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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
四章 骨董姫と最強の付喪神
36/40

(36)脱出

 港にさしかかったあたりで、野太い汽笛があたりに鳴り響いた。

 石油臭い蒸気をあげながら、一隻の船が今まさに出航しようとしている。

 その周辺には、いかつい顔つきをした黒服の男たちが、まるで障害物のように立っていた。


「しゃちょー! あの黒服、叔父さんたちの手下です!」

「だろうな!」


 もう一人一人相手にしていては間に合わない。

 俺は脚に集中させていた霊力を全身へと巡らせる。


「壱丸、掴まれ! 一気に殴り込むぞ!!」

「はい、しゃちょー!!」


 向かってくる黒服たちの隙間を縫うように駆け抜ける。

 機関車の駆動輪のように回していた腕や脚の力を緩め、全身を潮風に乗せる。

 一切の空気抵抗を受けないよう、自身の姿を煙へと変える。


「な、なんだ、こいつ!?」

「すり抜けたぞ……!?」


 黒服たちの妨害をかわしながら、さらに速度を上げる。

 空気の壁を鋭く裂き、沖へ向かう船に向けて一気に加速する。


「なによ、あれ!?」

「ひっ、百丸!?」


 目をひん剥きながら、統二郎夫妻が俺を見ている。

 一瞬、このまま二人を蹴り抜いてやりたい衝動に駆られたが、今は後回しだ。

 堤防を越え、海の上を駆け抜け、ついに船の甲板まで追いついたところで、俺は再び人型に戻った。


「珠希をどこやったコラアアアアア!!」


 着地するなり、俺は船全体に響き渡る声で叫んだ。

 すると、乗船していた船員たちが、あちこちから姿を現した。

 手にはナイフや銃剣などの武器が握られている。

 予想どおり、簡単に行かせるつもりはないようだ。


「まァ、そうだよなァ――じゃァ、行きがけの駄賃ってことで!」


 こうなれば、いっそ憂さ晴らしに全員殴り飛ばしてやろう。

 誰の目も届かない海の上で、俺は遠慮なく敵の群れに突っ込んだ。



 *



 ぐらりと船が揺れて、私に覆い被さった男が「なんだ?」と後ろを振り返る。

 他の船員たちが「何が起きた?」「甲板のほうだ」と慌ててどこかに向かうのが見えて、私はさらに好都合だとほくそ笑んだ。


「嫌、貴方まで行かないで……! 怖いから、ここにいて……!」

 

 ――遊女としての経験も、意外と役に立つものだ。

 見張りの男は私の縋るような声を聞いて、下心丸出しの視線を私に向けた。

 

「よしよし、俺が慰めてやるからな……」


 他の船員がみな揃ってどこかへ行ってしまったという状況で、この男は私という極上の女を前にしている。

 楽しむには絶好の機会だ、とばかりに、男は頬を上気させていた。


「お願い、せめて優しくして……」

 

 私のか弱い演技に興奮してか、男の息がさらに荒くなる。

 着物の褄下つましたをそっとめくられ、脚が露になる。

 準備は整った――あとは、この男が完全に警戒心を解くのを待つだけ。

 いよいよ男が私に顔を近づけてきた、その瞬間――


「珠希さまから離れろ~っ!」


 唐突に、壱丸の叫び声が貨物室に響いた。

 解錠された扉の隙間から侵入したのか、壱丸は叫びながら男のお尻へ飛びかかった。


「ぎゃああっ!!?」

「ウウウウ〜ッ!! ガルルルル!!」

 

 壱丸にお尻を思い切り噛まれたのか、男が悲鳴を上げてのけぞった。

 壱丸の猛攻撃に怯んでいる隙に、私は構えていた膝を思い切り突き上げる。


「んごぉっ……!?」

 

 狙いどおり、私の膝蹴りは男の股間ど真ん中に命中し、男は白目を剥いて昏倒した。


「壱丸!」

「珠希さま~っ! お助けに来ました!」


 壱丸は私の背後に回り込んで、手首を縛っていた縄を器用に噛みちぎる。

 拘束が解けたところで、私は壱丸を抱きしめた。


「珠希さま〜! お怪我はありませんか?」

「大丈夫よ。貴方も怪我はしてない?」

「ぼくは平気です! しゃちょーが悪い人たちを引きつけてくれたので、あっさり忍び込めちゃいましたよ~!」

「そう……よかった」


 その言葉が何より心強い。

 善は今頃、船員たちを相手に大暴れしていることだろう。


「さあ、しゃちょーが戦っているうちに脱出です!」

「ええ!」


 壱丸の先導に従って船室を抜け出し、私は甲板に出る。

 そこには、予想どおりの光景が広がっていた。


「あらよっ、とォ!!」


 善は輝かんばかりの凶悪な笑みを浮かべながら、舞でも舞うような戦いを繰り広げていた。

 ドカッ! と人を殴り飛ばす鈍い音と共に、船員の体が海まで吹っ飛ぶ。

 次に襲いかかってきた船員を流れるような動きで背負い上げ、海へと投げ飛ばす。

 背後から襲ってきた船員に回し蹴りを入れ、持ち上げたかと思うと、また海へ放り投げる。


「弱ェ弱ェ弱ェ! てめェら、幕府の武士の足元にも及ばねェぜ! がっはっはっはっはァ!!」


 船員を全員片付けてしまった善は、いい運動になったとばかりに高笑いをする。

 相手もさして弱くないだろうに、こうまであっさりボコボコにされているのを見ると、さすがに少しだけ可哀想に思えてきた。


「おう、珠希!」


 善は私を見つけるなり、嬉々とした表情で駆け寄ってきて、私をぎゅっと抱きしめた。

 あんなに激しく動いていたのに、汗のにおいひとつしないのが驚きだ。


「ごめんなさい。面倒なことになってしまって……」

「いいってことよ。間に合って何よりだ」

「……そうだ、港に戻らないと!」


 私はここが海の上であることを思い出し、船尾側へ向かう。

 けれど、船はすでに港からかなり遠のいていた。


「そんな……! こんな距離、泳げないわ」


 困った私は善のほうを振り返った。

 すると、善はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 彼の懐から出てきたのは、白銀色に輝く手鏡……彼に預けていた、“虚飾の鏡”だ。


「心配すんな。嬢ちゃんが“帰り道”を作ってくれる」


 善は鏡面に煙をふう、と吹きかけた。

 途端、鏡が反応するように柔らかな光を放った。

 善が見せてきた鏡面を覗き込むと、そこに映っていたのは私たちの顔ではなく――


『どうなってる……!? 百丸は人間じゃなかったのか!?』

『どうするのよ!? 貴方が言い出した計画でしょう!? あんな化け物を敵に回すなんて、馬鹿なの!?』

『うるさいっ!! お前は口ではなく頭を動かせ!』


 ……といった醜い夫婦喧嘩を繰り広げている、叔父たちだった。

 リング状の何かを握りしめている叔父は、冷や汗まみれで逼迫ひっぱくした表情。

 叔母はその真横で、パニックを起こした鶏のような金切り声を上げている。

 鏡の中の光景を見て、壱丸は目を白黒させていた。


「えっ、えっ!? どうなってるんですか? もしかして、これもあの女の子の力ですか!?」

「あァ。こいつァ、あちらさんの車のバックミラーと“繋がってる”みたいだ。 嬢ちゃんの力は面白いねェ」


 赤くなったり、青くなったりしている二人の様子を見て、善はケラケラと声を立てて笑っている。

 二人がいる狭い空間と、ガタガタうるさい振動音――察するに、これは車の中で繰り広げられている光景のようだ。

 “虚飾の鏡”は、たった今、彼らが陸上で何をしているのか、鏡を通して見せてくれているらしい。


「どうだィ、珠希。今すぐ鏡に飛び込めば、嬢ちゃんがこいつらの近くまですぐに送り届けてくれるらしいが……」 

「ここで一気にカタをつけよう、ってことね?」


 私が先回りして答えると、善はいやらしい笑みを浮かべて首肯した。

 すると、私たちの意志に応えるように、鏡面がパッと輝き、少女の白い手が伸びてきた。

 導くように差し出されたその手を取り、私は鏡の中へ飛び込んだ。


(――絶対に逃がさない。絶対に、全部精算させてやる)


 私の両親を殺めた罪も、私の友人たちを売り払った罪も……あの夫婦にあがなわせたい罪は、数え切れないほどあるのだから。

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