↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/106

第104話 絵の中の四人

 古い記録帳を何頁かめくるうちに、窓から入る光がさらに傾いた。


 リーネは頁に並ぶ七つの丸を見終えると、私の膝へ背を預けた。

 もう一度同じ頁へ戻ろうと指を動かしかけたところで、あくびをする。


 そこで私は記録帳を閉じた。


 「今日は、ここまでだ」


 「あい」


 返事はしたものの、リーネはまだ表紙に手を置いている。

 その様子を向かいから見ていた母上が、私を呼んだ。


 「リュセル。帰る前に、もう一つ残してほしいものがあります」


 「何を残せばいい」


 「昔のあなたの記録ではなく、今のあなたたちの姿です」


 母上が欲しいものは、すぐに分かった。

 以前、大樹の家でリーネと私の肖像を描かせたと話した時にも、完成したら自分へ送るよう求めていた。


 「肖像画か」


 「ええ。前にも、リーネの肖像画がほしいと言ったでしょう」


 母上は私の膝にいるリーネへ目を向けた。


 「でも、絵を送って終わりにされるのは嫌だったの。だから、本人を連れてきなさいと言いました。実際に会って一緒に過ごしたら、今度はこの時間も残しておきたくなったの」


 「絵があっても、本人の代わりにはならない」


 「分かっています。せっかく会えたのです。あなたたちが帰った後にも、今の姿を見られるようにしておきたいの」


 父上も母上の隣で頷いた。

 リーネは何の話か分からないまま、閉じた記録帳の表紙を撫でている。

 本人が嫌がらない範囲なら、断る理由はなかった。


 「……まぁ、いいだろう」


 翌朝、私たちは王城の一室へ案内された。


 大きな窓から朝の光が入り、壁には歴代の王族を描いた肖像が並んでいる。

 部屋の中央では、王家に仕える絵師が紙と道具を用意して待っていた。


 リーネを抱いて中へ入ると、壁に掛かった一枚を母上が示した。

 そこには、椅子に一人で座る幼いハイエルフが描かれている。


 他の肖像では、王や王妃が家族や側近と並んでいるものもあった。

 だが、その一枚に描かれているのは子供だけだ。

 周囲には王家の紋章や枝葉の意匠が置かれ、幼い私の左右には広い余白が残っている。


 「これは、リュセルが小さかった頃の絵よ」


 母上に教えられたリーネは絵の子供を見上げ、次に私へ顔を向けてから、もう一度絵を見た。


 「りゅー?」


 「ああ。私だ」


 リーネは私の髪をひと房つかんで持ち上げ、絵の中に描かれた銀髪へ目を移すと、髪を放して今度は絵の髪を指した。


 記憶にない頃の姿なので、私にもそれ以上は答えられない。

 絵の中の私は椅子の中央に座って膝へ両手を置き、少なくとも絵師に求められた姿勢のまま描かれていた。


 絵師は国王夫妻へ一礼してから、用意された椅子を示した。


 「陛下と王妃殿下には、こちらへお掛けいただきます。王太子殿下はお二人の近くに立ち、リーネ様をお抱きください」


 王家の肖像としては、珍しくない構図なのだろう。

 父上と母上が並んで椅子へ座り、私は言われた位置でリーネを抱き直した。


 「先に言っておきますが、リーネは長く同じ姿勢ではいません」


 「承知しております。まずは、この形から描かせてください」


 絵師は手元の紙へ線を引き始めた。


 リーネはしばらくその手を見ていたが、やがて私の腕の中で足を動かした。

 床を見下ろし、身体を下へずらそうとする。


 「下りるのか」


 「あい」


 私はリーネを床へ下ろした。

 足が床につくと、リーネはすぐに母上の方へ歩いていく。


 「殿下。もう一度、先ほどの位置へ――」


 「戻しても、また動く」


 以前は、絵のために何度もリーネの身体を正面へ戻そうとし、眉を寄せられた。

 今の姿を残すのなら、動きを止める必要はない。


 「そのまま描けばいい」


 絵師は床を歩くリーネと私を一度見た後、別の紙を手元へ寄せた。

 母上は近づいてくるリーネへ腕を伸ばした。


 「こちらへ来る?」


 リーネが両手を上げる。

 母上は嬉しそうにその身体を抱き上げ、自分の膝へ横向きに座らせた。


 「こちらの方が、よかったのね」


 リーネは返事の代わりに、母上の服へ手を置いた。そのまま落ち着いて座っているので、少なくとも下りたかった理由の一つは母上だったのだろう。


 最初に決めた構図ではリーネを抱くのは私だったが、母上は元の位置へ戻す素振りを見せず、膝の上の身体を片腕で支えている。


 父上も椅子に座ったままリーネの前へ片手を差し出し、リーネは伸びてきた指を見てから、自分の手で握った。


 父上の口元がわずかに緩み、握られた指を引くことも、手を握り返すこともせず、そのままリーネへ預けている。


 「今度は、私も入れてもらえたようだな」


 「指を動かせば、手を放すぞ」


 「分かっている」


 父上はそう答えると、本当に指一本動かさなくなった。


 リーネは母上の膝から父上を見上げた後、部屋の中へ顔を巡らせた。

 少し離れた場所に立つ私を見つけると、空いている手をこちらへ伸ばす。


 「りゅー」


 元の位置へ戻るよう求めているわけではない。

 私が呼ばれたのだ。


 そばへ行き、伸ばされた手に指を入れる。

 リーネは私の指も握ると、母上の胸元へ背を預けた。


 その間も、紙の上を走る音は止まらなかった。


 絵師は大きな紙に向き直らず、新しく取り出した方へ線を重ねている。父上と母上も動かず、私はリーネに握られた指をそのままにして待った。


 やがて絵師が手を止める。


 「もう、動いてもよろしいのですか?」


 母上が尋ねると、絵師は頷いた。


 「はい。必要な姿は取れました」


 差し出された紙を、母上がリーネを膝に乗せたまま受け取った。


 まだ線だけの下絵だが、誰がどこにいるかは分かる。

 母上の腕の中にリーネがいて、その片手を父上へ、もう片方の手を私へ伸ばしている。父上も私も正面を向かず、三人の視線は中央にいるリーネへ集まっていた。


 壁の古い肖像では、幼い私は誰にも触れていない。

 新しい紙の上では、四人の手がリーネを間にしてつながっていた。


 「この姿で仕上げてください」


 母上は迷わず絵師へ告げた。


 「こちらがいいわ。今朝、ここでしか描けない姿でしょう」


 「承知いたしました」


 絵師は下絵を受け取り、大きな紙の横へ大切に置いた。

 父上も下絵を見て、静かに頷いた。


 「私も異論はない」


 私とリーネの最初の肖像画も、決められた姿勢ではなく、リーネが初めて自分の力で立った瞬間を選んだ。

 今回は、母上が残したい一枚を選べばいい。


 「それで頼む」


 絵師は下絵を受け取り、正式な絵へ仕上げると答えた。

 完成する頃には、私たちは王城を離れているかもしれない。


 母上は満足そうに頷いた後、私を見た。


 「ただし、この絵が完成しても、次からリーネを連れてこなくてよいとは思わないでくださいね」


 「分かっている」


 母上の膝で、リーネは父上の指を握ったままだった。

 もう片方の手も、私の指から離れていない。


 四人の手がつながる形は、絵師の持つ一枚の紙にも、すでに残っていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。