表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魂を導く紋章師、死者の誓いを継いで世界を救う』  作者: nukoto


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

219/223

第218話 灰を守る者たち


 激しい戦闘は、なおも続いていた。


 黒い瘴気が広間を満たし、男の剣が振るわれるたびに影が生まれる。床を這い、壁を伝い、人の形を成して襲いかかるそれらを、セリアたちは必死に押し返していた。


 リアンは息を荒げながら、男の一撃を刀で受け流す。


 火花のように風が散る。


 間髪入れず、次の刃が迫る。


 身を沈め、かわす。


 背後の石柱が真っ二つに裂けた。


「くっ……!」


 どうする。


 リアンの思考は、戦いながら巡っていた。


 このままでは押し切れない。


 辺りを見渡す。


 崩れた石柱、散乱する死体、黒い影、瘴気に染まった広間。


 利用できそうなものは何もない。


 セリアたちを見る。


 あちらも手一杯だった。


 セリアは影で敵を押さえ、ディルは槍で守り、エリナは水面の結界を維持している。ラゼルは別方向で暴れ続けていた。


 誰も余裕がない。


 くそ。


 何かないか。


 男の剣がまた振るわれる。


 そこから黒い影が次々と湧き出した。


 あの剣。


 瘴気の塊。


 物理的に壊せる代物ではない。


 なら、こちらも影を呼ぶか。


 英雄の影。


 サラの影。


 脳裏に浮かぶ。


 だが、すぐに首を振った。


 いや。


 それは最後の手段だ。


 なるべく呼びたくない。


 こんなことすら自分で解決できないようでは、サラに笑われてしまう。


 だったら。


 この瘴気そのものを何とかすれば、セリアたちも動けるはずだ。


 リアンは右手を見る。


 《箱舟の紋章》。


 淡く脈打っていた。


 魂を導くしかない。


 だが、導きには隙ができる。


 この男を相手に、立ち止まる一瞬は致命的だ。


 どうすれば――


 その時だった。


 ふっと、風が吹いた。


 柔らかな風だった。


 戦場に似つかわしくない、穏やかな気配。


 どこから来たのかは分からない。


 だが、懐かしいような温かさがあった。


「――っ!」


 次の瞬間、男の剣がリアンの服を掠める。


 布が裂け、肩口が熱を帯びた。


 何を考えている。


 今は戦闘中だ。


 リアンは自分を戒める。


 男は余裕の笑みを浮かべた。


「今のは欲しかったな」


 その時だった。


 裂けた服の隙間から、小さな小瓶が床へ転がった。


 ころり、と乾いた音を立てる。


 リアンの目が見開かれる。


 それは――ロイと思われる死体の側に落ちていた、灰の入ったガラスの小瓶だった。


 男が視線を落とす。


 そして鼻で笑った。


「そんな、ただの灰を持ち歩いているのか」


 剣先が向く。


「偽善者め」


 振り下ろされる。


「やめろ!!」


 リアンは反射的に飛び込んだ。


 小瓶を庇うように腕を差し出す。


 黒い刃が腕を掠め、血が飛ぶ。


「ぐっ……!」


 痛みが走る。


 それでも、小瓶は守った。


 リアンは歯を食いしばる。


「これは……俺の……」


 息を吐く。


「俺の友人の、大切な物だ!」


 その瞳には、明確な怒りが宿っていた。


 男の声色が変わる。


「友人?」


 低く、冷たく。


「それは本当に友人だったのか?」


 一歩近づく。


「それに、そんな物のために命を懸けて守る意味があるのか?」


 剣先が揺れる。


「中身すら、わからないのに?」


 その言葉で、リアンの中の何かが切れた。


「これは――!」


 叫ぶ。


「その友人の、大切な人だ!!」


 踏み込む。


「その想いを、馬鹿にするな!!」


 刀と剣が激突した。


 衝撃が広間を揺らす。


 火花の向こうで、互いの顔が至近距離にある。


 リアンは睨みつける。


「お前も!」


 押し込む。


「愛する者に会いたいから、こんなことをしてるんだろ!!」


 男の瞳が揺れる。


「なら――」


 さらに力を込める。


「この小瓶が、どれだけ大切な物か……分かるはずだろ!!」


 一瞬の沈黙。


 男はふっと笑った。


「……お前のことが、少し分かった気がするよ」


 口角が吊り上がる。


「ただのお人よしの馬鹿だ」


 その瞬間。


 リアンの身体に風が舞った。


 足元から巻き上がり、腕を伝い、刀身へと集まる。


 それは鎌鼬のように鋭い刃となって、男の全身を切り刻んだ。


「っ……!」


 男がたまらず距離を取る。


 服が裂け、血が散る。


「厄介な紋章だよ……」


 その胸元から、小さな小瓶が落ちた。


 男は即座にしゃがみ込み、それを拾う。


 焦ったように傷を確かめ、壊れていないか確認し、胸元へ大切そうにしまい込む。


 リアンはそれを見て叫んだ。


「お前だって、そうだろう!!」


 男は立ち上がる。


「……いや、違う」


 低く言った。


「これは、俺の大切な物だ」


 一拍。


「お前のではない」


 リアンは怒鳴る。


「何が違うっていうんだ!!」


 男は答えない。


 ただ剣を構えた。


 周囲の瘴気が一斉に吸い寄せられる。


 影が消える。


 死体が崩れる。


 広間を埋めていた黒が、まるで夜そのもののように男の剣へ集束していく。


「なに……?」


 セリアが目を見開いた。


「何が起きたの?」


 影の手を止め、周囲を見回す。


 ディルも槍を構えたまま、わずかに視線を巡らせた。


 消えた敵影。


 静まり返る死体。


 異様な静寂。


 エリナだけは変わらず、両手を合わせて祈りを捧げている。


 額の汗を流しながら、それでも術を切らない。


 ラゼルは荒い息のまま吐き捨てた。


「あぁ? 何だ……?」


 その全てを飲み込み――


 刀身が、黒く輝いた。


「分からなくていい」


 男の声は静かだった。


「お前は――もういい。死ね」


 リアンも刀を構える。


 風の精霊たちが一斉に集まり、刀身へ吸い込まれていく。


 白い光が走る。


 全ての風を、一太刀に込める。


 リアンは前を見る。


「俺は――」


 踏み込む。


「生きる!!」


 黒と白。


 互いの最後の一撃が、放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ