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『魂を導く紋章師、死者の誓いを継いで世界を救う』  作者: nukoto


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第220話 炎の前で


 ヴェルカが去ったあと――広間には、再び静かな沈黙だけが残っていた。


 誰も口を開かない。


 砕けた床。


 崩れた柱。


 薄く漂う瘴気の残り香。


 黒く焼け焦げた跡。


 そして、横たわる死体たち。


 先ほどまでの激戦が嘘のように、空間だけが静まり返っている。


 それぞれが、何かを考えていた。


 ラゼルは腕を組み、苛立ちを隠そうともせず壁を睨んでいる。


 六本の腕がわずかに軋み、爪が石壁へ食い込んでいた。


 セリアは影を解いたまま、疲れたように目を閉じていた。


 呼吸は浅い。


 張り詰めていた気力が、一気に抜け落ちていくようだった。


 エリナは静かに祈るように指を重ねている。


 瞼を伏せ、誰にも聞こえないほど小さな声で、何かを呟いていた。


 ディルだけは、何も言わず周囲を警戒していた。


 槍を手放さない。


 最後まで油断しないその姿勢は、守り手としての癖なのだろう。


 その沈黙の中で――


 最初に動いたのは、リアンだった。


 ゆっくりと歩き出す。


 足音が、静かな広間へ小さく響く。


 砕けた石を踏む音だけが、やけに耳へ残った。


 向かった先には、横たわる死体。


 元導き手たち。


 仮面の男に殺され、死んだあとですら利用された者たちだった。


 リアンは、その前で立ち止まる。


 見下ろす。


 何も言わない。


 導き手として生き。


 数え切れない魂を導き。


 数え切れない死を見てきた者たち。


 苦しくても。


 辛くても。


 壊れそうでも。


 それでも導き続けたのだろう。


 その紋章が穢れる、その時まで。


 リアンの胸の奥が、静かに軋んだ。


 導けなくなった導き手。


 その言葉の重さを、リアンは少しだけ知っている。


 穢れ。


 記憶。


 抱え込み続けた感情。


 箱舟の紋章に流れ込んでくる無数の“死”。


 それらが積み重なった先に、何があるのか。


 広間を抜ける夜風が、微かに死臭を攫っていった。


 どこか遠くで、火の爆ぜる音がまだ小さく響いている。


 リアンの目に、彼らはどう映っていたのだろうか。


 静かな時間だけが流れる。


 やがてリアンはしゃがみ込み、死体を抱え上げた。


 その姿を見て、セリアが眉をひそめる。


「……何してるの?」


 リアンは振り向かない。


 ただ、一言だけ口にした。


「埋葬を」


 短い言葉だった。


 けれど、その声は静かに広間へ落ちた。


 その言葉に、セリアは黙った。


 何かを言おうとして――結局、何も言えなかった。


 沈黙だけが落ちる。


 次の瞬間。


 ラゼルが近くに転がっていた死体を乱暴に肩へ担ぎ上げた。


 無言だった。


 何も言わない。


 ただ、そのまま階段へ向かう。


 重たい足音が響く。


 苛立ったような歩き方だったが、不思議と乱暴には見えなかった。


 そんな姿を見て、リアンはほんの少しだけ微笑んだ。


 ディルも静かに動き出す。


 一体。


 また一体。


 黙々と死体を運んでいく。


 セリアは小さく息を吐き、結局自分も死体を持ち上げた。


「……ほんと、損する性格よね」


 誰へ向けた言葉かは分からない。


 エリナは目を伏せ、小さく祈りを捧げていた。


 導き手たちへ向ける鎮魂の祈りだった。


 やがて全ての死体が運び出される。


 外は夜だった。


 空は黒く染まり、雲の隙間から月が覗いている。


 冷たい夜風が吹き抜け、瘴気の残り香を少しずつ攫っていった。


 リアンたちは木を集め、一ヶ所へ積み上げた。


 死体を並べる。


 導き手たちの亡骸が、静かに横たわる。


 そして――火を灯す。


 炎が揺れた。


 ぱち、と音を立てる。


 小さな火はやがて大きく燃え上がり、夜空を赤く染めていく。


 熱が頬を撫でた。


 火の粉が、星のように舞い上がる。


 誰も喋らない。


 ただ、その炎を見つめていた。


 焼かれていく死体。


 導き手として生まれ。


 数多くの魂を浄化してきた人たち。


 数え切れない記憶を受け入れてきたのだろう。


 悲しみも。


 後悔も。


 恐怖も。


 愛も。


 それら全てを抱えながら、生きてきた。


 炎が爆ぜる。


 赤い火の粉が、夜空へ溶けるように舞い上がっていった。


 導けなくなった時。


 彼らは、どんな気持ちだったのだろう。


 どんな絶望を見たのだろう。


 そして――どんな風に、生きてきたのだろう。


 炎が揺れる。


 赤い光が、リアンたちの顔を照らしていた。


 火の粉が夜へ舞い上がっていく。


 まるで、還る場所を探しているように。


 リアンは、その光を見つめたまま口を開いた。


「……ありがとう」


 ラゼルへ向けた言葉だった。


 ラゼルは鼻を鳴らす。


「……疑って悪かったな」


 ぶっきらぼうな声。


 だが、それ以上は何も言わない。


 リアンも何も返さなかった。


 ただ、炎を見つめ続ける。


 セリアは、そんなリアンをちらりと見る。


 炎を見つめる横顔は静かだった。


 まるで、本当に魂の行き先を見送っているように。


 だが、セリアは何も言わなかった。


 ただ小さく息を吐き、再び炎へ視線を戻す。


 炎だけが音を立てていた。


 月明かりが、静かに大地を照らしている。


 燃え上がる火は、どこか幻想的だった。


 まるで魂が空へ還っていくように。


 リアンたちは、その炎が消えるまで――

ずっと見つめ続けていた。

 

 やがて煙だけが、夜空へ静かに消えていった。

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