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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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105/107

第105話 また会う日のために

 肖像画のための時間を終えて部屋へ戻っても、リーネは眠る様子を見せなかった。


 私の膝から下りると、寝台のそばまで歩き、またこちらへ戻ってくる。

 朝から同じ部屋で過ごしていた分、まだ身体を動かしたいのだろう。


 大祭は昨日で終わった。

 帰る日はまだ決めていないが、父上たちのもとへいつまでも滞在するわけではない。


 祭りの最中は、人も精霊も集まった市しか見せられなかった。

 この国を発つ前に、普段の姿へ戻っていく街も見せておいてもよいだろう。


 「リーネ。市へ行くか」


 寝台へ向かいかけていたリーネが振り返り、両腕を上げた。


 「あい!」


 外へ出ることに異論はないようだ。


 私はリーネを抱き上げ、昼過ぎに王城を出た。

 イレナたちは少し後ろを歩いているが、祭りの最中のように大勢を伴ってはいない。


 市へ入ると、大祭のために通りへ張られていた布が外され、店の軒を飾っていた枝葉も少なくなっていた。

 祭り向けの品を片づけ、その代わりにいつもの野菜や果物を並べ始めた店もある。


 リーネは私の腕の中から、通りの両側を忙しそうに眺めていた。

 片づけられていく飾りより、店先に積まれた赤い実の方へ長く目を留める。


 「昨日までは、もっと多くの物が並んでいた」


 「あか」


 「それは今日もある」


 昨日は飾りに隠れていた店も、今日はよく見える。

 祭りの日しか知らないまま帰るより、連れてきてよかった。


 通りを進んでいると、リーネの身体が私の腕の中で前へ傾いた。


 「えりる!」


 伸ばされた手の先を追う。


 人の向こうに、親と手をつないだ幼いエルフがいた。

 空いている腕には、何枚かの布を縫い合わせた球を抱えている。


 会う日を決めていたわけではない。

 先日別れた時、私はリーネへ、また会えると伝えただけだ。

 それでもリーネは、人の間に見えた顔を私より先に見つけ、教えられずに名を呼んだ。


 名を呼ばれた子供が振り返った。

 こちらを見つけると、親の手を離して腕を上げる。


 「リーネ!」


 エリルの親も私に気づき、慌てて姿勢を正そうとした。


 「そのままでよい。リーネが下りたがっている」


 私の腕の中で、リーネはすでに両足を動かしている。


 「おりるか」


 「うん」


 人の流れから外れた場所まで進み、リーネを地面へ下ろした。

 両足が石の上につくと、リーネは私の衣から手を離し、エリルへ歩いていく。


 エリルも球を抱えたまま近づいた。


 「これ、あそぶ?」


 リーネは答える代わりに、その場へ腰を下ろした。

 エリルも向かいへ座り、二人の間へ布の球を置く。


 先日は、最初に座った場所が遠く、リーネが返した球は途中で止まった。

 今日は二人とも、軽く押した球が相手の膝まで届く距離に座っている。


 エリルが両手で球を押した。

 リーネは膝の前で受け止め、すぐに押し返す。


 戻ってきた球を抱えたエリルは笑い、今度は少しだけ勢いをつけた。

 布の球がリーネの膝へ当たると、リーネは声を上げて笑った。


 今度はリーネがまねをした。

 両手で強く押された球を、エリルが脚の間で受け止める。


 「もういっかい」


 「あい!」


 次はエリルがゆっくり転がし、リーネも同じようにゆっくり返した。少し速く来れば、少し速く返す。


 前は、球を相手まで届かせるだけで精いっぱいだった。

 今は互いの転がし方をまねるたび、二人の笑い声が重なる。


 私は口を挟まず、二人のそばで待った。

 エリルの親も立ち上がらせようとはせず、少し離れた場所から見ている。


 何度目かの球を受け取ったところで、エリルがそれを膝へ載せた。


 「リーネ、あしたもあそぶ?」


 リーネはすぐに答えず、私を見上げた。


 明日も王城にいるかもしれない。

 だが、ここへ遊びに来るとは決めていない。


 「明日のことは、まだ決めていない」


 「かえるの?」


 エリルが尋ねる。


 「すぐではない。だが、私たちは長くここにはいない。いずれ、今暮らしている家へ帰る」


 エリルは膝の上の球を見た。

 先ほどまでなら受け取るなり転がしていたのに、今は膝に載せたままだ。


 リーネは二人の間の石畳へ両手を伸ばした。


 「えりる?」


 呼ばれたエリルは顔を上げ、球を持ち直すと、今度は真っすぐリーネへ転がした。

 リーネが両手で止めてまた返すと、二人の間を布の球がもう一度動き始めた。


 それからはどちらも帰る話をせず、先ほどよりゆっくりと行き来する球に、二人の笑い声が重なった。


 しばらくして、エリルの親が通りの先を見た。


 「エリル。そろそろ戻りますよ」


 「うん」


 エリルは最後に届いた球を抱え、地面から立ち上がった。

 私もリーネの脇へ手を入れて立たせる。


 リーネは、次の球を待つように両手を前へ出した。


 エリルは球を転がさなかった。

 リーネの前まで歩いてくると、両手で持ったまま差し出す。


 「これ、リーネがもってて」


 「あい」


 受け取ったリーネはその場へ座り、球を石の上へ置いた。

 いつものように両手で押し、エリルへ返そうとする。


 エリルは足元へ来た球を拾い、もう一度リーネの腕へ載せた。


 「いまじゃないよ。つぎに、かえして。またあそぶの」


 リーネは腕の中の球を見下ろしてから、エリルの顔を見た。

 それから私を見上げる。


 「次に会った時、リーネから返すのだそうだ」


 「また?」


 「ああ。まただ」


 リーネは両腕を球へ回し、胸元へ抱えた。

 エリルの親が、子供の手元から離れた球を見て口を開く。


 「殿下。その球は、王城へお持ちいただくような品では……」


 「リーネが借りたのだ。私が責任をもって預かろう」


 「……承知いたしました」


 エリルがリーネへ貸したものを、私が返したり、親が引っ込めたりする理由はない。

 次に二人が会うまで、リーネが持っていればよい。


 布の継ぎ目は少し擦れ、何度も地面を転がした跡がついている。

 高価ではないからこそ、エリルが普段から遊んでいる物だと分かる。それを、エリルは自分でリーネへ渡したのだ。


 私は球ごとリーネを抱き上げた。

 片腕に収まったリーネは、もう片方の腕で布の球を抱えている。


 エリルが親と手をつなぎ、空いた手を上げた。


 「またね、リーネ」


 リーネは球を落とさないよう胸へ寄せ、片手だけを上げる。


 「また」


 エリルも手を振ったまま歩き出す。

 人の間へ入って姿が小さくなっても、今度はリーネの腕の中に、エリルから預かった球が残っていた。


 市の通りへ戻ってからも、リーネは店先の赤い実へ手を伸ばさなかった。

 両腕で球を抱え、ときおり振り返っては、もう見えなくなったエリルを探している。

 リーネが布の球を見下ろした後、私を見上げる。


 「りゅー、また」


 「ああ。また会いに来る。借りた球を返さなければならないからな」


 「あい!」


 リーネは布の球を抱き直した。

 私はそのまま王城へ向かって歩き出す。


 帰り道のあいだ、リーネはエリルの球を一度も手放さなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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