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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
四章 骨董姫と最強の付喪神
37/40

(37)悪逆の報い

 鏡のフレームを飛び越えて降り立ったのは、港の倉庫街の一角だった。

 直後、ギュルルル! というタイヤの摩擦音が耳をつんざく。

 振り向いた私たちの視界に映ったのは、猛烈な速度で接近してくる、黒塗りの車。

 そのフロントガラス越しに見えるのは、運転席と助手席にそれぞれ座った叔父夫婦だ。


「来た来た、やっこさんのお出ましだァ!」


 善が意気揚々と私たちの前に躍り出ると、叔父たちはあろうことか、さらにスピードを上げて突進してきた。


「うわああああああっ!? どけえええええええっ!!」


 クラクションがけたたましく鳴り、叔父たちが車外にも聞こえるほどの声量で絶叫しながら突っ込んでくる。


「善!」


 轢かれる、と思わず私が叫んだのと同時に――善が足を大きく振りかぶった、次の瞬間。


 ドォンッッ!!


 という衝撃音と共に、《《車体が垂直に跳ね上がる》》。


「は……?」


 おかしな光景を前に、私は開いた口が塞がらなかった。

 鉄片を散らしながら、ぴゅーんと宙を舞う車体。

 その下で、片足をまっすぐ振り上げている格好の善。

 彼は、軽く蹴鞠けまり遊びでもするかのように、猛スピードの車を真上に蹴り上げてしまったのだ。

 ドン! ガラガラガラ!

 と、短い空の旅から戻ってきた車が、地に叩きつけられて横転する。

 善はひしゃげた車体に近づいて、


「危険運転だぜ、オッサンよォ」


 と、剥ぎ取るように扉を開けた。


「つ・か・ま・え・たァ~~」

「ひ、ひいいい~っ!!」


 ……多分、叔父たちには、善が本物の化け物に見えているに違いない。

 鬼や悪魔といった、付喪神なんかよりももっと恐ろしい化け物に。

 叔父たちはへっぴり腰のまま、善によってあえなく車から引きずり出された。


「た、珠希……っ、お前、どうなって……!?」


 地面に這いつくばった格好の叔母が、私を見上げる。

 髪は乱れ、化粧は汗と涙で溶け落ち、先ほどの傲慢な表情は見る影もない。


「……ああ、それ。返してもらうわね」


 抵抗されないよう腕を捻るように掴み上げると、叔母が「痛っ、痛いぃ!」とわめき出す。

 けれど、私は構わずにラピスラズリの指輪を外して、そのまま叔母をポイッと放り捨てた。

 戻ってきた指輪をよく確認する――幸いなことに、リングも宝石も、傷一つない。

 私はほっと胸を撫で下ろした。


「わ、分かった……分かった、珠希、全部お前に返すから……」


 恐怖で顔を引きつらせた叔父が、勝手に命乞いを始める。

 私はそれを、ただ冷たく見下ろす。


「おっ、お前の家も、戸籍も、財産も、すべて返す! 財閥で稼いだ金もくれてやろう! それですべて帳消しに……」

「するわけないでしょ」


 的外れすぎる交渉を持ちかける叔父を、ぴしゃりと遮る。


「だってアンタたちは、取り返しのつかないものまで奪ったんだから」


 私の家族。私の友人。私の純潔。私の時間。

 このくずたちは、文字どおり私のすべてを奪ったのだ。

 甘い汁を吸いたい、贅沢をしたい――そんな身勝手極まりない欲望のためだけに、私のすべてを踏みにじったのだ。


「感謝なさい。アンタたちが方々《ほうぼう》で犯した罪――ここでいっぺんに償わせてあげる」

「い、いやだ……」


 叔父が足を引きずりながら、なおも逃げようとする。

 それを見て叔母が「お、置いていかないでぇっ!」と涙目で縋りつく。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない――と連呼しながら、叔母を振りほどこうとする叔父。

 見ていられないほど醜い光景だった。

 もつれ合いながらも逃げようとする彼らが、粉々になった車の窓ガラスを踏み抜いた、その瞬間。


『――虚飾、虚飾、虚飾。

 偽りの名誉に飾られし者ども。

 あるべき姿へ還るべし――』


 周囲に、少女の声がこだました。

 それを合図に、空を映していた窓ガラスの破片が、一斉に“虚飾の鏡”の鏡面と化す。

 無数の破片の向こうで冷笑するのは、豪華なドレスや宝石をまとった、無数の人影。


「な、なにっ!? なによ、こいつらはぁぁ!」


 無数の嘲笑に囲まれて、叔母が泣き叫ぶ。

 まるで、貴族の社交界のような光景だった。

 傲慢な仮面が剥がれ落ちた叔父と叔母が、一挙に冷笑を浴びせられている。


『さあ、パーティの準備は整っているわ。せいぜい踊り続けなさい。“理想郷”の深淵で、永遠に――』


 鏡面の向こうに、楽しそうな微笑みを浮かべた純白の少女が現れる。

 美しくも恐ろしい鏡の主を前に、声にならない悲鳴を上げる叔父たち。

 無数の鏡面から、無数の白い腕が伸びてくる。

 腕は叔父たちの体に次々絡みつき、彼らを鏡の世界へと引き込み、押し込む。


「や、やめろぉぉっ! おい、珠希! 止めんかぁぁっ!」

「ひっ、ひいいいい~っ!!」


 必死の抵抗も虚しく、二人は鏡の向こうへ吸い込まれていった。


『じゃあ、珠希様。あとはよろしくね』


 少女の言葉と微笑みを最後に、鏡面は再び空を映すだけのガラスに戻った。

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