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今世もぼっちなのでソロでダンジョン全踏破します〜【スキル:孤独】持ちの配信者、ボス部屋も埋めたいので失礼しますね〜  作者: 絹田屋


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おまけ話 打ち上げ、というらしいですよ


 その日は、報告だけのつもりだった。

 ギルドの受付に、今週ぶんの地図を出す。配信は切ってある。素の、無口な俺だ。リュックの上には、ころぼ。

 ミナさんが書類を確かめてる横で、隣の窓口がやけに騒がしかった。


「はい、これ! 今週ぶんの死亡報告書でーす。八組! 少なめですね〜」

「……この前基準のままでいるの、やめてくださいね」


 聞き覚えのある、明るい声。カウンターに、紙の束がどさっと積まれた。

 ワンモアさんだ。

 この世界では、冒険者が死ぬと、ギルドに死亡報告が出る。普通は、仲間か遺族か発見者が出す。メールでもいいはずだ。自分の死亡報告書を、自分で紙で書いて、わざわざ窓口まで出しに来る人は……たぶん、世界でこの人だけだ。

 受付の人が、慣れた手つきで、専用の綴じ紐を出してきた。青と黄色で拠ってある。


 ……冷静に考えて、専用の死亡綴じ紐ってなんだ。


 綴じてもらうのを待つあいだ、ワンモアさんが、ひまつぶしみたいにぐるっと首をめぐらせた。その視線が、俺のところで、ぴたっと止まった。


「えっ! うそ! 偶然〜! うわめっちゃレア! ゴーグルなしの素顔じゃないすか、そろぼっ——」


 気づいたら手が伸びてた。ワンモアさんの口を、両手で塞ぐ。

 声が大きいです。そう言えばいいだけだ。なのに言葉より先に、体が出た。素の俺は、いつもこうだ。


「むぐ」


 ワンモアさんが、目をまるくして固まってる。俺も、固まった。……人の口、塞いでる。俺が。

 ミナさんが笑いをかみ殺してることに気付いて、我に返る。そっと手を離した。


「……実力行使的な?」

「…………いえ」

「そういうとこっすよね〜」


 あわあわしてる俺の向こうで、もう一人、足を止めた人がいた。奥の廊下から出てきた、軽い装備の細身の男性。機構の腕章をつけた職員に、ぺこぺこ頭を下げられてる。

 ぽん酢さんだった。呼び出し帰りらしい。


「げ」

「げ、じゃないでしょロウさん! ねえ、これ三人揃うのレアじゃない? 行こうよ、隣! 酒場! 打ち上げしよ!」

「打ち上げ? 何のだ」

「生きてることの!」


 雑すぎる。

 でも、ぽん酢さんがちらっと俺を見て、俺がちらっとぽん酢さんを見て。どっちも、断る理由をうまく出せなかった。

 その時には、もう遅かった。

 ギルドのロビーが、ざわざわしてた。


「おい、あれ……生還のロウだろ」

「マジもんだ。初めて見た」

「隣、ワンモアじゃねえか。配信の。なんであの二人が一緒に……」

「てか、真ん中の地味な奴って、……」


 ひやっとした。慌てて、ゴーグルをつけた。配信するわけじゃない。でも、顔を隠せるものが、これくらいしかなかった。

 俺は、配信で顔を出してない。声と、手元だけの配信者だ。それが、俺の唯一の安心で。

 S級の伝説と、顔出しの大手。その間に挟まってる地味な男、って。……いちばん、身バレしそうな並びじゃないか。しかも、リュックの上には毛玉。配信を見てる人なら、ころぼで気づく。

 ぽん酢さんが、視線の量を目で測って、低く言った。


「……場所を変えるぞ。俺とお前が並んで、開けた店に座れるか」

「っすね! じゃ、俺の行きつけにしましょ! 個室あるとこ!」


 ワンモアさんには、アテがあるらしい。顔が売れた人間が、顔を気にせず飯を食うための店が。

 表通りを歩くあいだ、何度か視線が刺さった。そのたびワンモアさんが、でかい声で手を振った。


「どーも! 本物でーす! 今日はプライベートなんで、そっとしといてね!」


 視線が磁石みたいに、ぜんぶそっちへ持っていかれる。俺は、その陰を歩くだけでよかった。


-----


 個室は、三畳ひと間だった。

 入った瞬間、癖で目でなぞる。出口、ひとつ。窓、なし。死角、なし。

 ……三秒で、全部見終わった。こんなに埋めやすい空間は、初めてかもしれない。

 ころぼをリュックから下ろして、店員さんにだけ、こっそり保護預かりの届けを見せた。ミナさんがくれた、あの書類だ。持ち歩いてて、よかった。

 ワンモアさんが、卓の上のころぼを覗き込んだ。


「ころぼかわいいな〜! ……いや、待って。イメージしてたよりだいぶでかいかも」

「大きめの猫くらいには、なりました。初めて会った時は、手のひらだったんですけど」

「育ってる……。え、まだでかくなんの?」

「ンキュ?」

「本人も知らないみたいです」


 襖が閉まると、店のざわめきが、すっと遠くなった。襖にマジテックが付けられてる。なるほど遮音の効果か。誰の目もない。三人と、一匹だけ。


「はい、かんぱーい! なにに乾杯する?」

「生存に」

「俺、今週八回死んでるんすけど」

「なら、生還にだ」


 俺は、果実水で合わせた。ころぼには、枝豆をひと粒。ンキュ、と鳴いて、両手で抱えた。

 料理は、ワンモアさんが頼んだ。卓があっという間に皿で埋まった。

 そして、消えていくのも早かった。ワンモアさんの箸が、止まらない。唐揚げも焼き物も、麺も飯ものも。飲む速さも、おかしい。ジョッキが、もう三つ空いてる。

 ぽん酢さんも、負けてなかった。こっちは、静かだ。同じペースで淡々と杯を重ねて、顔色が一ミリも変わらない。……この人、たぶん、すごく強い。


 俺は、果実水と枝豆で、それを眺めてた。悪くない見物だった。

 いつもなら、ここで文字が流れる。だんちょーさんの茶々とか、ねむさんの相槌とか、名無しさんの草とか。今日は、ない。生身の二人が、目の前にいるだけだ。


 ……うーん。喋れる気がしない。まあ、いつものことだけど。


-----


 会話は、ワンモアさんが回した。この人は、素でも配信でも変わらない。

 ぽん酢さんが、ふと思い出したように訊いた。


「そういやお前、ランクいくつになった」

「C級! 堂々の、万年C級!」


 ぽん酢さんが、盛大にむせた。


「……は? お前、深層まで潜っただろうが」

「あれは特例特例。この前の騒ぎの功績で、出入りが許可されてんの。ランク自体はCのまま! だって俺、昇格試験は五回受けて、五回死んでるもん」


 聞けば、規定では試験中に受験者が死ぬと「試験続行不能」で失格になるらしい。残機で戻ってきても、死んだ事実は消えない。だから、受からない。実績も知名度も大手なのに、書類の上では、ずっとC級。


「ギルドの査定表の俺の欄、『査定不能』って書いてあるんだぜ? 見る?」

「威張るな」


 俺は、内心で首をひねった。俺は特例で、三つ飛ばしてB級になった。この人は、五回受けて五回死んで、C級のままだ。

 世界のランクは、よく分からない。


「そもそもお前、なんで毎回死ぬんだ。試験くらい、死なずに通せるだろうが」

「え? だって試験官の前で出し惜しみとか、逆に失礼っしょ」

「試験の意味を考えろ」


-----


「てかさぁ。俺、いま猛烈に金欠なんすよね。ここ、ツケがきく店でよかったわ〜」


 ワンモアさんが、しみじみ言った。

 ぽん酢さんの眉が、ぴくっと動いた。


「……おい。報奨金、出てただろうが。機構から。俺は額面を見たぞ」

「消えたね! きれいさっぱり!」

「なんでだ!!」

「補充っすよ、補充。残機の」


 ワンモアさんが、けろっと言った。

 残機の、補充。……そういえば、ずっと謎だったやつだ。チャットの考察班も、答えを出せてなかった。


「俺の残機、貯まる条件があんの。——幸福を感じることっす」

「……は?」

「楽しいとか、うまいとか。最っ高〜! って瞬間に、じわっと一機ぶん貯まんの。だから金が入ったら、全部使うわけ。うまいもん食って、派手に遊んで気前よく配る。あれ、散財じゃないんすよ。装填なんすよ。命の」


 ぽん酢さんが、額を押さえた。


「……じゃあ、お前が笑いながら死にに行くのは」

「そ! 死ぬの楽しいし! 死にに行く道中で、もう次の一機が貯まってる。エコっしょ?」


 えっと。つまり。

 楽しく生きるほど、死ねる回数が増える。そして、この人は死ぬのが楽しい。……永久機関じゃないか。


「だから金欠は、好調の証! 財布が軽い時の俺、だいたい残機満タンなんで!」

「威張るところか、それは」


 ……あ。だから、さっきからの食べっぷりなのか。うまいもんを食うたび、この人は、命を装填してる。

 俺はちょっとだけ、考えてしまった。じゃあ、幸せじゃなくなった時、この人は。

 ……やめよう。今日は、打ち上げなんだから。


 俺は、少し考えて口を開いた。今日、初めてちゃんと喋ったかもしれない。


「じゃあ、ここ。俺が、出します」

「えっ」

「おい」

「俺、金の使いみちが特にないんで……それに、ほら。俺が、お邪魔した配信で……話してた。あの、露払い、というか。ノルド王国の軍に、カメラを向けてもらったじゃないですか。あの時のお礼もしたかったし……」


 上手くいえなかったけど、本当のことだった。地図はタダで配ってるし、投げ銭は勝手に貯まっていくし、装備はあんまり消耗しないし。俺の金は使い道がないまま、口座で埋まってるだけだ。細々くらすほうが、性に合ってる。

 ワンモアさんが、両手で顔を覆った。


「〜〜〜っ、そういうとこだよあんたは! そういうとこ!」

「甘やかすな。こいつは図に乗るぞ」


 ぽん酢さんは半眼で言った。でも、止めはしなかった。


-----


「そういやさ、前から聞きたかったんだけど」


 卓の空きジョッキが両手の指を超えて、数えるのをやめたあたりで。ワンモアさんが、身を乗り出した。ぽん酢さんは、大きめの唐揚げにかぶりついてた。


「ロウさんのスキルって、何なん? 俺は残機。そろぼっちさんは孤独っしょ、有名だし。ロウさんだけ知らないんだよね、俺」


 ぽん酢さんは、すぐには答えなかった。杯を、ゆっくり回して。それから、ぼそっと言った。


「……悲観」

「え?」

「スキル『悲観』だ。最悪の未来から、先に見える。罠も崩落も、人が死ぬ筋道も。ぜんぶ、いちばん悪いやつから順に来る」


 初めて聞いた。この人のスキルの、名前。

 罠が見えるんじゃなくて、最悪から先に見える。だから、罠が見える。そういう順番だったのか。


「呪いみてえな名前だろ。実際、ガキの頃は呪いだと思ってた。どこを見ても、死に筋から先に見えるんだからな。飯がまずくなる」


 だから、この人と組んだ人は死なない。最悪が先に見えるから、先に、ぜんぶ潰せる。生還のロウの中身は、世界でいちばん暗い目だった。

 俺は、なんとなく、思ったままを言った。


「その悲観、当たったことあるんですか」

「あ?」

「組んだ人、誰も死んでないんですよね。だったら、その最悪。ぜんぶ、防げてるじゃないですか」

「……」

「一回も当たってない悲観って、もう悲観じゃなくないですか」


 ぽん酢さんが、固まった。

 ワンモアさんが、吹き出した。


「あっはっはっは! ね? この人こういうとこあるんよ! 真顔でクリティカル入れてくんの!」

「……あんたには、敵わねえな」


 ぽん酢さんは、そっぽを向いて、残りを一気に飲んだ。耳が、ちょっと赤かった。酒のせいかもしれない。


-----


「てかさ、この卓ヤバくない? 孤独に残機に悲観よ? 字面だけみたら無茶苦茶じゃない?」


 ワンモアさんが、卓の上を指でぐるっと差した。


「呪いのスキル飲み会じゃん。優勝っしょ」

「一緒にするな」

「でも、みんな。それで食ってるんですよね」


 場が、ちょっと止まった。


「そろぼっちさん、今日切れ味よくない?」

「素面ですけど」


 果実水を掲げてみせたら、二人が同時に笑った。


「てか、あれ? そろぼっちさん、お酒苦手ですか?」

「あんまり、飲んだことなくて。気にはなってるんですけど」

「あ、じゃあ俺のおすすめ試してみません? 飲みやすいのあるんで」


 ワンモアさんが、慣れた調子で店員さんに何か頼んだ。出てきたのは、薄い金色の、果実の匂いがする酒だった。

 一口。……甘い。それに、思ったより、ずっと飲みやすい。

 半分ほど空けたあたりで、体の輪郭が、ふわっとゆるんだ。

 あれ。なんだ、これ。

 頭の中でいつも張ってる線が、二本か三本、ほどける。悪くない。ぜんぜん、悪くない。


 で、気づいたら、口が動いてた。素面なら、頭の中だけに置いておく言葉が、ぽろっと。


「……俺だけじゃ、なかったんですね」

「ん?」

「嫌な名前のスキルのまま、生きてるの。……俺だけじゃなかった」


 二人が、一瞬だけ黙った。それから、どっちからともなく笑った。


「ぽやんとしてんね、そろぼっちさん」

「一杯で回るの、早すぎるだろ」

「回って、ないです」


 回ってた。たぶん。


「キュウン?」


 ころぼが、心配そうに頬をぺしぺし叩いてきた。

 そのころぼは枝豆をとても気に入ったらしく、直後に山盛りのお皿ごと要求してきた。心配、してたんじゃないのか。


-----


 会計になった。


「よし。じゃ俺、いったん外で死んで、装備売って——」

「今日は俺が出すって、言いましたよね」

「死ぬな。会計で死ぬやつがあるか」


 俺が払った。個室があって、料理もおいしかったから。もっとするかも、と思ってたけど、なんてことない金額だった。


 店を出るとき、ぽん酢さんが、ぼそっと言った。


「……次は、俺が出す」

「え、次あんの!? やった! 定例会っしょ、これもう!」

「調子に乗るな。次があるなら、の話だ」


 ワンモアさんは、聞いてなかった。次の店の候補を、もう三つ挙げてた。


-----


 夜道を、一人と一匹で帰る。

 ころぼがリュックの上で、ンキュ、と鳴いた。枝豆で、ちょっと膨れた気がする。


「枝豆、気に入ったのか」

「ンキュ〜!」

「いい食べっぷりだったなぁ、お前」


 ……そういえば。あの店で、結局、誰も俺には気づかなかった。

 いや、違うな。気づかせなかったんだ、あの二人が。騒がしいやり方と、静かなやり方で、ひとつずつ。


 今日は、一マスも埋めてない。

 なのに、変に満ち足りてる。埋めなくても、こんなに満ちる日があるなんて、知らなかった。頭の隅も、まだ少し、ぽやんとしてる。

 あの一杯のせいだと思う。……ぜんぶが、そうじゃない気もする。

 打ち上げ、というらしい。ああいうの。


 また誘われたら——行ってもいいかな。あの二人だったら。


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