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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
四章 骨董姫と最強の付喪神
32/40

(32)鏡の主

 俺の初代の持ち主は、鳶職とびしょくの若者だった。

 血の気が多く、義理人情に厚く、曲がったことが大嫌いで、しょっちゅう誰かと喧嘩をしては新しい傷をこさえてくるような男だった。

 世の不条理や横暴に真っ向からぶつかり、生傷の絶えない毎日を送っていたこの男は、武士と喧嘩になった末に斬り殺された。

 世に虐げられた弱者のために抗った、血気盛んな若人――その気質が、自我を得た俺の性格にも反映されたのだろう。

 俺という付喪神は、怒りという感情にどうしようもなく惹き付けられる、そんな性質だった。



 初めて玉樟の花魁道中を目にした時、真っ先に感じ取ったのは怒りだった。

 理不尽なこの世に対する、強い怒り。

 玉樟は、怨念の炎を絶えず燃やしながらも、妖艶な微笑で見事に隠していた。

 怖気がするほど艶やかな花魁道中に見とれているうちに、俺はいつの間にか笑っていた。

 

 ――あァ、この女だ。次の主人はこの女がいい。

 ――この女に使われたい。

 ――この女に利用されたい。

 ――この女の道具になりたい。


 自らの美貌で目の前の男を篭絡し、利用しようとする玉樟花魁。

 世に怒り、それでも必死にあがこうとする彼女が、俺にはなにより美しく見えた。


 綺麗事を言うつもりはない。

 俺が抱いているのは、人間らしい忠誠心や正義心などでは断じてない。

 ――道具としての本能であり、付喪神としての欲望。

 俺は自分の欲望を満たしてもらうために、珠希に近づいた。


 *


 麗華を現実に戻した後、珠希はしばらく何も言わないまま、俺に身を預けていた。

 疲弊したのだろう――激しい感情は、よくも悪くも消耗する。

 まして、珠希は聡明な両親に愛されながら育った、生粋の令嬢。

 ここまで過酷な運命に苛まれてきたとはいえ、本来は喧嘩にも復讐にも向いていない性質だ。


「……珠希。休んでいるところ悪いが、もうひと山ありそうだ」

「え?」


 俺は珠希の背中をそっとさすりつつ、崩壊した庭の一角――薔薇のトンネルの方向を睨んだ。


「おい、“お前さん”。もう隠れる必要はねェだろう。ここいらで腹を割って話し合わないかィ?」


 俺がトンネルの中に潜んでいる“彼女”に呼びかけると、相手はあっさりと姿を現した。


「お母様……!?」

「……の偽物さんですよね??」

「違ェよ、二人とも。そいつァ“実像(ほんもの)”だ」


 途端、俺たちの目の前に現れた“珠希の母”の姿が、ぐにゃぐにゃ歪みはじめる。

 湾曲した鏡の像のように歪んだ姿は、三秒後には十五歳くらいの西洋人の少女に変わっていた。

 淡い水色のドレスをまとったその風貌は、今からちょうど百年ほど前を生きていた、遠い異国の令嬢のようだった。

 少女は白銀色の髪を揺らし、硝子細工のような碧眼で俺を見ながら、


「やっぱり。貴方は最初から気づいていたのね」


 と、特に驚いたり感心したりする様子もなく言った。


「ど、どういうことですか、しゃちょー? 偽物なのに本物って……ぼく、頭がこんがらがっちゃいそうです……!」


 困惑気味に尋ねる壱丸に、俺は答える。


「この世界に登場する脇役どもは、いわば精巧な造りの人形。

 珠希を迎えた両親も、麗華をもてはやしていた連中も、物語の主人公を取り囲む“舞台装置”――ようは都合のいい、本物そっくりの偽物だ」


 俺も珠希の両親に話しかけられたときは、つい自然に返事をしてしまっていた。

 目の前のそれが本物ではないと、頭では分かっていたのに――それでも、本当にそこに存在していると錯覚していた。

 それくらい、あの偽物たちはよくできていた。


「この嬢ちゃんは最初から、偽物の中にこっそり紛れ込んでいたんだよ。

 “珠希の母親”として脇役を演じながら、ずっと俺らを見ていたのさ」


 俺がそこまで言い切ると、少女はさっぱり諦めたように、ふう……と息を吐いた。


「ご明察のとおりよ。よく気づいたわね。私が虚像ではなく、実像だって」


 あまりにも淡白な表情と、抑揚のない声で俺を褒め称える少女。

 お世辞なのか本心なのかよく分からないが、とりあえずは称賛として受け取ることにする。


「“珠希の母親”だけは、他の虚像たちと違って明確に霊力の波を感じたからな。

 その時点で怪しんでただけだ。

 妙な動きを見せたら即締め上げてたよ」

「怖いことを考えるのね、お兄さん」

「俺ァ珠希を守る立場なんでな。

 それに、嬢ちゃんはいわくつきの品だ。

 一瞬だって油断はできねェよ」

「そういう貴方も、桁違いの霊力を宿しているみたいだけど……?」


 不思議そうに首を傾ける少女。

 けれど、今は俺のことなんてどうでもいい。


「どうして、珠希を鏡に引き込んだ?」


 俺はじっと少女を見据えながら、問いただした。


「珠希様に麗華の居場所を教えてと言われたから、案内しただけよ」


 俺の問いかけに、少女はやはり淡々と答えた。

 一番気に食わない反応が返ってきたので、少し語調を強めて、さらに問いただす。

 

「なら、あの茶番はなんだ? 親を失った珠希に、あんな光景を見せる必要があったのか?」

「……それについては、深くお詫びするわ」


 すると、無表情を貫いていた少女は、ここで初めて表情を変えた。

 眉根を寄せ、目を伏せ、唇を小さく噛みしめて――少女は深く頭を下げる。


「ごめんなさい、珠希様。私はただ、貴方を慰めたかった。

 貴方の心の傷を、少しでも癒せるならと思って……でも、それが却って貴方の心を抉ってしまった」

「あァ。全くもって軽率な行動だったな」

「ちょっと、善」


 容赦なく追及する俺を、珠希が咎める。

 けれど、俺だって珠希の心を傷つけられては黙っていられない。

 それが善意からの行動であったなら、なおさらだ。


「お前が無用な情に任せて力を使ったおかげで、珠希はこの世界に囚われるところだったんだ。

 道具ごときが私情で動くな、だからお前はいわくつき扱いなんだよ」

「……返す言葉もないわ」


 俺自身、少女に対して説教くさいことを言っている自覚はある。

 しかし、付喪神としては、彼女の行動を見過ごすことはできなかった。

 道具が主人を傷つけるなど、あってはならない話なのだから。


「大丈夫よ、私は怒っていないから」


 けれど、珠希の反応は穏やかだった。

 一歩前に出て、珠希は少女に微笑みかける。


「……確かにつらい思いはしたけれど、両親とは何も言えないままお別れしちゃったから。

 貴方のおかげで、形だけでもきちんとお別れができたわ。ありがとう」

「珠希様……」


 少女の青い瞳が揺れる。


「もうひとつ教えて。麗華を攫った理由は?」


 珠希が抑えた声で問うと、少女は


「……憎かったから」


 と、少し俯きながら、どこか薄ら暗い表情で答えた。

 

「どうしても許せなかったの。だってあの子は、()()()()()()()()()()()の愛娘なんだもの」

「…………お父様たちを、殺した?」


 唇が震えているのだとわかるほど、珠希の声はか細かった。

 そっと彼女を窺い見れば、横顔からでも目が大きく見開かれているのが分かった。


「本人たちがそう言っていたの。

 三倉家の家督を乗っ取って、蔵の中にいた家財わたしたちを売り払うって時に、こっそりとお話していたわ。

 そこの子犬ちゃんは別の場所に保管されていたから知らないと思うけど」


 壱丸は珠希のそばに体を寄せつつ、尻尾を丸めてぷるぷると震えている。

 俺も、無意識に奥歯をギチギチと噛み締めていた。

 少女はほんの一瞬、逡巡しゅんじゅんしたように目を伏せたが、やがて珠希をまっすぐ見つめて、問いかけた。


「珠希様。貴方には真実を知る権利がある。

 けれど、私が見聞きしたことは、貴方の心を容赦なく踏みにじるものよ。

 ……それでも、真実を知りたいという意志はある?

 覚悟はある?」


 沈黙が重い。

 聡い珠希のことだ――両親の死の不可解さには、彼女もとっくに気づいているに違いない。

 けれど、これは単なる想像との答え合わせではない。

 突き刺さるような、強い衝撃をもたらす事実が潜んでいる、ということだ。


「……あるわ」


 珠希は拳を固く握りしめて、静かに答えた。


「いいのかィ、珠希。見たら立てなくなるかもしれねェぞ」

「いいえ、立つわ。ここで立てなくなるようじゃ、望みを叶えるなんてできないから」


 思わず懸念を示す俺にも、珠希は毅然として答えた。


「お願い、教えて。全て受け止めるわ」

「……分かった」


 少女は頷いて、合図をするようにスッと手を挙げる。

 すると、崩壊した庭の風景が、瞬く間に暗闇に沈んだ。

 まるで舞台上の全ての照明を、一斉に落としたかのように。

 間髪入れず、暗闇に楕円形の銀幕がパッと現れ、白黒の映像が投影された。


「私が鏡の中から聞いた会話よ」


 少女が映像を見るように、銀幕を指し示す。

 カウントダウンと共に流れはじめたのは、若かりし頃の統二郎夫妻の姿――珠希の幸せが壊れる、その直前の光景だった。

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