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「……痛い」



 ステージも終わって、楽屋に戻ったものの椅子から動けない。脚の筋肉という筋肉が痛い――というより、プルプル震えてる。


 正直、こんなに筋肉を使う肉体労働だとは思ってなかった。キャバレーのパフォーマーたちは体作りもすごいし、プロの仕事なんだってわかった。


 それなのに、ベルントはその日にわたしをステージに出すなんて、彼女たちの努力をわかってないように思える。いったいわたしの身体をジロジロ見て、なにを考えてたのか。


 ほんとうにもう、って考えてたら、せっかちなパフォーマーがわたしのとろこに来て「がんばった証ってところね。そうそう、ひとり勝手に休んだみたいなのよ、いればもうちょっとシーシュも休めたのにね。昨日はいたのに」と言ったことで何故ここに来たのかを思い出した。



「その人って、カーリーンさん……だったり?」

「そうよ、昨日遅くまでお店にいた。〝絹交織(きぬこうしょく)〟なんて、やめた方がいいのに」



 『絹交織』《Halbseidene》――聞いたことがある。昼は仕事で働いて夜は身体を売る。そういう人たちを指す言葉。


 元々、絹交織はタテ糸とヨコ糸で異なる繊維を使ったものを指す。どちらかにシルクを使って、もう片方にはコットンやレーヨンを使う。

 そうすることで見た目はシルクながらも、コストを低くできる織り方。うちだとそういう生地を使うことないけど、安価に作るところだと使ってたりする。


 そしてこの言葉の意味としては、タテ糸とヨコ糸の違いを昼と夜の仕事に置き換えてる――つまり、見た目は普通でも、その裏側は汚れてるという意味。


 生地としての絹交織はわたしは好まないけど、こういうことに勝手な言葉を外部から当てはめるのはいい気持ちにはならない。


 それに、ヴァイマール共和国になって女性の社会進出が進んだとはいえ、賃金は男性たちより少ない。

 わたしは恵まれた方だから、前の戦争があったとしても家族で食べていける生活を送れてた。そこから復興したけど、まだまだついていけない人たちなんていくらでもいる。


 みんな必死に生きてる。マディにしてもいろいろあるから、学生ながらここで働いている。カーリーンがどう考えてるのかはわからないけど――もしそうだったとしても非難するのは違うはず。

 彼女に会わないと。マディのためにもカーリーンに会って、彼女の考えを聞こう。



「……あの、カーリーンさんはどこでそれを?」



 せっかちなパフォーマーはあまりいい顔をしなかった。彼女はそういうのを嫌ってるみたい。だけど教えてくれた。同時にどうして彼女が嫌がった顔を見せたのかもわかった。話をつけに行く場所はベルントの社長室――彼にその旨を伝えればいいらしい。


 それと彼女から聞いたのは、一年前はこんなことしてなかったということ。前のオーナーが病気で亡くなったあと、ベルントがゴールデネ・ツヴィシェンヴェルトを継いで、いまの状況になったらしい。


 たしかにキャバレーは性的な部分もある。けれど、知的な部分もあって、社会の自由を表現する場所でもある。いまベルントがしてることは好きじゃない、とせっかちなパフォーマーは言っていた。カーリーンも一年以上前から働いていたらしいけど、身体を売ることに手を出すような子じゃないとも言っていた。


 少し話が複雑になってきてる気がする。でも、カーリーンさえ見つければ終わる話。見つけられればだけど……。

 ベルントの社長室の前まで来たわたしは「失礼します」と挨拶をして入った――けど、中には誰もいなかった。

 どうやらベルントはまだキャバレー内のどこかにいるみたい。それなら……と思ったわたしは部屋の中に入ってドアを閉じた。



「なにか見つかればいいけど……」



 デスクに積まれた紙を手に取っては目を通した。一枚、二枚、三枚――うん、よくわからない。


 よく考えれば、資料の一枚や二枚でそんな簡単に何かがわかるものじゃない。どうしよう、なんて思いながらあまり中身を見ずにペラペラと眺めてたら、一年前の損益計算書が出てきた。ベルントが社長になる前の物。そういえば、さっき現在の損益計算書があったような……。



「たしか、この辺りに……あった!」



 深い見方はよく知らないけど比較してみたら、売り上げはあまり現在と変わらない――なのに利益が倍ぐらいある。

 営業外収益って書かれてるところを見ると、ここが大きく収益を上げていた。



「何かしてるのは間違いないはずだけど……これだけじゃなあ。他に何か――」



 コッコッコッ、と革靴の音が耳に入った。

 元々はベルントに会いに来たはずだったんだけど、いまは状況が悪い。やり過ごすにはわたしはここに長く居すぎた。器用じゃないから、隠し通せる気もしない。


 悪い事をしてるわけじゃ……いや、してるから余計に隠し通せる気がしない。

 か、隠れなきゃ!



「ふーん、今日も疲れたものだな」



 ドアが開いて、ベルントが入ってきた。

 わたしはドアが開く前に隠れた。どこに隠れたかといえば、ベルントが座ってた椅子のあるデスクの下。さっきの資料が載っているデスクの下でもある。もうここしかなかった。


 コッコッコッ、と歩くのが聞こえる。床に靴底が当たる度に、わたしの心臓も共鳴するみたいにドクンドクンしてる。



「おっと」



 掛け声とともに歩く音は止まった。椅子に座ったわけじゃない、椅子はわたしの目の前にあるから。ということは、別のどこに座った……あるいは、腰を落としたのかも。



「ダイヤルは……」



 そうだった、この部屋には金庫があった。わたしはすぐに耳を澄ませた。



 カチカチカチ――カチカチカチ――カチカチカチ――。

 カチカチ――カチカチカチ――カチ――。

 カチカチカチ。

 カチ――カチカチカチ。

 ガチャ。



「まったく、領収書も溜まってきてしまった。早く処理しないといかんな」



 ベルントはそう言いながら、紙を無理やり金庫にでも入れているような音が聞こえる。

 それから彼は、ひとり言を漏らした。



「おっと、こぼれ落ちそうだ。ヴェルナー殿も早めにしてもらいたいものだ――斡旋の証拠が残しづらい方法を」



 ベルントの言った、斡旋は決していい意味じゃなさそう。それに、ヴェルナーがベルントから受けた依頼はこの事? 想像の域を出ないけど、いくらお金が貰えるからってこんなことしていいの?


 ヴェルナーもいったい何を考えているのか……。

 足音とともに社長室に見知らぬ声が響いた。



「オーナー、お店の前で客が暴れて手がつけれません。どうしましょう」



 ガチャン! と金庫を思いっ切り閉める音と見知らぬ声で、ビックリして身体がブルブルと震えた。どうやら声を発したのはお店の人みたい。

 従業員の問いにベルントは答えた。



「酒に酔う連中は手が掛かる。ワシが行こう、おまえらにまかせて変に客の機嫌を損ねても困る。どこだどこだ」



 耳を傾けてれば、ベルントたちが部屋を出て行ったことは確認できた。

 これ以上ここにいるのは、よくない。デスクから身体を出して、社長室からわたしは出ようとした。


 そしたら金庫から紙の一部分だけはみ出ていた。これは……と思って引っ張ってみたけど、するりと抜けない。ダイヤルも聞いていた音を頼りに回してみたけど、ダメだった――あたりまえか。持ち帰れないなら、いちおう何が書かれているかだけ見ておこうと思って、はみ出た部分を確かめた。



「『B.B』――名前の略称みたい」



 確かめるだけ確かめて、わたしは社長室から出て行った。

 結局キャバレー内にカーリーンはいなくて、楽屋で化粧を落としたあとマディと一緒に帰路についた。

 途中でカーリーンの住んでいるアパートの前まで来たけど、彼女の部屋の電気がついてないとマディが言っていた。


 夜遅くに入るわけにもいかないから、明るい時にまた来よう、と考えてマディの住んでいるアパートに彼女を送った後は、わたしも事務所へと帰った。


 ドア前に来たものの、事務所一階の明かりがついてる……。ステージにいたときわたしを見てたけど、バレてないはず。

 わたしは緊張しながら「カランカラン」とドアを開けて、「ただいま帰りました」と何食わぬ顔で言った。



「遅かったようだな」


 ヴェルナーはソファに座りながらお茶を飲んでいた。彼がお店にいたのは、わたしがステージで見つけてから一時間ちょっと程度だったはず。五時間以上、わたしは働いてたわけだけど、もしかしてずっと一階で待ってたみたい?

 服もあの時のままで、ジャケットを着たまま。リラックスしてる姿でもなかった。



「それは、えっと……友人がなかなかわたしを帰してくれなくて。遅くなってしまって、すみません」

「謝ることはないさ。お茶を持ってこよう、疲れただろう」



 ヴェルナーは平然とした感じで、ソファから立ち上がって一階の奥の部屋に行った。あそこはキッチンになっていて、料理はもちろん、お茶やコーヒーの用意もそこでする。


 わたしは「はい、ありがとうございます」と言いながら、対面するソファに座った。ヴェルナーがキッチンに行くことは珍しいなんてことはない。

 むしろ彼はお茶が好きみたいで、いろんな種類のハーブティーや紅茶が常備されている。わたしはコーヒー派……もとい、ドイツ人はだいたいコーヒーを飲んでる。お茶派の方が珍しい。


 わたしは風邪をひいたときとかは、お茶を飲んだりするけど、それ以外はあまり飲むことはない。けど、ヴェルナーと暮らしてからはよく飲むようになった。多様に常備されているし、彼が飲んでいる姿を見てたら、自然とそうなってしまった。

 奥から戻ってきたヴェルナーは、湯気が出て温かそうなお茶をわたしのところに置いた。



「ジンジャーティーだ。疲れと冷えにいい」

「いただきますね」



 彼の言うとおりで、わたしは疲れてるし、身体も冷えてる。こんな多忙で緊張の夜は人生で初めてかも。自分の喉が渇いてることにすら、気づかないぐらい。


 ティーカップから伝わる熱を手で受けながら、口まで近づけた。

 飲む際に、生姜だからあの特有の辛みがあるんだろうなあ、なんて考えて口をつけてみたら、全然違う印象だった。



「あれ? ――ピリッとするけど、甘い」



 生姜の辛みは確かにあるけど、それを和らげるような甘さが覆うように口の中に広がって、生姜のいい香りが残ってる。

 ヴェルナーは対面するソファに座り、わたしに言った。



「ハチミツさ。生姜の辛みを和らげつつ、栄養もある。疲れているようだったからな」

「まあ、はい……」



 何か問い詰められるじゃないかって思ってたけど、全然そんなことなくて、ゆっくりとお茶を飲む時間ができた。


 バレてないのはよかった。でも、ヴェルナーにもベルントのことに関して聞きたいことがあるし、それはそれで聞けばわたしがあそこにいたのがバレるから、話を切り出せるわけもない。

 だからふと思ったことを彼に聞いた。



「ヴェルナーはお茶が好きなんですか? よく飲んでますけど」


 彼は湯気の立ってない自分のカップを持ちながら、答えた。


「キミの言うとおり、お茶は好きだな――だから飲んでる。とはいえ、それだけじゃない――」

「他に理由が?」

「ああ」


 彼は自分のカップを見て話を続けた。


「事務所に多種多様なお茶があるが、あれは相談に来る相手のためだ。何もかもうまくいく順風満帆の人間はわざわざここに来ることはない。来るとすれば、何かあるわけさ――そうだろ?」



 ヴェルナーはわたしに視線を向けた。

 彼の言うとおりで、わたしがここにいるのも、あのデビュタントから抜け出すため。もっというなら、わたしはわたしで新しい時代の生き方を模索するためでもある。彼はその手助けをしてくれた。



「――だと思います」



 わたしがこう答えると、ヴェルナーは僅かながらに笑みを浮かべた。いつもの気怠そうな雰囲気があるせいか、彼の小さな笑みが妙に優美に見えてしまった――疲れてるみたい。

 ヴェルナーは話を再開した。


「だから俺はそういう人たちが安心してもらえるように、お茶を出してるんだ。弁護士になりの緊張を解くための気遣いともいえる――まあ、セラピストでも茶葉鑑定士でもないからな、すべてが適切なのかは不明だが」

「ふふっ。でも、いまは適切だと思います。身体も楽になりましたし、寒気も取れたみたいなので」



 ヴェルナーって人は、お人好しなのかも。それを知られたくないから、回りくどい行動や言い方をしてるように思える。

 ベルントとのことも、ヴェルナーなりの何かがあるのかもしれない。そう考えたら、安心しきって本当に身体の力みが消えてしまった。

 わたしは持っていたカップをテーブルに置いた。



「――ふう、ごちそうさまでした。美味しかったです、ジンジャーティー」

「出したばかりの淹れたてだからな」

「淹れたて……? そういえば、ヴェルナーの方は冷めてるみたいですけど、新しくわざわざ淹れ直したんですか? わたしのために」

「ああ、言っただろ、ジンジャーティーは疲れと冷えにいいと。キミのことを考えて用意しただけさ、適切なお茶をな」



 夜でもう寝るぐらいしかやることがないのに、手間の掛かることを――ふつうに嬉しいけど。

 なら、それまでヴェルナーは何を飲んでいたのか気になった。



「ヴェルナーは何を?」

 彼は自分のカップをテーブルに置いた。

「オレンジブロッサムだ」

「効能は?」


 なぜか数秒の間があった。それから、ソファにもたれたヴェルナーはめんどくさそうなことでも聞かれたような言い方で答えた。


「――不安。少しだけさ、遅かったからな」



 それからヴェルナーはかゆくもなさそうな頭を掻いて、「もう上に行こう、遅い時間に明るいと不審がられる」ソファにもたれる間もほとんどないまま立ち上がった。


 まだ長い付き合いではないけど、それなりにわたしのことを心配してくれてたみたい。仮に逆の状況でも、わたしは彼のことを心配したと思うし、悪くない関係なのかも。それぐらいが一番いい距離感なのかもしれない。

 ヴェルナーは壁にある真鍮製のカバーがついた電気スイッチのプッシュに指を当てた。



「消すぞ」

「はい、すぐに階段の方に……あ、あれ?」



 わたしが立とうとしたら、脚に力が入らなかった。腰が抜けたみたいにソファから立ち上がれない。


 キャバレーで酷使していた脚が今になって影響が出てきた。楽屋にいたとき以上に脚が動かない。事務所に戻って安心したせいで、張り詰めていた糸が切れたみたい。――ダメ、まったく動かない。脚が拒否している。



「その……脚が動かなくなったみたいです。どうやら、疲れたみたいで」

「友人との付き合いでか?」

「……はい。友人と脚が疲れるぐらいに――かけっこですかね。友人、ベルリンかけっこ組合の会長みたいなので」

「愉快な友人関係だな」



 かなり無理がある嘘だけど、脚が動かないことにはわたしもこれが精一杯。思いつくこともない。

 とりあえずわたしはこのまま一階のソファで寝ることにしよう。這いずりながら三階はいくらなんでも無理だし。



「ここで寝ることにします。ソファで寝れますし、わたし。ヴェルナーは電気を消して寝室に行ってください。あっ、ブランケットだけでも上から持ってきてくれると――えっ?」



 ヴェルナーはわたしの目の前に立った。電気を消すことも、三階に行くこともしないで、わたしの前に立った。


 どうしたんだろうって思った矢先には、「失礼する、シュテファニー」とヴェルナーはわたしの腰と脚に手を伸ばした。

 彼は躊躇なくわたしを持ち上げて、抱きかかえた。



「ヴェ……ヴェルナー?」

「三階に運んでいく。一階でひとりは危険だからな、俺に掴まれ」

「は、はい……お願いします」



 わたしは落ちないように彼の首に腕を回して、身体を近づけた。細身ながらも楽々とわたしを持ち上げながら歩くヴェルナー。

 この時にわたしは思った「ああ、ヴェルナーは男性なんだ」って。


 あたりまえながらも、そう思ってしまった。それでいて視線をどこに置けばいいかわからなくて、抱えられている自分の身体ばかり見ていた。だけど、それはそれでムズムズする感覚があって、もう目を閉じよう――なんて考えた。


 そしたら、すぐに彼が階段に上らず止まった……なんで? 不思議に思って、顔を見たらヴェルナーは言った。



「スイッチ、押してくれ」

「スイッチ……? あっ、電気の――はい!」 



 わたしがアレコレと考えてるうちに、ヴェルナーは電球を消すスイッチの前にいたみたい。わたしはすぐに黒いゴム製のスイッチを押した。


 電気が消えて真っ暗。


 ――よかった。さっきまで、どこを見ればいいかわからなかったけど、真っ暗になってくれればわたしも気にせずにいられる。


 暗いなか、ヴェルナーが「行くぞ」と言って、階段を上り出した。


 ガタッ、ガタッ――ガタッ。


 いまわたしが捉えられるのは足音ぐらい。外も静かで、中も静か。外も中も暗い。

 そういう状況になると、どうやら他の感覚が鋭くなるのかも。


 ……どういうことかといえば、真っ暗だから気にせずにいられるなんて思ってたことが大間違いだった。


 密着してるせいで、彼の身体ばかりに気が行ってしまう。彼の上半身の骨格が全身を通して伝わる。仕立てのために何度かメジャーで計っていたとはいえ、これはわけが違う。手だけの感覚じゃない。


 骨のある硬い肩や、締まった腹部が暗い空間の中で感じ取れる。顔も見えないから、想像だけが頭をめぐる――ヴェルナーはどんな気持ちでいるのか、つい考えてしまう。


 わたしの身体はヴェルナーに預けてるのもあって、湖に浮かぶ小さなボートで仰向けになっている感覚。だから、空だけを見て考える時間があるのと同じ。

 何も見えないなかで――想像だけが頭の中にある。


 暗い空間で抱きかかえられて、三階の寝室に上っていく――どうしたって、想像が働いてしまう。

 事務所に戻ってきて、今日はもうこれ以上のことはないだろうなんて思ってたけど、そんなことなかった。むしろ今日一番の出来事。三階までの道のりが一日より長い。


 わたしは目をつぶった。暗いのは変わらないけど、閉じた方がいい。ふとしたときに月明かりで彼の顔が映し出されたら、きっと心臓によくない。


 だから目をつぶって、彼にわたしの身をまかせた。

 ――それが一番いいはず。ヴェルナーなら大丈夫なはず。きっとわたしをベッドに置いて、そのまま――。



   ◇◇◇



 ――目が開いたときには、明るい光がわたしの瞳に入った。窓から日差しが入っていた。

 起き上がれば、自分のベッドにわたしはいた。どうやら、ヴェルナーに抱きかかえられたまま寝てしまったみたい。


 疲れて眠かったせいかも。昨日は変な想像をしてしまった。



「んっ、ちょっと痛いけど動く」



 よかった、脚も動くようになったみたい。まだ少し痛いけど。いててて……なんて言いながら脚を動かしていたら、少し離れて置かれている隣のベッドからヴェルナーが起き上がった。

 わたしは彼の方を見た。



「あ、起こしちゃいましたか?」

「あー……。気にしないでいい……」



 まだ眠いみたい。目元を抑えて、目に入る光を最小限に抑えようとしている。目が慣れてきたのか、目を擦ったヴェルナーはわたしの方に顔を向けた。



「よくなったか?」

「はい、お茶が効いたのかも」

 わたしの冗談にヴェルナーは軽く笑って、言葉を返した。

「ふっ――そんな効能はないが。まあ、なりよりだ」

 彼はじーっとわたしの顔を見たあと、ベッドから降りた。

「朝食、俺が用意しよう。ゆっくり下りてくるといい」

「はい、お願いしますヴェルナー」



 彼は二階へと下りて行った。

 それにしても、どうしてわたしの顔なんて見てたんだろう。ベッド横のナイトテーブルに置いてある手鏡で自分の顔を見たけど、べつに何もない。キャバレーのときの化粧もしっかり落ちてる。



「……なんだろう?」



 脚の調子より、わたしはそっちの方が気になった。

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