↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魂を導く紋章師』  作者: nukoto


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/309

第85話 「炎は再び、風は祈りを運ぶ」

 黒い靄が広間を満たし、影とリアンは再び刃を交えた。

火花が散り、金属音が幾重にも反響する。互いに一瞬の隙を探り合い、張り詰めた気配が空気を凍らせていた。


「はぁっ……くっ……!」

リアンは荒い息を抑え込み、ちらと紅と銀の幻鳥に視線を送る。

(……今だ。この子たちを使えば……!)


「援護、入れるわ。――銀、任せた」

紅い鳥が大きな軌跡を描き、光の奔流を走らせる。

銀のツバメが鋭く旋回し、黒い靄を切り裂いて風を生む。

その一瞬、影の動きがわずかに揺らいだ。


「――はああッ!」

リアンは全身に風を巡らせ、渦を刃へと凝縮させる。短剣を振り抜いた瞬間、ドンッと轟く衝撃波。

影の身体が四散し、黒い靄が破裂する。鎧の輪郭は崩れ、瘴気となって空間に散乱した。


 ――だが、終わりではない。

散らばった靄はすぐに渦を巻き、まるで意志を持つかのようにひとつへ収束しようとする。


「……今しかない!」

リアンは駆け寄り、右手を突き出した。掌の紋章が眩い光を放ち、影が再び形を取り戻す直前を狙い撃つ。


ビシィッ――閃光が走る。

瘴気が裂け、奔流のように魂の記憶がリアンへ流れ込んできた。


「――見える……!」

谷底を目指し、英雄の剣に手を伸ばす冒険者。

竜の遺骸を奪おうと欲に駆られる者たち。

杭を足場に降りる途中、魔物に襲われ、喰われる瞬間の絶望。

「なんで……! なんで俺たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」

恐怖、憎悪、後悔――無数の断末魔が重なり合い、死の瞬間が奔流となってリアンを飲み込む。


「……うっ!」

胸が裂けるように痛み、視界が大きく揺らいだ。

導き手として背負う宿命――死の追体験。だが、流れ込む記憶には決定的に欠けているものがあった。


(……なぜ……? 英雄の魂は、どこに……? “核”がない……!)


「――リアン! 危ない!」

混乱を断ち斬る鋭い声。サラだ。


ズガン!

はっとした瞬間、全身に凄まじい衝撃が叩きつけられる。

気づけば、リアンの身体は宙を舞い、壁へと弾き飛ばされていた。


「……っ、がは……!」

背に焼けつく痛み。肺から息が強制的に吐き出される。視界がぐらりと傾き、現実へと無理やり引き戻された。


「……おかしい……確かに、俺は浄化に入っていたはず……なのに……」

荒い息を吐きながら、リアンは動かない腕に必死に力を込める。

(答えが……見えない……!)


壁に叩きつけられ、息を荒く整えつつリアンは必死に顔を上げた。

視線の先――影の姿。黒い靄を纏った輪郭は、先ほどよりもわずかに縮んでいる。


(……効いてないわけじゃない。浄化は確かに届いていた……!)

しかし胸の奥の違和感が、冷たい答えを告げる。

(……影はあくまで形……やっぱり本体は――剣なのか……!)

突き立つ剣身が、黒靄の奥で微かに脈打った気がした。


「来る!」

息を吐く暇もなく、それが再び迫る。黒い靄を裂いて振りかぶられた刃が、残光を引いて広間を断ち割ろうとしていた。


その刹那――。

「――はい、交代」


軽やかでいて鋭い声が、瘴気を切り裂いた。

次の瞬間、リアンの前にサラが躍り出る。銀の髪が翻り、背の大剣が重々しい影を描く。

コツ――と一歩。空気が変わる。圧迫していた靄がわずかに揺らぎ、彼女を中心に道が開けた。


「とても良い感じに仕上がっているわ。上出来よ。……あとは場数ね」

振り返りもせずに、サラは短く言い放つ。その声音に迷いはない。


「サラ……」

リアンは息を呑む。


「少し後ろで休んでいて。浄化に備えてなさい」

にっこりと微笑んだ瞬間、紅い幻鳥が舞い降りる。


ぱち、ぱち――火の粉が散り、淡い炎の粒がリアンの周囲を漂う。

触れるたびに焼ける痛みが和らぎ、軋んでいた筋肉が緩む。


「……あたたかい……」

「私の癒しよ」

熱を宿しながらも柔らかい、確信の言葉。


サラは大剣を肩に担ぎ直し、靄を押し払うように歩みを進める。

金の瞳が影を射抜く。その背は、深淵に立ち向かうための確固たる強さそのものだった。


「終わらせに行くわよ、“英雄”」

サラは一歩ずつ影へ歩み寄る。

大剣は赤い幻鳥の光を受けて淡く輝き、揺れる銀髪とともに瘴気の中に凛とした輪郭を描き出す。歩みは静か。だが放たれる気配は広間の重苦しさを押し返すほどだ。


影は彼女の前で立ち止まり、黒い靄をまとった剣を高く掲げた。

――まるで、戦士として礼を尽くすかのように。


「……名も知らぬ“英雄”の残滓が、ここまで形を保つなんてね」

サラの金の瞳が細められる。亡霊のはずの動きに、意思の火が点る。

「面白いじゃない。最後までやり切りなさいよ、“英雄”」


サラもまた、大剣を構え直す。

互いに言葉は交わさない。ただ刃で語り合う、その瞬間を待つのみ。

静寂と緊張が広間を覆い、瘴気はさらに濃く淀んでいく。


その光景を見つめながら、リアンは紅い火の粉に包まれていた。

炎の粒は舞い降りるたびに身体へ吸い込み、砕けた肉体を内側から癒やしていく。

「……呼吸が戻る……痛みも……」

――もう、身体に痛みは残っていない。


そのとき。地鳴りが腹を叩いた。 空間の膜が揺れる。

リアンははっと顔を上げる。

目線が火花を追い、次の瞬間、二つの刃へ吸い寄せられた。


サラと影が激突していた。

火花が散り、瘴気を裂く閃光となって岩壁を照らし、重々しい衝撃が大地を揺るがす。


刃を押し込むサラの横顔が視界に映る。金の瞳が輝き、挑むように、楽しげに笑っていた。

「ふふ……いいじゃない」


その表情は、戦いそのものを歓喜として受け入れる者のものだった。




刹那、広間を裂く轟音。

サラの大剣が振り下ろされ、黒影の剣と衝突する。火花の閃光が瘴気を貫き、圧倒的な衝撃波が空気を震わせた。


「落ちろ――ッ!」

サラが吼える。

一閃は重い。大地を抉る剛力、高速の振り抜きが畳みかける。炎の尾が広間を灼く。


 ――だが、影も退かない。

黒い靄を纏った刃は寸分の狂いなく迎え撃ち、隙を逃さず返しの突き。

研ぎ澄まされた剣筋が、サラの豪快な斬撃を正確に受け止め、流し、反撃へ転じる。


「速い……ッ!」

リアンが息を呑む。

火花と瘴気が交錯するたび、広間は光と闇の奔流に呑まれる。

力と力、技と技。互角の剣戟が、竜の亡骸すら軋ませる衝撃を放っていた。


(……見えない……速すぎる……! でも――)

(……サラは、楽しんでる……!)


金の瞳は輝き、笑みが浮かぶ。圧倒的な衝突のただ中で、歓喜が剣に宿っていた。

「さあ――もっと来なさい、“英雄”!」

炎が唸り、瘴気が咆哮する。


サラの大剣が炎を纏う。振るうたび空気が焼け、熱が瘴気を押し退けていく。

紅い幻鳥が旋回し、赤い火の粉が舞う。軌跡に吸い込まれ、炎の帯が伸びた。


「――燃えろッ!」

一閃が炎の奔流となり、黒き影を包む。

ゴォォ――ッ。熱風の渦が瘴気を焼き払い、広間を揺らす。


 ――それでも、影は怯まない。

黒い靄を一層濃くまとい、剣が振り下ろされる。裂けた空間から瘴気が噴き出し、まるで大地そのものが呼吸するように辺りを押し潰していく。


「黒い波……押し返せるかしら?」

サラの笑い声。炎を纏った大剣が火柱を巻き上げ、瘴気を真正面から切り裂く。

熱と瘴気がぶつかるたび、ガキィン! ドンッ!と爆ぜ、竜の骨がきしんだ。


リアンはその場に膝をつきながらも、目を逸らせない。

赤と黒の奔流――炎と瘴気。二つの力がぶつかるたび、世界が揺らぐ。


(……これが、サラ……! 本当に“死を運ぶ鳥”って呼ばれる存在……!)

「サラ……俺も導く。――次は外さない」


炎が押し、瘴気が迫る。

広間は、灼熱と黒煙が混じり合う地獄絵図と化していた。

その中心で――金と黒が、なおも火花を散らし続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。