(7)百丸様の願い
「……ということは、まさか百丸様。百歳どころか二百歳も軽く越えてる……?」
我ながら失礼なほど素直に声が出た。
私の言葉を聞いた百丸様の表情が、みるみるうちに悲しそうにしおれていく。
「……目ェ丸くしながら言うのはやめてくれィ。さすがに傷つく」
「だって、喧嘩煙管が作られていたのはそのくらいの頃でしょう? そりゃ、三十そこそこの見た目で、だいぶ昔気質な人だとは思っていたけれど……」
私は彼の正体に驚いた反面、納得もした。
そもそも喧嘩煙管とは、武士以外が帯刀を禁じられていた幕府時代の最初期に、民衆が護身用に持っていた隠し武器の一種だ。
百丸様の独特の口調や懐古趣味、現代人らしくない貞操観も、彼がその時代から生きてきた存在だと考えれば、むしろ自然だ。
彼の浮世離れした性質に、色々と説明がつくのだ。
「とにかく……俺ァ昔っから使われることが生き甲斐なんだ。だからこそ、アンタみてェな骨のある使い手をずっと探してた」
真剣な声音で言う彼の灰色の瞳に、うっすらと朱色が滲んで見えた。
灰の中で燻り、熱を放つ、埋火のような光。
「使えよ。俺ならあの豚を月までぶっ飛ばせるぜ」
百丸様は煙管を握りしめながら言う。
煙草を吸う道具としての持ち方ではなく――隠し武器としての持ち方だった。
「“俺”を使え、骨董姫。アンタのすべてを、“俺”で取り戻せ」
花魁として求められてきた私は今、命じる主人として求められている。
この手で掴み取れと、言われている。
――家も、過去も、誇りも、奪われたすべてを取り戻せるのなら、拒む理由などない。
「いいわ。その賭け、乗りましょう。――百丸善一! あいつを月までぶっ飛ばしなさい!」
命じた瞬間、百丸様の瞳は朱色に輝き、まとった煙が火花を弾けさせる。
にいっと凶悪な笑みを浮かべ、指をクイクイ動かして、柿本を挑発する。
「来いよ、塵芥野郎。今度はちゃんと相手してやるよ」
「ぐっ――し、死ねやああああッ!!」
泥だらけになった柿本が半狂乱で向かってくる。
百丸様は柿本が振り回す小刀をサッとくぐり抜けると、手にしていた煙管で柿本の眉間を殴る。
急所を正確に打たれ、後ろへのけぞる柿本。
欄干に追い詰められ逃げ場を失った柿本の腹に、百丸様の強烈な拳がめり込む。
「ぶっ飛べェ!!」
突き込まれた拳は熱した鉄のごとく、赫灼と輝き、火の粉のようなものが散る。
爆発的な威力を持った一撃が炸裂し――柿本は満月を背景に、美しい放物線を描いて飛んでいった。




