その上に小さな手が重なる。


 「まだ」


 「まだ見るのか」


 「こっち、りゅー」


 鳥を指したのかと思ったが、その指は枝の下へ動いた。

 描かれた葉の間に、もう一羽の鳥がいる。

 私がそこを見るまで、リーネは指を離さなかった。


 「ああ。そこにもいるな」


 私が同じ鳥を示すと、リーネは声を上げて笑った。

 そのまま隣の頁をめくり、今度は葉の陰を探し始める。


 以前から、見たい本は自分で選んでいた。

 今は、見てほしい場所まで、指と言葉で教えてくる。


 「りゅー、あった」


 呼ばれて見ると、今度は枝の先にいた。

 私は本を開いたまま、リーネと一緒に次の鳥を探す。


 窓の向こうで葉の色が変わり、枝が葉を落としても、風の冷たい日には部屋で本を開き、暖かくなれば、また外を歩いた。


 枝先に新しい葉が広がる頃のある朝、マルタがリーネの着替えを持ってきた。

 畳んだ服の横へ、もう一枚を置く。


 「今日から、こちらをお召しください」


 リーネの前に広げたのは、いつもの服より一回り大きい物だった。

 昨日まで着ていた服は、もう袖も裾も短くなっている。


 「もう替える頃か」


 「はい。腕を上げると、裾も上がってしまいますので」


 マルタに手伝ってもらい、新しい服へ着替えたリーネが、私の前へ来た。


 「りゅー、みて」


 両腕を広げて見せる。

 私が袖の先を見ると、本人も同じところを見て、それから腕を上へ伸ばした。


 「これなら、動いても窮屈ではないな」


 リーネは腕を下ろし、今度は机の上に置いてあった絵本を指した。

 服を見せる用事は、それで済んだようだ。

 私は本を取って渡し、隣へ座りたがるリーネに場所を空けてから、自分の記録を開いた。


 衣服に関する頁には、前に測った寸法が残っている。

 その数字を消さず、今の服の大きさと、替えた日を書き足しておくことにした。

 マルタに寸法を聞いて書いていると、リーネが帳面の端へ本を寄せてきた。


 「りゅー、こっち」


 「今、書いている」


 リーネは開いた頁の鳥を指し、それから私の指をつかんで、その鳥のそばへ置いた。

 私は筆を置き、鳥を見た。

 今日の寸法の続きは、本を見終えてからでも書ける。


 そんな日々が続いたある朝、朝食を終えて外の様子を見ていると、リーネが両手に靴を一つずつ持ってきた。

 私の前まで来ると、そのまま腰を下ろす。


 「靴を履くか」


 手を伸ばすと、リーネは持っていた靴を自分の膝へ引き寄せた。


 「りーね、やる」


 「自分でやるのか。では、やってみろ」


 私は隣へ腰を下ろした。

 リーネは片方の靴へ足を入れたが、踵がうまく入らない。

 こちらも手を出しかけたが、本人はまだ私を見なかったので、膝の上へ戻した。


 何度か足を動かして、片方は履けた。

 もう片方にも足を入れようとし、今度は靴の踵を踏んでしまう。

 リーネは足を抜いてやり直し、それでもうまくいかないと、靴を私へ差し出した。


 「りゅー」


 「ここだけ、持っていよう」


 足を入れやすいように靴を支えてやると、リーネは自分で足を押し込んだ。

 立ち上がって両足を見下ろし、一歩踏んでみる。

 履き直す必要はなさそうだ。


 「できたな」


 リーネは私を見て笑い、まだ座っている私へ手を差し出した。


 「りゅー、いこ」


 その手を取って立ち上がると、待っていたリーネが、戸の方へ私を引いた。

読んでいただきありがとうございます。

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