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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
四章 骨董姫と最強の付喪神
35/40

(35)対峙

「んじゃ、ジジイ。あとは頼むぜ。俺ァ千代沢さんとこに行ってくる」

「あぁ。報酬は約束どお、り――」


 俺が足早に瀬戸物屋を出ようとしたところで、後方の陶継がピシッと固まった。

 先ほどまでの柔軟な悪巧み顔が、岩肌のような硬さを帯びて、一気に険しくなる。


「おい、陶継。どうした?」

「……なんだぁ? 瀬戸物どもがどこかで騒いでやがる」

「あン……?」


 陶継がこういった反応をしているときは、大抵なにか面倒ごとが起きているときだ。

 大きな事故か、火事か、強盗か――いずれにしても、新聞の一面に載るような重大事件が、錦花郷のどこかで起きたということだ。


「しゃちょーーー!!」


 嫌な予感がするのと同時に、路地の向こうから、切羽詰まった子供の声が聞こえてくる。

 まぎれもない、壱丸の声だ。

 声がするほうへ視線をやって、俺は仰天した。


「壱丸!? お前、どうし――ぐふぉ……ッ!?」


 まるで、白黒の毛糸玉がものすごい速さで転がってくるようだった。

 白黒の毛糸玉、もとい、壱丸の体は、勢いを緩めないまま俺のほうへ突っ込み――結果、俺のみぞおちに壱丸の頭突きが深々と突き刺さった。


「おぉい、善一!? 大丈夫でぇじょぶか!?」


 店の中から陶継が飛び出してきて、地面に倒れ込んだ俺に叫ぶ。

 その横で、壱丸はワンワンと盛んに吠え立てていた。

 早く応答してやりたいが、急所を打たれてはさしもの俺もつらい。


「しゃちょー、しゃちょー、しゃちょーーー!! 大変です!! 珠希さまがさらわれちゃったんですよぉ~っ!!」


 耳を疑うような壱丸の発言に、悶えていた俺も思わず「はァ!?」と飛び起きた。


「怖い男の人たちがいきなりやってきて、珠希さまを車に乗せて行っちゃったんです! すぐに追いかけたけど、間に合わなくて……!」


 壱丸は全身でぴょんぴょん飛び跳ねながら、必死に俺に訴える。


「あいつら、麗華さんと同じにおいがしました! きっと、あの意地悪な叔父さんたちの仲間ですよ!」

「ンの野郎! ――陶継!」


 俺の呼びかけに、陶継は首肯した。


「ああ、間違いねぇ。瀬戸物どもが騒いだのはそれだ。怪しい車が港のほうに向かってるってよ」


 ちくしょう、面倒ごとはどうしてこうも一気に押し寄せてくるのか。

 俺は舌打ちをしながら、煙管の煙をたっぷりと肺に取り込む。

 煙を通して体内に霊力が充填され、全身の筋肉が熱を持ち始める。


「陶継、予定変更だ。今すぐ一報入れて、あいつらを吊るし上げろ!」

「あいよ、兄弟。気をつけなぁ!」


 俺は壱丸を腕に抱えると、脚に力を込めて、一気に屋根の上まで跳躍した。

 俺の腕にしがみついた壱丸が「うひゃああ!?」と声を上げるが、今はあまり気を遣ってやれない。

 そのまま脚を動かし、俺は屋根を飛び移りながら、港の方角へ走り抜けた。



 *



 目を醒ました時、私は手首を縛られた状態で、真っ暗な部屋の中に転がされていた。

 意識を失う前の感覚が残っているのか、未だにぐわんぐわんと頭が揺れている感じがする。

 体を動かすと、足が何かにゴツンとぶつかる。

 まるで、樽を蹴ったような音だ。

 私は部屋の扉の小窓から漏れたわずかな光を頼りに、周囲を確認した。


(物置き? ……いや、違う気がする)


 樽や木箱に囲まれた空間は、確かに物を保管するための空間だろうけれど……なぜか、部屋そのものがずっと揺れている気がするのだ。

 この奇妙な浮遊感には、覚えがある。

 ……そう、小さい頃に両親と行った旅行先で、“客船”に乗ったときに感じた――


(――まさか、貨物船!?)


 そう直感した瞬間、一気に冷や汗が出て、私は急いで立ち上がった。

 早くここから出なければ、また遠くに飛ばされてしまう。

 下手をしたら、今度は海外にまで行ってしまうかもしれない。

 私は貨物室の扉を開けようと、体当たりを繰り返す。

 けれど、女の体当たり程度では、扉はびくともしなかった。

 

「っ! 開きなさいよ、この……ッ!?」


 何度目かの挑戦で肩をぶつけたとき――それに合わせるように、扉側から強く押し返された。

 思わぬ反動を受け止めきれず、バランスを崩した私の体は後ろへ転がってしまう。


「残念。ここは内扉だったな」


 室内に入ってくる足音と共に、誰かの声が私へ降りかかる。

 酒に酔う度に何度も私を怒鳴りつけていた、おぞましい声――忘れもしない、叔父の声だ。


「相変わらず生意気そうな目つきだな」

「まったく、往生際の悪い。見苦しいことこの上ないわね」


 ニヤニヤと黒い笑顔を浮かべる叔父。

 その横では、叔母が扇子をしきりにあおぎながら、私を見下ろしている。

 どちらも、傲慢な態度はなお健在のようだ。


「ずいぶん上等な顔をして戻ってきたな、珠希?」

「……お久しぶりですわね、叔父様」


 楽しそうな笑顔の叔父に、私は冷笑で返す。

 条件反射で体が震えそうになるけれど、向こうには悟られないよう、必死に押し隠した。


「なぁに、叔母様? そんなに恐ろしい顔をして。まるで鬼みたいですわよ」

「お黙り、疫病神」


 叔母がぴしゃりと言い放つ。

 扇子を閉じて見えた口元には、隠しきれない憎悪が滲んでいた。


「あら、皺もずいぶん濃くなりましたのね? 化粧では隠しきれなくなったようで」

「黙れと言っているのよ」


 毒々しい色に塗られた唇が、醜く歪む。

 湿っぽい執念の炎が、叔母の瞳の奥で揺れていた。


「よせ、つや子。小娘の安い挑発に乗ってどうする」


 手の中の扇子を今にもへし折りそうになっている叔母を、叔父が静かに宥める。

 私は叔父に向かって、純粋な疑問をぶつけてみた。


「どうやって、私の居場所を突き止めたのですか?」

「なに、暁斗にひと働きしてもらっただけだ。彼がお前を頼ったおかげで、探す労力が省けただけのこと」


 なるほど、そういうことか――したり顔の叔父を見て、私は悟った。

 叔父は私のことを知った暁斗さんが、“虚飾の鏡”の件で私を探すであろうことを見越していたのだ。

 暁斗さんを脅し、なにがなんでも私の居場所を突き止めるように仕向けて、あとは誰かに暁斗さんを尾行させればいい。


(ああ、やらかしたわ……間抜けすぎて情けないったら)


 どうして、玄関で声を聞いたあの時、一瞬でも怪しいと思えなかったのだろう。

 暁斗さんそっくりの声に、見事に騙されてしまった。


「小娘一人をかどわかすだけなのに、ずいぶんと手慣れた人たちを使いましたのね。一体どんなお仕事をしている人たちなの?」


 私の質問に対して、今度は「教えてやる義理はない」とはね除ける叔父。

 おそらく、後ろめたい事情があるのだろう。

 あの訓練された、無駄が一つもない動き――間違いなく、“そのスジ”の奴らだ。


(お父様とお母様も、彼らを使って葬ったのか)


 私は無意識に奥歯をぎりぎりと噛みしめていた。

 もしも私が虎かなにかだったら、今頃は彼らの喉笛を噛み千切っていることだろう。

 それほどまでに、私はこいつらが憎かった。 


「お前、わたくしの麗華になにをしたの?」


 叔母が一歩前に出て、私を強く睨みつけながら聞いてくる。

 

「いいえ、なにもしていません。そもそも、私が彼女になにかする機会なんてなかったはず――」

「嘘おっしゃい!」


 突然、叔母が金切り声を上げ、私の声を阻んだ。


「お前たちがあの鏡を使って麗華になにかしたんでしょう!? あの子を虐める犯人なんて、お前しか考えられないわ!」

「だから、私は何も知りません。そんなことを言われても困りま――」

「うるさい、この恩知らず!!」


 怒り狂った叔母が、私の髪をつかんで揺さぶる。

 駄目だ、これはもう何を言っても通じない――私は早々に悟り、反論をやめる。

 ああ、幼い頃と同じだ……。

 この女は、自分や麗華にとって都合が悪いことが起きると、証拠もないのにすぐに私のせいにするのだ。


「わたくしの娘になんてことをしてくれたのよ!!

 麗華は『珠希に殺される』なんて言って、部屋に閉じこもってしまったのよ!!

 ああ、あんなに怯えて可哀想に……っ!」


 ……あの程度の脅しで部屋から出られなくなったのか、と私は呆れてしまった。

 私のことを散々虐めてきたくせに、その百分の一くらいの仕返しを食らっただけで引きこもるなんて――まったく虐めがいのないことだ。


「あら、お気の毒様。何があったか知らないけど、麗華様はとても“繊細な”お心をお持ちでしたのね。ふふふっ……」


 ああ、可笑しくてたまらない。

 私はこらえきれず、声を立てて笑った。


「あはははははははははっ! あーっははははははははは!」


 実に、実に、いい気味だ。

 お父様とお母様を殺め、私を虐げてくれた連中の娘が、私の人格をいたずらに否定してくれた女が、そんな哀れな目に遭っているだなんて。

 愉快痛快で、驚くほど罪悪感が湧かなかった。


「ざまあみろ、ってやつよ。親の因果が子に報った……それだけのことじゃない。私も清々しちゃった」


 さすがの叔母も、私の高笑いには怯んでいたようだけど、その後の台詞を聞くなり、再び顔を真っ赤にした。


「この――ッ!」

「落ち着け、つや子! これから売るものに傷をつけてどうする!」


 叔父が再度諫めるが、叔母の目はすっかり血走っていた。

 唇をぶるぶる振るわせ、肩で息をしている様は、お世辞にも上流階級の品格とはほど遠い。


「なに、もうすぐお別れだ。この娘と《《百丸》》から得た金を、麗華のためにあてがえばいい」

「……なんですって?」


 私を売り飛ばして金に換える気なのは理解できるが、どうしてここで善の名前が出てくるのか。

 訝しむ私に、叔父はにんまりと笑みを浮かべて答えた。


「なに、お前には“打ち出の小槌”になってもらう。それだけだ」

「打ち出の小槌?」


 叔父の言っている意味がよく分からず、私はそっくり言葉を繰り返す。


「そうだ。聞けばお前、あの百丸を篭絡したそうじゃないか。

 ならば、お前の存在と引き換えに金を引き出すのも容易だろう」


 ……なるほど、そういうことか。

 要するにこの男は、私を人質にとったていで、善から身代金を搾取しようと考えているのだ。

 想定以上に外道な発想で、呆れてくる。

 これが現当主だなんて、三倉財閥も堕ちたものだ。


「彼がそう簡単に搾取されると思っているの?」

「ああ、思っているとも。これさえあれば、百丸も下手に逆らえんだろうよ」


 そう言って、叔父はスーツの胸ポケットから何かを取り出す。

 ――私が指にはめていた、ラピスラズリの指輪だ。

 見た瞬間、ぞわっと全身が総毛立った。

 

「っ! それを返しなさい!」

「まあ、そんなにこの指輪が大事なの? じゃあ、代わりにわたくしが大事にしてあげるわね。お前の形見として」


 叔母はそう言って、叔父から受け取った指輪を自分の指にはめ、私に見せつけてくる。

 酷い吐き気がした。

 叔母の手の中に、私の大事な宝物があるのを見るだけで、耐えがたい屈辱が湧いた。


「触らないで、この――うッ!」


 食ってかかる私の肩を、叔父の靴が突き放すように蹴った。

 私は為す術もなく、再び貨物室の床に転がってしまう。

 それを見て、叔母はふん、と蔑むような目で鼻を鳴らした。

 

「最後まで欲にまみれて、卑しいことね」

「逃げられるとは思うなよ。外には見張りがいるからな」


 貨物室の扉が閉ざされ、視界がまた暗闇に包まれる。

 私は早まる鼓動を落ち着けるように、深く呼吸をした。


(……大丈夫。壱丸がきっと、善のところまで走ってくれているはず)


 私がさらわれたと知れば、善は絶対に動いてくれる。

 きっと、最善最速の方法で、私を迎えに来るはずだ。

 それまでに、私もできる限りのことをしなければ。

 私は体を起こして、扉の小窓から外の様子を窺った。


(……見張りを男にしたのは間違いだったわね、叔父様)


 私はほくそ笑みながら、外に立つ見張りにかける言葉を、じっくり考えた。

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