早乙女弥生の決断
まさかのスピンオフ始動!
『イカイデカ ~~ 最凶刑事 魔物の氾濫する迷宮都市で ほのぼのスローライフ ~~』
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お楽しみください。
ボストン、ジャマイカ平野地区南方。フォレストヒル・セメタリーは美しい庭園のようだった。芝生に緑豊かな樹木。歴史ある彫刻像、霊廟など伝統的建築物が残されている。
墓地入り口には、ワシントンD.Cのリンカーンの像製作で有名な、ダニエル・チェスター・フレンチの傑作、「死は彫刻家の手に(Death Staying the Hand of the Sculptor)」が入園する人々を静かに迎える
エメラルド色をした芝生の一角には、棺と穴の前に黒衣に身をつつみ参列する人々がいた。太陽の下、牧師の言葉だけが聞こえ、参列者は沈鬱な表情で口を開かない。
やがて埋葬が終わると、人々は静かに墓前から遠ざかっていく。
人々は、黒いヴェールで顔をかくした若い女性の肩をやさしく触ると、苦し気な目を向け、あるいはお悔やみを一言言って去って行く。
それを離れた木の陰から見守る初老の東洋人がいた。その背後には体格のいい男が二人控えている。男は人々がいなくなると、新しい墓の前に立った。
母親を亡くした早乙女弥生は高校を卒業すると、母方の祖父母の援助で、単身アメリカに留学、奨学金を得てMITに入学した。
二学年の時、ある事件がきっかけで、早乙女はマーヴィン・M・アシュクロフトFBI特別捜査官に出会った。二人は、証人と捜査官という関係から、すぐに意気投合し、捜査協力者と友人、そして恋人と、関係は変化していった。
早乙女が卒業すると、二人は結婚し、アメリカ国籍を得た早乙女はFBIに入局した。同じ捜査官になっても、一緒に仕事ができる訳でもなく、捜査上の秘密を語り合うことも出来なかったが、優しく真摯なマーヴィンとの結婚生活は、早乙女にとって、亡き母親との生活と勝るとも劣らない大切なものだった。
時が過ぎ、そのマーヴィンが捜査中に殺害された。
犯人は明らかではない。しかし、マーヴィンらが追っていたのは国際テロリスト「バリアン」、その一員だと疑われる東洋人だった。彼に接触するとの連絡を最後に消息を絶ったので、その東洋人が犯人であるとの疑いが濃厚だった。
早乙女は最愛の人を亡くし絶望するも、悲壮感をひた隠し、職務に没頭しつづけた。刑事捜査課(CID)の同僚たちは早乙女を励まし、彼女はそれに支えられた。
連邦捜査官の殺害にFBIは躍起になったが、手掛かりは掴めないまま、時は悪戯に過ぎて行った。
早乙女が、FBI国家安全保障支部 (NSB)から呼び出しを受けたのは、そんな時だった。
――マーヴィンが所属していたのはテロ対策部門……、彼の上司、カーター支部長とは葬儀以外でも何度か会ったけれど……
早乙女は捜査に何か進展があったのかと思い、ワシントンD.C.へと向かった。
「私が日本に?ですか?」
早乙女の疑問の声に、カーター支部長は静かに答えた。
「ああ、もちろん強制ではない。キミ個人の意志を尊重する。だからここに呼んだ」
「しかし……、どうして突然、直属のCCRSBではなく、NSBから……」
「疑問に思うのも尤もだ。これを説明するには、キミの旦那の件に触れねばなるまい」
早乙女は、やはり、と思い姿勢を正した。
カーターは、写真を数枚取り出して、机に並べた。夜間の不鮮明な写真だが、東洋人らしき初老の男が写っている、
「マーヴィン捜査官およびブライアン捜査官の殺害時、近くで撮影された防犯カメラと車載カメラの映像だ」
「……」
「バリアンのメンバーだと考えられる。身長骨格などから一致率は89.9%。……で、これが二か月前のもの」
こんどは顔が鮮明に写っている。
「街頭防犯カメラシステムの映像だ」
「これは、何処で、もしかして……」
カーターは早乙女の目を覗いて答えた。
「ああ、そうだ。東京だ。渡航の記録はない。殺害後、何かしらの手段で移動したと思われる。ついでに、身元も割れた。大松権助、これが経歴だ」
調査報告書に目を通した早乙女は、添付されていた学生時代の古い写真を見て眉を動かした。
「年を取ったにしても容姿が違い過ぎますね。整形でしょうか、よく判明しましたね」
「日本の警察も優秀なんだろう」
早乙女は資料を置くと、カーターに目を向けた。
「それで……、どうして私が日本へ」
「信頼できる人材の中で、キミが一番日本に詳しいしだろう。ハイスクールまで日本で暮らしていた。今でも、時々帰国しているようじゃないか。」
「そうですが、それなら日本の警察に任せれば良いじゃありませんか。捜査権も逮捕権もない私を送り込んだところで……」
「その点は問題ない。キミの警察でのポストは用意できる」
「お待ちください。日本には日本の法というものがあります。いくらFBIでも他国の内政に……」
カーターは構わず話し続ける。
「が、この任務はキミが米国籍を返上するのが前提だ」
「支部長、国籍は関係ないでしょう。FBIに所属したままでも、やり方は色々あると思いますが」
カーターはジロリと眼鏡の上から早乙女を見る。
「キミは、そんなに米国籍が大事なのかね。マーヴィン捜査官の仇討ちをしたくないのか。犯人を自分の手で捕まえ、法の裁きを与えたいとは思わないのか」
「それとこれとは話が違い……」
「いや、いい……」
カーターは片手を挙げて早乙女の言葉を制すと、失望したように言った。
「もういい、話は以上だ。帰っていい」
「支部長、私は法と権利が及ばないことを尋ねただけですが」
「その点は問題ないと言ったのが聞き取れなかったのかね。まあ、キミの夫婦愛は、所詮その程度という事か、国籍欲しさに結婚したとの噂もあったが……」
「ばっ、馬鹿にしないでください! 彼と私のことを知りもしないで」
早乙女は拳を震わせた。
「では国籍が目的ではなかったと?」
「国籍なんて彼がいなくなった今、いつだって捨てられます! これ以上おっしゃいますと、名誉棄損で訴えます!」
「ほおう、私は噂と疑問を口にしただけだが」
「……私がどれだけ苦しんだか知りもしないで」
カーターは「ふう」と、首を振って椅子から立ち上がると、早乙女の、殺人事件、爆破事件、誘拐事件など、彼女が解決に導いた功績を、一つ一つ諳んじた。
険しかった早乙女の顔が、訝し気に変わる。
「極めて優秀。行動力があり判断力も申し分ない。深い専門知識はこれからも合衆国のためになっただろう。マーヴィン捜査官も素晴らしい人材だった。学生時代に知り合ったようじゃないか。二人の結婚生活についても聞いている。試すような言い方をして悪かった」
「……」
「彼を失い、これからキミも失うのは合衆国にとって大いな損失だ。出来れば手放したくはない。が、そうも言ってられない」
「……」
「これは最高機密だが、国家安全保障局(NSA)が掴んだ情報によると、バリアンが大規模なテロを計画しているらしい。詳細は不明だが、今後、国家間でより緊密に協力をしていく必要がある」
「……」
「だが、警察にはバリアンの内通者がいるらしい」
「っ! まさか……」
「大松が防犯システムに撮られた後、消息が不自然なほどに一切途絶えた」
早乙女は顎を摘んで考え込む。
「キミには、是非、警視庁に入り、対テロ対策の橋頭保になってもらいたい。そのために日本国籍を再取得してもらう必要があるが」
「し、しかし、FBIの都合だけで」
「これは日本警察の意向でもある。いや、向こうからの申し出か」
カーターが封筒から書類を取り出した。警視総監、桂正治の署名がある。
母親を死に追いやった父親を思い出し、早乙女は掌に爪を食いこませた。
「キミのお父上だね。手続きに必要な書類はすべて揃っている。ポストは用意するそうだが、昇任試験などは勤務年数などの制限は取り除くが、国家公務員試験も、すべて自力で合格するようにとのことだ。まあ、MITを首席で卒業するくらいだから、問題はないだろう」
「……」
「どうする。やってくれるか」
早乙女は思案した。父親の顔も見るのか嫌で、逃げるようにしてアメリカに渡った。
結婚式にも呼んではいないし、日本に帰国しても、母の法事と、祖父母や友人に会うだけ。父親とは顔を合わせないようにしていた。
しかし大規模テロ。
どこで起こるか分からないが、仮に東京で起これば、いったい何人の命が犠牲になるか、祖父母も無事では済まないかもしれない。
それにマーヴィンの仇。
異国の地で一人だった自分に出来た、たった一人の家族。
もし大松が彼を殺害した犯人であれば、絶対に許すことはできない。
「……しばらく考えさせてください」
早乙女はそう言ってカーターの部屋を出た。
後日、カーターに電話で返事をした時、早乙女はある一つの条件を提示した。
――閑話 了




