第36話 ここから、埋めていきましょうか
あれから、何日か経った。
世界はまだ騒がしかった。三国が慌てて協定を結び直したとか。ノルドの偉い人が、責任を取って辞めたとか。俺の名前が、知らない言葉と一緒に、毎日ニュースに出てるらしい。
……らしい、というのは。俺が、ぜんぜん見てないからだ。そういうのは、よく分からない。分かりたいとも、思わない。
ミナさんから連絡が来てた。『コモルの封鎖、解けました。いつでも、戻れます』と。
だから今日は、まずコモルに寄った。ころぼの住みかだ。封鎖が解けたなら、こいつを帰してやれる。
結界の手前で、リュックから下ろそうとする。けど。
「ンキュ!」
ころぼは、降りる気配がなかった。だいぶ大きくなって、もう肩には乗り切らない。今はリュックの上が、すっかり定位置だ。
「……お前、帰らなくていいのか」
「ンキュ!」
「……そっか。じゃあ、いっしょに行くか」
コモルの外に連れ歩くなら、たぶん、なにか手続きが要る。ついでに、ミナさんに書類のことも聞いてみよう。
コモルを出て、その足で街のギルドに寄った。脇では、俺が設置した不動門が、また灯りをともしてた。封鎖のあいだ、止まってたやつだ。……おかえり、って感じがする。
ギルドの中で、ソルナの紋章をつけた役人に呼び止められた。コモルに鍵をかけていった側の、お役所の人だ。えらく手前で立ち止まって、深々と頭を下げてくる。
「このたびは、その……当方の判断で、多大なご迷惑を。封鎖の件は、しかるべき調査の上、しかるべき対応を」
「はあ。……開いたなら、いいです」
「い、いえ、それでは当方の筋が」
「あ、でも。次があるなら、事前に連絡もらえると助かります。コモル、まだ隠し部屋とか探せてないんで」
役人は、まだ何か言いたそうだった。けど俺のほうは、もう今日のマスのことを考えはじめてた。しかるべき、って二回言うんだなと思いながら頭を下げ返して、先を急ぐ。
カウンターの奥で、ミナさんが笑いをかみ殺してるのが見えた。
門をくぐって、中層の奥へ。リュックの上には、結局ころぼ。
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ゴーグルをつけて、配信を始める。
数字は、もう見ないことにした。なんかもう多すぎて、実感がないから。
「えーと。今日は、この前の続きを埋めます。中層のピットから降りた先が分かったので、遠慮なく埋めていきましょう」
〔だんちょー〕英雄降臨
〔名無し〕戦争止めた人の配信これ?
〔名無し〕は????平常運転すぎる
〔名無し〕やってること地味すぎて草
〔名無し〕同接の桁おかしい
〔ねむ〕いつも通りで安心する
〔名無し〕世界救ったのにマス埋め
〔名無し〕草
〔名無し〕初見です英雄見にきました
〔名無し〕歴史の証人になりにきたのに地味
〔通りすがり〕この温度差よ
〔名無し〕wwwwww
英雄とか。ソルナを救った、とか。
言われても、まあ、くすぐったいくらい。実のところ、感覚としては炎上してた時と、あんまり変わらない。誉められても叩かれても、画面の向こうで勝手に騒いでるのは同じだから。遠くの画面の向こう側で、実感がない。
そういえば、ころぼが最近おかしい。
リュックの上で、時々ぱちっと小さな火花を散らす。スキルなのかな。撫でるとたまにしびれる。
「ンキュ!」
〔だんちょー〕いまころぼ帯電した?
〔名無し〕ぱちってなったぞ
〔ねむ〕ころぼも成長してる…?
〔名無し〕結局こいつ何のモンスターなんだ
〔通りすがり〕また新しい謎が増えた
「俺も分からないんですよ。今度、コモルの細かいところ埋めるついでに、ころぼの生態チェック配信でもしましょうかね」
〔だんちょー〕平和すぎる予告で草
〔名無し〕戦争止めた次がころぼ観察www
〔ねむ〕その配信ぜったい見る
ふと、コメントが、一枚の切り抜きで盛り上がってた。
誰かが貼ったのは、ニュースの画面らしい。見覚えのある男が、大勢のカメラに囲まれて、うつむいて足早に歩いてる。あの、黒い外套の。俺に『地図は戦略物資だ』と詰め寄ってきた、北の男だ。いつだったか、『あんたのいつも通りは長くは続かない』と言い残して消えた、あの男。
あとで知ったことだけど。ぜんぶ、この人が仕組んだことだったらしい。コモルの封鎖が、まず先だ。鍵をかけたのはソルナだけど、裏でお偉いさんに手を回して、俺の足を止めたんだとか。中層の不動門まで、同じ口実で停められた。俺の動く場所を、ひとつずつ塞いでいったんだ。それでも足りずに、次はあの炎上で、俺を人殺しに仕立てて世界から消そうとした。地図を、独り占めするために。
でも、その企みは、まるごと裏目に出た。俺が地図を全部出したせいで、隠すはずだった侵攻ルートは世界にバレて、三国の査察が入った。国のためだと言い張って、こっそり攻め込もうとしてたことが、いちばんその国を危うくした。あの路地で「国の防衛を左右する」と俺に詰め寄った人が、いま、その国から責められる側に回ってる。
肩書きがずいぶん偉い人だったみたいだ。ニュースの見出しに名前が出てた。ノルドの軍務卿、ハーゲン。……あの時、ぽん酢さんが口にしてた名前だ。今はその肩書きを剝がされて、囲みの中で顔も上げられずにいる。
〔名無し〕こいつが裏で糸引いてた黒幕な
〔名無し〕例のスパイ疑惑の火付け役こいつかよ
〔だんちょー〕そろぼっちを人殺し呼ばわりさせた張本人がこれ
〔名無し〕ざまぁとしか言えん
〔名無し〕独占しようとして逆に自国の侵攻ルート世界にバラされてりゃ世話ないわ
〔名無し〕カメラのないところでとか言ってた奴、カメラに囲まれてて草
〔通りすがり〕自分の工作で自分の国沈めかけた黒幕、因果応報すぎる
正直あの炎上はこたえた。二年間の生きがいを、一度は手放しかけた。
だから、『ざまぁみろ』と思ってもいいはずだった。
でも、やっぱりそういう気にはなれなかった。あの人が消えても、俺の埋めたいマスが増えるわけじゃない。……ただ、今日も埋める場所があって、よかった。そう思える方が俺にとっては大切なことだった。
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その時だった。
配信の画面に、通話の要求がひとつ割り込んできた。名前が出ている。……ハーゲン。さっきニュースに映ってた、あの男だ。
なんで、俺なんかに。
出るのが、こわい。いつもなら迷わず切ってる。
でも、今日は。なんでか切らずに出てみる気になった。……ちゃんと、終わりにしたかったのかもしれない。
一度、配信のマイクを切った。この通話は、世界に流すもんじゃない。二人だけでいい。
リュックの上のころぼが、ンキュ、と小さく鳴いた。承認のボタンを押した。
「……久しぶりだな、マッパー」
その声は記憶よりずっとくたびれていた。路地で俺を見下ろした、あの圧はもうどこにもない。
「あんた一人に、何もかもめちゃくちゃにされた。国も、私の立場も。……たかが、地図一枚で」
俺は、なんて返せばいいのか、分からなかった。だから、正直なことだけ言った。
「……すみません。でも、めちゃくちゃにする気なんてなくて」
「なに?」
「ただ、埋めてただけなんです。あなたが何を欲しがってたのかも、まだよく分かってないくらいで」
通話の向こうが、しんとした。
恨みも、勝ち誇るような気持ちも、うまく湧いてこなかった。俺は続けた。
「あなたのこと、憎めたら楽だったのかもしれません。でも……俺にとって大事なのは、のびのびと地図が埋められるか。ほんとに、それだけなんです。……ごめんなさい」
長い、沈黙があった。
やがて、乾いた笑いがひとつ聞こえた。
「そうか。……そういう男か、お前は。勝ち負けの外にいる。道理で、勝てんわけだ」
それから、ぽつりと声がした。
「……私もな。若い頃は、地図で身を立てた男だ。自分の引いた線で、軍を勝たせてきた。それが、誇りだった」
初めて聞く素の声だった。あの路地の圧も、命令する響きも、もうない。
「その私が、あんたの地図を見て、勝てんと思った。だから欲しかった。誰にも渡さず、手元に置いておきたかった。……国のため、と自分に言い聞かせながら、な」
あの人が地図に詰め寄ってきた理由が、今ごろになって少し分かった気がした。
この人はたぶん、俺の地図の値打ちが、誰よりも……俺よりも分かってしまう人だったのだ。
それきり、通話は切れた。
やっぱり勝った、とは思わなかった。ただ、少しだけ肩の力が抜けた。
マイクを戻す。配信はいつも通り続いていく。
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奥へ進むと、岩の上に、見慣れた背中が座ってた。ぽん酢さんだ。
「来たか」
「はい。……待っててくれたんですか」
「暇だったんでな」
〔だんちょー〕ロウさん待ち伏せしてて草
〔名無し〕暇な訳ないだろ世界一忙しいS級が
〔名無し〕ロウさん今日もかっこいい……
〔名無し〕ロウさんに罠読まれて守られたい
〔名無し〕ガチ恋勢、本日も出勤しております
〔通りすがり〕相方感がいい
暇なのは嘘だろうな、と思った。たぶん、わざわざ待っててくれた。
でも、そういうことにしておく。お互い、そのほうが楽だから。
深層の、いちばん奥まで来た。
この前、背を向けたあの一画。深層の変動のパターンは、正直、まだ全部は読み切れてない。それでも、たまに。前に埋めたはずの並びがひょっこり顔を出す。
その先も、ずっと埋まってない。底なしの空白だ。ウロボロスは互いの尾を食み合う二匹の蛇。潜っても潜っても、終わらない。
埋めるとこは、まだ、いくらでもある。
〔名無し〕底なしすぎる
〔だんちょー〕一生かかっても終わらなそう
〔通りすがり〕てかウロボロス大迷宮だし、やっぱウロボロス出んのかな
〔名無し〕↑名前的に絶対なんかいるよな
〔ねむ〕想像するとこわい
〔名無し〕新たな考察班発足
……ウロボロス、か。出てきたら、それも埋めるだけだ。
「……まあ、出てきたとして。どうやってどいてもらいましょうね」
〔だんちょー〕伝説の蛇にどいてもらう発想www
〔名無し〕スケールバグってる
〔ねむ〕そろぼっちならいけそうなのがこわい
〔通りすがり〕どいてもらえる気がしてきた
ぽん酢さんが、隣でふっと笑った。
「さあな。だが、あんたなら案外あっさり通る気がするよ」
ふと、チャットを見た。
だんちょーがいて、ねむさんがいて。
たまに、ワンモアさんが「生きてまーす」って顔を出す。リーザさんも、こっそり見てるってこの前言ってた。ミナさんも。
一人で始めた配信だった。人付き合いは、相変わらず下手くそなままだ。
……前の人生も、ずっと一人だった。だからどこかで、今世もそうなるんだろうって。それが当たり前だと思ってた。
ここには、ちゃんと居場所がある。画面の向こうだけじゃない。
すぐ隣に生身の相方がいて、リュックの上には毛玉が一匹。背にかかるころぼの重みが、じんわりあたたかい。
……あれ。
もしかして俺、もうぼっちじゃ、ないのか。
俺はしゃがんだ。指先で、まだ埋まってないマスに触れる。
「……ここから、埋めていきましょうか」
俺は、そのマスをしっかり踏んだ。




