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人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第10話 当面の同行

 「つまり、あんたが育てるしかないってことかい」


 「…違う」


 「何が違うんだい」


 「庇護下にあるからといって、私が直接育てる必要はない。安全な人間へ預け、必要に応じて監督すればいい」


 「その安全な人間を、どうやって見分ける?」


 「調べればいい」


 「何年かけて?」


 「数年程度なら――」


 「あんたには一瞬でも、この子はその間に歩き始めるよ」


 私は黙った。


 「言葉も覚える。好き嫌いも出る。病気もする。転んで怪我もする」


 「治癒魔法で治せる」


 「そういう話じゃないよ」


 人間は、そういう話ではない、という言葉をよく使う。

 だが、何が違うのか、明確には説明しない。


 「まあ、好きにしな」


 サナは笑いながら、リーネの頬を撫でた。


 「でも、その子があんたの旅についていくなら、まず必要なものを揃えないとね」


 「ついてくるとは言っていない」


 「じゃあ、誰が連れていくんだい」


 「私だ」


 「それを、ついていくって言うんだよ」


 反論しようとして、やめた。

 どうせ、数日のことだ。

 教会へ行き、そして事情を話す。


 安全な引き取り手を探す。

 王家の庇護については、後で何か方法を考える。

 リーネを育てるわけではない。

 父親になるわけでもない。


 ただ、少しだけ旅に同行させるだけだ。


 「それで、必要なものとは?」


 「着替え。毛布。おむつ。乳を飲ませる道具。保存できる山羊乳。それに、抱いたまま旅をするのは大変だから、籠もいるね」


 「収納魔法へ入れれば――」


 「あんた、赤ん坊を荷物と一緒に収納する気かい?」


 「時間停止式なら劣化しない」


 「生き物を入れるんじゃないよっ!」


 「ふん。冗談だ」


 「その顔で言うと冗談に聞こえないんだよ!」


 村人たちから笑い声が上がった。

 なぜ笑われている。

 私はハイエルフだ。

 大精霊と契約した、世界有数の魔法使いだ。


 それなのに、人間の赤子一人のために、村人から必要な荷物を教わっている。


 「昼までには用意するよ」


 サナが呆れた顔をしていた。


 「代価は払う」


 「村を花だらけにした代金で十分さ」


 「…私が咲かせたのではない」


 「娘が咲かせた花なら、父親が払ったのと同じだろう」


 「娘ではない」


 反射的に否定する。

 その声に驚いたのか、リーネの顔が歪んだ。


 「……泣くな」


 腕を少し揺らす。

 昨夜、何度も繰り返して覚えた動き。

 リーネは泣き出さず、再び目を閉じた。

 村人たちが私を見ている。


 「…何だ?」


 「いや、別に」


 サナは、満足そうに笑っていた。



 ◇



 昼過ぎ。


 私は村の入口に立っていた。

 背には、村人たちが用意した大きな旅袋。


 毛布、いろんなことに使える比較的きれいなボロ布、そして木匙。

 乳を入れた瓶や柔らかな籠まである。

 これまでの100年の旅で、最も不可解な荷物だった。


 「本当に、抱いたまま行くのかい」


 「籠へ入れると泣く」


 「もう好かれてるね」


 「抱かれている時間が長かったから、習慣になっただけだ」


 「そうかい」


 サナから追加で新しい毛布を受け取る。

 白い布の端に、小さな花の刺繍が入っていた。


 「これは」


 「リーネへの贈り物だよ」


 「代価は…」


 「いらない」


 「借りは作らない」


 「じゃあ、その子が大きくなったら、この村へ連れてきな」


 「…なぜだ」


 「自分が初めて名前を呼ばれた場所を、見せてやればいい」


 大きくなったら。

 人間の赤子は、すぐに大きくなる。

 サナにとっては、何年も先だ。

 私にとっては、少し目を離した程度の時間かもしれない。


 「ふん。覚えていればな」


 「あんたじゃなくて、その子に覚えさせるんだよ」


 「…善処する」


 私は旅立とうとした。

 ふと、昨日から開いていない記録帳のことを思い出す。

 片手で取り出し、昨日の頁を開く。


 ――生存者、一名。


 ――人間の女児。推定、生後数か月。

 ――近隣の集落まで保護する。

 その下へ、新たな記録を書き加えた。

 ――名は、リーネ。


 ――古いエルフ語で、小さな灯火。

 ――大精霊ルヴェンの加護を受ける。


 筆が止まる。

 次に書くべきは、城塞都市の教会へ移送する、だ。


 だが、すぐには書けなかった。


 『主よ』


 「…何だ」


 『記録に嘘を残すことは、お嫌いでしたね』


 「……何を言っている。記録には事実しか書いていない。ただそれだけだ」


 私は少し考え、続きを書いた。

 ――当面の間、旅に同行する。


 『当面、とはどの程度でしょう』


 「教会で安全な者を見つけるまでだ」


 『数日でしょうか』


 「おそらくは」


 『数年かもしれません』


 「あり得ない」


 『人間の子は、すぐに育つそうです』


 「……それはさっき聞いた」


 『気づいた時には、主を父と呼んでいるかもしれません』


 「…呼ばせない」


 私は記録帳を閉じた。

 腕の中のリーネが目を覚ます。

 大きな瞳で私を見上げ、小さな口を動かした。


 「あー」


 「何だ」


 「あぅ」


 「腹が減ったのか」


 リーネが笑った。

 私には、人間の赤子の表情など分からない。

 だが、これはたしかに笑っている。

 私は一瞬だけ言葉を失い、それから街道の先へ視線を戻した。


 「行くぞ、……リーネ」


 初めて、その名を呼んで歩き出す。

 腕の中の重みは、記録帳よりもずっと軽い。


 それなのに。


 100年続けてきた旅の進路を変えるには、十分すぎるほど重かった。

読んでいただきありがとうございます。

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