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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第108話 またね

 翌朝、王城の前には、ここまで私たちを運んできた箱馬車が待っていた。

 御者台では木人が四頭の手綱を握り、その隣にイレナが座っている。

 マルタたちは先に乗り込み、開いた扉からは、座席の上に置かれたリーネの鞄が見えた。


 その鞄を見つけると、私に抱かれたリーネが馬車を指した。


 「かえる」


 「ああ。だが、先に挨拶だ」


 馬車のそばまで見送りに来た父上と母上の後ろには、王城の侍従が控えていた。

 その中から、ネフェリアが一歩進み出る。


 「今回は最後までいらっしゃいましたね」


 朝の挨拶にしては、随分と含むところのある言い方だ。

 しかし、大祭で世話になったことに違いはない。


 「世話をかけた。次に来られない時は、先に知らせる」


 「お願いいたします。今回は、不在の際の進行を使わずに片づけられましたので」


 私が戻ってきても、用意は残していたらしい。

 そこまで疑う必要があるかと思ったが、直近三回とも欠席したのは私だった。


 「次も使わずに済むようにする」


 ネフェリアはそこでようやく、穏やかに頭を下げた。


 「どうぞ、お気をつけて」


 彼女が下がると、母上が私の腕の中へ両手を伸ばした。


 「リーネ。出発する前に、もう一度抱かせてちょうだい」


 リーネも母上へ腕を伸ばしたので、その身体を預ける。

 母上に抱き取られたリーネは肩へ片手を置き、もう片方の手で馬車を指した。


 「かえる」


 「ええ。分かっているわ。引き留めるつもりはありませんよ」


 母上はリーネにそう答えてから、私を見た。


 「リュセル。たまには帰ってきなさい」


 前にも聞いた言葉だ。

 あの時は、大樹の家でリーネの今の姿を見て、絵を送るだけで済ませず本人を連れてくるように言われた。

 今回は、その本人が母上の腕の中にいる。


 「また連れてくる」


 「次の大祭まで待たせないでね。十年後の姿だけ見せられても、その間のリーネには会えないのですから」


 私は母上に抱かれているリーネを見た。

 今は馬車を指して帰ろうと言っているが、大樹の家へ移った頃は、まだ言葉にもなっていなかった。

 次に会うのを十年後にすれば、今の声を両親が聞く機会は、今日で終わってしまう。


 昨夜、父上は鳥の頁へ戻り、何度もリーネの答えを聞きたがった。

 私はこれからも、毎日聞ける。

 同じように待てとは言えなかった。


 「十年は待たせない」


 答えると、母上はリーネを抱いたまま頷いた。


 「ええ。そうしてください」


 父上も、そこで口を開いた。


 「祭りがなければ戻れぬわけでもあるまい」


 「それは分かっている」


 「では、何もない時に来ればよい。リーネに読んでやる本なら、まだある」


 「本はすべて持たされたぞ」


 「こちらにもある」


 父上は当然のように答えた。

 あれだけ持たせておきながら、まだ一緒に読むつもりなのか。


 「あなた。次に来た時も、同じ本を読んでほしがるかもしれませんよ」


 「ならば、持ってくればよい」


 父上は母上へそう返した後、リーネへ顔を向けた。


 「また読もう」


 リーネは父上へ手を伸ばした。

 父上が近づくと、その衣へ触れ、つかもうとして指を曲げる。

 母上は二人を近づけるように抱き直した。


 「次は、もう少し上手に読めるようになっているかしら」


 「昨夜も、最後まで聞いていたではないか」


 「ええ。鳥のところは、何度もね」


 父上は反論せず、衣をつかんでいた手を自分の指へ移させた。

 リーネが握ると、今度はその手へ声をかけるように、もう一度言った。


 「また、来なさい」


 「うん」


 リーネが答えた。

 父上は頷いたが、指は握らせたままでいる。


 「そうね。また会いましょうね」


 母上が言うと、リーネは抱かれたまま私の方へ身体を向けた。


 「りゅー」


 両腕を差し出して受け取る。

 父上の指からも手が離れ、リーネは私の胸へ収まった。

 母上は空いた腕を下ろして、父上の隣へ戻った。


 四人の姿を取った下絵は、王城に残っている。

 母上の膝に座るリーネが、父上と私の指を握っている絵だ。

 仕上がったものを見る時には、もう少し大きなリーネを連れてくればいい。


 「では、行ってくる」


 「道中、気をつけてね」


 「ああ」


 箱馬車へ乗ると、リーネはすぐに窓の方へ顔を向けた。

 私は座席に腰を下ろし、膝の上でリーネを外へ向ける。


 父上と母上は、まだ馬車のそばにいた。

 母上が手を振ると、リーネも窓へ手を上げる。


 「またね」


 窓越しの声が聞こえたかは分からない。

 それでも母上は大きく頷き、父上も片手を上げた。


 箱馬車が走り始めてからも、リーネは窓の外へ手を振っていた。



 ◇



 王城を発ってからの道中は、往路と同じ箱馬車で過ごした。

 食事と休息を挟みながら旅を続け、やがて国境へ続く巨木の道を下りていく。


 外周へ出るたびに、眼下の人間の国が近づいた。

 幹の内側へ戻ると窓の外は暗くなり、車輪の音が大きく響く。

 最後の坂を下りた先には、見覚えのある関所があった。


 木人が馬車を止めると、兵たちを率いていた年長のエルフが、御者台へ近づいてきた。

 私たちが入国した日に、王家の空客車へ乗り換えるよう求めた兵だ。


 私はリーネを抱いて戸口へ出た。

 開いた扉の前で私たちを認めた兵は、すぐに背を伸ばして頭を下げる。

 もう、どこのリュセルかとは聞かなかった。


 「世話になった。この馬車で帰る」


 兵は顔を上げると、承知したと答え、道を空けるよう部下へ合図した。

 今度は乗り換えを勧めることも、私の前へ膝をついて頼み込むこともない。

 ただ、背筋は先ほどから伸びたままで、私が話し終えても動かなかった。


 リーネが、その兵へ片手を上げた。

 私の腕から離れず、手を左右へ振っている。


 兵は一度、私の顔を見た。

 私は何も命じず、リーネを抱いて待った。


 やがて兵の手が、胸の高さまで上がった。

 指を揃えたまま、ぎこちなく左右へ動く。

 リーネはそれを見ると、さらに大きく手を振った。


 「またね」


 兵の頬が緩んだ。

 私は彼へ頷いてから車内へ戻り、マルタが扉を閉める。


 箱馬車は、巨木の空洞を抜けた。

 窓へ明るい日が差し込み、車輪は人間の国の街道を進み始めた。

読んでいただきありがとうございます。

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