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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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114/124

第114話 焼け跡に残す木(後編)

 ルヴェンは広場を歩き、切り株のそばで止まった。


 『人が戻るには、さらに厄介な土地になります』


 「それはいかんな」


 これ以上、荒れるに任せておくことはない。

 私は樫の跡へ近づき、その地面へ手を向けた。


 木樹魔法を通して、土の下へ魔力を流す。

 古い根の通った地に新しい根が伸び、切り株の跡から幹が立ち上がった。

 伸びる幹は途中で太さを増し、広場を覆うように枝を分けていく。


 枝先から葉が開いた。

 一枚が光を受けたと思う間に、その向こうでも、さらに上でも緑が広がる。

 崩れた屋根より高く、折れた壁を越えて、若い枝が空へ伸びた。


 葉の間を透かして、淡い光が地へ落ちてくる。

 その光は木漏れ日へ重なり、石畳を伝って、建物の残骸へ届いた。

 私は根を通じて力を巡らせ、育てた大樹の神聖な気配を、周囲の土地へ染み渡らせていく。


 石壁の奥に澱んでいたものが薄れる。

 先ほどまで風の通らなかった家の中へも、葉の擦れる音が届くようになった。

 ルヴェンは建物の方へ進み、崩れた壁を越えてから広場へ戻ってきた。


 『魔の気配が退いております。土地も、聖なる領域へ変わりました』


 「ならばいい」


 広場へ根を下ろした大樹は、私が手を下ろしても枝を広げ続けていた。

 幹を回り込んだ風が葉を揺らし、足元に緑の影が動く。

 かつて樫の周りを子供たちが走っていた場所に、また木陰ができた。


 だが、木陰に入った骨は、骨のままだった。


 近くの瓦礫の間に、頭蓋骨が横向きに埋もれている。

 土に汚れた白い骨の上を、葉の影が何度も通った。

 私はそれを見たまま、次の道へ進めずにいた。


 こうした光景は、初めてではない。

 戦争で焼けた街も、飢えで人の消えた村も、幾度となく見てきた。

 私は起きたことを記録し、そこを離れてきた。


 最初にこの街へ来た時も、あの泣き声がなければ、記録を終えて去っていた。

 だが今は、骨を見たまま、足が動かなかった。


 『主?』


 ルヴェンが私のそばへ戻った。

 私は骨の周りに積もった土から目を離し、広場へ魔力を流す。


 地中から根が伸びた。

 何本も絡み合い、脚と胴を作り、枝を束ねた腕の先が指へ分かれる。

 顔に目鼻のない木人が立ち上がると、その後ろでも、さらに後ろでも同じ姿が生まれた。


 馬車の手綱を取らせる時には、一体で足りた。

 今日は、通りへ分かれて働かせる数が要る。

 広場に木人が並ぶまで生み出してから、私は街を示した。


 「街に散っている骨を集めろ。大樹の近くに墓を作り、そこへ葬れ」


 木人たちが動き出した。

 大樹のそばで地面を掘り始める者と、通りへ向かう者に分かれ、木の脚が石畳を踏んでいく。

 一体が私の見ていた頭蓋骨の前に屈み、両手で土を除いた。

 骨を持ち上げると、掌の上に残った土がさらさらと落ちた。


 『この方々を、ここへ葬られるのですね』


 「ああ。このまま散らばっていては、落ち着かん」


 『主が、ですか』


 私は返事をせずに、木人の手を見ていた。


 「……そうだ」


 ルヴェンは、それ以上尋ねなかった。

 私と並び、木人が大樹の方へ戻るのを見送った。


 やがて通りから、骨を抱えた木人たちが戻ってきた。

 長い骨も、欠けた骨もある。

 土の中から拾い上げたものは黒く汚れ、草に隠れていたものには根が絡んでいた。

 木人は運んできた骨を掘った地へ下ろし、また街路へ戻っていく。


 誰の骨なのか、私には分からない。

 木人たちは、拾い上げたものから順に墓へ運んでいった。


 私は木人たちが集めてきた遺骨を見届けた。

 大樹の葉が風を受けるたびに、地面を掘る音へ、葉擦れが重なった。


 収めた骨に土がかけられ、広場の近くに墓ができていく。

 整えられた土の前へ、木人が平たい石を立てた。

 名を刻むことはできないが、その下に人が眠っていると分かるものにはなった。


 私は墓の前に立ち、しばらくそこを動かなかった。

 木人が拾い集めた骨は、今は土の下にある。

 頭上には、生きた葉が茂っていた。



 ◇



 墓を離れて、診療所跡へ向かった。

 あの日、泣き声を頼りに進んだ道は覚えている。

 通りの脇に積んだ瓦礫は崩れて低くなっていたが、私が開けた入口までは歩いていけた。


 「ここだったな」


 『はい。奥のお部屋です』


 ルヴェンが先へ進み、私は屋根のない建物へ入った。

 以前は倒れた棚と寝台の間に、籠を守る女がいた。

 背に火傷を負い、腕の下へ赤子を隠すようにして死んでいた。


 私は、女だけなら逃げられたかもしれないと思った。

 ルヴェンは、守る方を選んだのだろうと答えた。

 そのやり取りまで、ここへ立つと思い出す。


 今は泣き声がしない。

 崩れた壁の間を風が抜け、床へ伸びた草を揺らしている。

 私は赤子の籠があった場所で膝を折った。


 あの時は、何もかもが小さかった。

 毛布の下から出てきた腕も、指も、首も。

 どう持てば壊さずに済むのか、それさえ分からなかった。


 『初めて抱き上げられた時は、大変でございましたね』


 「お前に聞いても、抱き方を知らんと言われた」


 『育児を司る大精霊ではございませんので』


 今朝、マルタへ渡す時にも、私は手を離せずにいた。

 あの時とは、随分と違う理由で。


 「もう、自分で歩くぞ」


 『ええ』


 「家へ戻った時も、先に中へ入って、私を呼んだ。指を引いてな」


 朝には、その手が私の服をつかんでいた。

 抱き方も分からなかった赤子が、今は私のところまで歩いてきて、一緒に行くと言う。


 『リーネ様にも、いつかお話しになりますか。ここでお会いになったことを』


 私は空いた床へ手を伸ばしかけ、膝の上へ戻した。

 ここへ何も知らずに連れてきても、今のリーネには、壊れた家があるとしか分からないだろう。


 「話せるようになったらな。本人が知りたいこともあるだろう」


 『その時は、私もご一緒いたします』


 「ああ。お前も、ここにいた」


 立ち上がると、壁の向こうに大樹の枝が見えた。

 木人たちに葬らせた者の名は分からない。

 この部屋でリーネを守っていた女の名も、私は知らないままだ。


 ただ、ここで見つけた赤子が、今は家で待っている。

 出かけると告げただけで、あれほど泣いた。


 「ルヴェン。帰るぞ」


 『はい。今日のうちに戻ると、お約束なさいましたから』


 診療所跡を出て、空へ上がった。

 眼下の広場には大樹が枝を広げ、そのそばに新しい土と墓石が見える。

 私は森のある方へ身体を向け、朝よりも速く風を走らせた。

読んでいただきありがとうございます。

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