↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された山岳ガイド、サンダルで標高八千メートルに挑む勇者パーティを見送る【連載版】  作者: 朝霧ナギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/26

第25話 書き足す

 審問から五日後、王の名で、布告が出た。


 王都の広場の掲示板に貼られたその紙を、俺は、人だかりの後ろから読んだ。


 二十年前、ヴァルテン山にて、先代勇者グロリオスの隊の案内人アンカーは、勇者の命により隊員を連れて下り、のちに一人で迎えに戻った。案内人アンカーは、勇者を見捨てた者ではない。これをもって、その名を記録に戻す。


 短い布告だった。


 隣で、ハーケンが、杖にもたれて、紙を見上げていた。


「……読んでくれ」


 俺は、声に出して読んだ。一字ずつ。


 ハーケンは、最後まで黙って聞いていた。それから、紙のいちばん下の、王の印の形を、しばらく見ていた。


「印の形は、覚えた」とハーケンは言った。


   ◇


 布告が出た日の午後、記録院で、二十年前の報告書の綴りが書き改められた。


 書き改めたのは、クロニカだった。


 俺は、その場に立ち会った。エルンストと、リブラ所長と、ハーケンも一緒だった。


 クロニカは、報告書の綴りを机の上に開いた。報告者、討伐隊員ハーケン。その下に、案内人アンカーが勇者を見捨てて逃げ下ったと書いた、二十年前の字。


 クロニカは、そのページを、一字も削らなかった。


 かわりに、次のページに、新しい紙を一枚綴じ足した。


 そして、石墨ではなく、インクで書いた。


「右の報告は、偽りである。書いたのは、記録院の書記パリム。荷運びハーケンの名を借り、ハーケン殿の前で別のことを読み上げ、印をつけさせた。真実は、先代勇者グロリオスの手記、ならびに案内人アンカーの手帳と手紙による。審問の記録を見よ」


 日付と、自分の名前を書いた。


 それから、筆を置いた。


「削らないんですか」とリブラ所長が聞いた。


「削りません」とクロニカは言った。「削ったら、二十年、この報告が棚にあったことも消えてしまいます。誰が読まなかったのかも。誰が、確かめなかったのかも」


 エルンストが、目を伏せた。


「記録は、削らずに、書き足すものだと思います」


 クロニカは、俺のほうを見た。


「ケルンさんの手帳も、そうでしたよね。同じ十五時を二回書いたところも、消さずに、横に印をつけて残してありました」


「……あれは、消し忘れただけです」


「残っていたから、ケルンさんの頭が鈍っていたとわかりました。それも、記録です」


 ハーケンが、綴りの新しいページを、指でなぞった。字は読めない。でも、指は、最後の名前のところで止まった。


「これが、お前の名か」


「はい」


「それと、ここに、わしの名がある」


 ハーケンの指が、前のページの、自分の名の上で止まっていた。二十年前に、印をつけたところだ。


「わしの名は、消えんのか」


「消えません」とクロニカは言った。「消したら、ハーケンさんが二十年黙っていたことも、消えてしまいます」


 ハーケンは、しばらく何も言わなかった。


 ゆっくりと、うなずいた。


   ◇


 パリムの名も、消されなかった。


 記録院の書記の名簿の、パリムの行には、書記長の肩書きの横に、一行が書き足された。罪と、日付と、北の塔に生涯とどめ置くという、王の裁き。


「先生は、記録に残るのは筆名でいい、と言っていたそうです」とクロニカは言った。「グロリオス様の手記に、そう書いてありました。だから、本当の名前で残します」


 クロニカは、それ以上、パリムの話はしなかった。


 ただ、一度だけ、北の塔へ行ったらしい。何を話したのかは、聞いていない。自分がなぜ拾われたのかは聞かなかった、とだけ、クロニカは言った。帰ってきたクロニカは、手に、古い紙の束を持っていた。


 書き損じの紙だった。裏に、子どもの字で、同じ字がいくつも並んでいた。


 七。七。七。


 どれも、払いが、少しだけ跳ねていた。


 その上に、大人の字で、まっすぐに抜いた七が、一つ。


「先生の部屋に、残っていたそうです」とクロニカは言った。「燃やせない人でしたから」


   ◇


 エコーの裁きは、その翌日に出た。


 騎士の位を解く。三年、王都を離れ、労役につくこと。


 殺すつもりはなかったとは言わない、と、エコーは審問で言った。ザイルを切ったとき、お前が落ちてもいいと思った、と。そのとおりに、記録された。


 そして、八千の稜線で、四十二の指図を逆の順に一度も違えず言って、隊を七千六百まで下ろしたことも、記録された。その功と相殺して、裁きは軽くなった。


「労役の場所は、本人に選ばせる」と王は言った。


 エコーは、ヴァルテン山の麓の村を選んだ。


「荷運びを、させてくれ」とエコーは俺に言った。「三年。案内人の言うことを、全部復唱する」


「給金は、出ませんよ。労役なので」


「わかってる」


「三千から上へは、村の荷運びは登らないのが慣わしです」


「わかってる」


 エコーは、少し笑った。


「それより先に、行くところがある」


 エコーの手には、封の切られた手紙が一通、あった。


 グラート殿のご家族へ。記録院気付け。


 親父の字だった。エルンストが、箱の中から、エコーに渡したものだった。


 エコーは、王都の南の、小さな家に帰っていった。


 あとで聞いた。


 エコーの母親は、手紙を、三度読んだそうだ。三度目に、声を出して泣いて、それから、エコーに言ったという。


 ――あの人が、背負われたなんて。かけっこで、一度も負けたことがなかったのに。


 エコーと、同じことを言ったのだそうだ。


   ◇


 ラッシュは、王に呼ばれた。


 魔王を落とした功により、勇者の名を戻してもよい、と王は言った。


 ラッシュは、断った。


「勇者は、もういいです」


「では、何を望む」


 ラッシュは、しばらく黙っていた。俺のほうを見た。


「……荷運びから、やり直します。ヴァルテン山の麓で」


 王が、俺を見た。


 俺は、少し考えた。


「給金は、年に金貨四枚です」


「安っ」


「三年間、俺はそれでやってきました」


 ラッシュは、口を開けて、閉じた。


 それから、うなずいた。


「……あと、借りがあったな。金貨三枚と、銀貨七枚」


「覚えてたんですか」


「記録官殿の帳面に、書いてあったからな」


   ◇


 最後に、王は、俺を呼んだ。


「案内人ケルン。爵位を与えると言ったら、受けるか」


「受けません」


 広間が、少しざわついた。


「では、何を望む」


 俺は、懐から手帳を出した。この三日、宿で考えて、書いておいたページを開いた。


「三つあります」


「申せ」


「一つ。勇者の一行が山に入るときは、その山の案内人を一人、必ず連れていくこと。案内人が引き返せと言ったら、引き返すこと。正午を過ぎたら、魔王が目の前にいても、引き返すこと」


 顧問の誰かが、くすりと笑った。王は、笑わなかった。


「二つ。ヴァルテン山の麓の村に、案内人の小屋を一つ。若い者に、山を教える場所です。高く登って低く寝ること。支点は二つ取ること。石を数えること」


「三つ目は」


 俺は、少しだけ迷った。


「親父の手帳を、返してください。記録院が預かっているので」


 王は、しばらく俺を見ていた。


 初めて、少し笑った。


「三つとも、許す。……欲のない男だ」


「欲は、あります」と俺は言った。「親父の手帳がないと、困るんです。天気のページの続きが、書けないので」


   ◇


 その夜、宿の部屋で、親父の手帳の最後のページを開いた。


 七千六百。グロリオス様の命により、隊員を連れて下りる。必ず迎えに戻る。


 戻った。間に合わなかった。石を積んだ。


 その下に、余白があった。


 俺は、石墨を取り出して、親父の字の下に、一行、書き足した。


「二十年後、息子が石を足しに行った。間に合った」


 書いてから、少し迷った。


 それから、もう一行。


「全員、連れて帰った」


 手帳を閉じた。


 窓の外で、王都の灯りが、一つずつ消えていった。


 記録院の、西の端の、二階の窓を探した。


 そこだけは、はじめから暗かった。あの窓に灯りがともることは、もうない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

「おもしろい」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆からの評価で応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。