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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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110/118

第110話 恩

 リーネが私の指を引き、パンを持つ子供を指した。


 「りゅー」


 「パンか。少し待て」


 収納空間から旅用のパンを取り出し、ちぎって渡す。

 だが、リーネは食べずに、その手を子供へ伸ばした。

 差し出された先の子は、もう何も持っていなかった。

 最後の欠片まで隣へ渡してしまったのだ。


 「かあいそう……」


 私はリーネと手をつないだまま、二人の前へ近づいた。

 自分が食べたかったのではないのか。


 「もらっておあげ。この子がくれるってさ」


 サナに促されて、子供が両手を出す。

 リーネはその手にパンを載せると、私の指を握り直した。


 「……ありがとう」


 「あいっ!」


 返事をしたリーネに、受け取った子が笑った。

 私は残ったパンを割り、隣の子にも渡す。

 二人が食べ始める間、リーネは私のそばから離れずにいた。


 「サナ。食料を置いていく」


 「気を遣わなくていいよ。顔を見せてくれただけで十分だ」


 「乳の飲ませ方も分からなかった私に、随分と手間をかけただろう」


 「あんな赤ん坊を抱いて来られちゃ、放っておけないさ。何か返してもらおうと思ったわけじゃない」


 それは知っている。

 豊かではない村で、彼女たちはリーネのために旅の荷まで整えてくれた。


 「受けた恩は利子を付けて返すのが私の流儀だ」


 サナは私の顔を見てから、パンを食べている二人へ声をかけた。


 「よかったねえ。ゆっくり食べな」


 そして私へ向き直る。


 「なら、ありがたくもらうよ。でも、この子たちの道中の分まで出すんじゃないよ」


 「ああ。残しておく」


 私が穀物の袋を取り出すと、後ろからマルタが近づいた。


 「リュセル様。せっかくですから、温かいものを作りませんか。干し肉もございましたね」


 「ある。これで足りるか」


 干し肉の包みを渡すと、マルタは中身を確かめて頷いた。


 「麦と煮れば、皆さんで召し上がれます。サナさん、火を使える場所をお借りできますか」


 「それなら広場を使いな。家の鍋も持ってくるよ」


 「鍋なら私も持っている」


 料理を任せることはできる。

 必要な道具を出すくらいなら、私にもできるだろう。



 ◇



 広場へ大鍋を下ろすと、セラが取っ手を握って持ち上げようとした。

 両腕へ力を込めたものの、持ち直して、私を振り返る。


 「リュセル様、これ、もう少し向こうへお願いします」


 「どこだ」


 「薪を組んでいるところです」


 イレナと村の男が、鍋を支える石を据えている。

 私はリーネをサナへ預け、空の鍋を魔法で浮かせて運んだ。

 男は途中で石を持ったまま待ち、鍋が収まると、イレナに呼ばれて残りの薪を取りに戻っていった。


 「水を汲んできますね」


 桶を持ち上げたセラを呼び止め、鍋の上へ水を出す。

 透き通った混ぜ物が一切ない水が生まれ、そして流れが底を打ち、マルタの指す高さまで溜まったところで止めた。


 「桶も、ここへ置いてくれ」


 「あ、はい!」


 セラが空の桶を置く。

 そちらにも水を満たすと、彼女は早速、村の女たちと穀物を洗い始めた。

 家から持ってきた鍋やボウルが集まり、火のそばではマルタが干し肉を刻んでいる。


 「肉は、これくらいですか?」


 セラが手伝いながら、切った一片を見せた。


 「ええ。その大きさなら、どなたの分にも入りますね」


 私は追加の包みを取り出した。


 「足りなければ、こちらも使え」


 「ありがとうございます。では、それもお願いします、セラ」


 「はい!」


 村の女がセラの隣へ座り、ナイフを取った。

 サナも家から持ち出した塩をマルタへ渡すと、リーネの手を引いて戻ってくる。


 「りゅー!」


 「ああ。ここにいる」


 リーネは私の服へ抱きついた。

 抱き上げると、鍋の向こうでセラが手を振ったので、リーネも懸命に腕を振る。


 「リーネ様、待っててくださいね。おいしいのを作りますから」


 「あいっ!」


 「お返事がいいねえ」


 サナに顔を寄せられて、リーネは歯を見せて笑った。

 今度は通りかかった女にまで手を振る。

 女が空のボウルを持ったまま挨拶すると、また元気よく返事をした。


 「さっきは、私のところへ来るのもためらってたのにね」


 「もう慣れたのだろう」


 「そうかい。よかったよ」


 サナが差し出した手へ、リーネが掌を重ねる。

 私に抱かれたまま二度叩くと、サナも同じように返していた。


 薪が燃えるにつれて、鍋から肉の匂いが漂ってきた。

 リーネも遊ぶのをやめ、鼻を動かしている。


 「お腹が空いてきたかい?」


 「あいっ!」


 今のは、私にも意味が分かった。



 ◇



 麦が柔らかく煮える頃には、広場の周りに人が集まっていた。

 それぞれ家からボウルやスープ皿を持ってきている。

 ニナはパンを分けながら、手ぶらの子供へ私たちの旅用のボウルを渡した。


 「食べ終わったら、ここへ返してね」


 「うん!」


 マルタが煮えた麦を確かめ、セラへ頷いた。

 セラが一人目のボウルへスープを注ぐと、湯気と一緒に肉の匂いが広がる。


 「熱いので、気をつけてください」


 受け取った女は、まず子供のスプーンへすくって息を吹きかけた。

 待ちきれずに口を開けていた子が食べ、すぐに次を求める。

 女は笑ってもう一度すくい、それから自分でも食べ始めた。


 「肉が入ってる」


 そばで、最初にパンを分けていた子がボウルを覗いていた。

 隣の子も自分のスープを混ぜ、見つけた肉をスプーンに載せて見せる。

 二人とも、パンは膝の上に残っていた。


 「まだありますから、皆さん召し上がってくださいね」


 マルタに呼ばれ、後ろで待っていた老人もスープ皿を差し出した。

 イレナは村の女と、蓋をした鍋を運んでいく。

 家から来られない者へ届けるのだと、先ほどサナが頼んでいた。


 私は広場に置かれた腰掛けへ座り、リーネを膝に乗せた。

 隣ではルヴェンが横になり、行き来する村人を眺めている。

 空いた手を振っていたリーネが、向かいに座る男から名を呼ばれた。


 「リーネちゃんだったな。いい子にしてるか?」


 「あいっ!」


 返事と同時に、手が私の顎へ当たった。

 男が笑い、リーネもつられて笑う。


 「ずいぶん元気だ」


 「それは、私が一番よく知っている」


 顎をさすっていると、リーネがこちらへ向き直った。


 「りゅー?」


 「何でもない。振る時は、そちらへ振れ」


 私の言葉が終わる前に、通りかかった女へもう手を振っていた。

 女も笑って振り返す。

 食事が進まないのではないかと思ったが、皆、スプーンを持っていない方の手で応じていた。


 「お待たせしました、リーネ様」


 ニナがパンを配り終え、マルタの用意したボウルを運んでくる。

 私が受け取ると、リーネは挨拶をやめて中を覗き込んだ。


 「もう冷ましてあります。お肉も食べやすくしてありますから」


 「ああ。助かる」


 スプーンを差し出すと、リーネは身を乗り出して食べた。

 口の中のものがなくなると、私の手へ触れ、次を求める。


 「まだある。慌てるな」


 「おいしいですか?」


 ニナの問いに、リーネが口を開けかけた。


 「飲み込んでからだ」


 待つ間、ニナはリーネの服へ掛けた布を直した。

 やがてリーネが顔を上げる。


 「あいっ!」


 「よかったです」


 ニナも笑い、空いた腰掛けへ座った。

 セラが自分たちの分を持ってくると、妹の隣でスープをすくい、熱そうに息を吹きかけている。

 マルタは村の女へ鍋を任せてから、ようやく私たちのところへ来た。


 「お前たちも食べてくれ。よく働いてもらった」


 「はい。リュセル様の分もございますよ」


 差し出されたボウルを受け取るため、リーネの分をマルタへ預ける。

 リーネは私の膝にいたまま、今度はマルタのスプーンを待った。


 麦はよく煮えていた。

 肉の塩気が出た汁と一緒に食べると、冷たいパンも欲しくなる。

 私がパンを取ると、リーネも手を伸ばしたので、食べられる分をちぎって渡した。


 「今度は自分で食べるのだな」


 リーネはパンをかじりながら、私へ寄りかかった。


 配り終えたイレナも戻り、サナの隣へ座った。

 サナはまだスープの残るボウルを両手に持っている。


 「ごちそうになったよ。こんなふうに、皆で腹いっぱい食べられるとはね」


 「残りの食料も置いていく。村長と分けてくれ」


 「そうさせてもらう。あの子たちも、今日はもうパンを譲り合わなくてすむよ」


 二人の子供は空になったボウルを前に、残していたパンを食べていた。

 リーネがその子たちへ手を振ると、今度は二人そろって振り返してくる。


 だが、失われたロアナの市も店も、食料を置いていくだけでは戻らない。

 また蓄えを使い切るまで待ってからでは、今日と同じことになる。


 「イレナ。帰る前に、辺境伯のところへ寄る」


 イレナは食事の手を休めた。


 「村への支援について、お話しになりますか」


 「ああ。今の暮らしを伝えたい。食料を届けるほかに何が要るのか、私も直接聞いておく」


 「承知しました。お会いできるよう、お取り次ぎします」


 サナが私を見たが、今度は遠慮の言葉を挟まなかった。


 「……頼むよ」


 「ああ」


 膝の上のリーネが私の胸を叩いた。

 残っていたパンを食べ終わり、空いた手を差し出している。

 私はもう一片ちぎって渡してから、自分のスープに口をつけた。

読んでいただきありがとうございます。

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