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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
三章 骨董姫と虚飾の鏡
31/40

(31)楽園の終わり

「がっはっはっはァ!! そらそら、逃げろォ! 全員喰っちまうぞォ!!」


 善の猛獣のような咆哮が響き渡り、優雅なお茶会は地獄と化していた。

 爆竹をそこら中にばらまいたかのように、火花が激しく散り続ける。

 火花をまともに浴びた青年たちは、情けない悲鳴を上げながら次々消えていく。

 それでも何人かは勇敢に立ち向かってきたけど、善はその何倍も強い。

 向かってくる青年たちを片っ端からちぎっては投げ、ちぎっては投げ、豪快すぎる大立ち回りをしていた。


「しゃちょーってこんなに強かったんですねぇ……初めて知りました……」


 壱丸は今まで社長としての善しか見たことがなかったのかもしれない。

 台風のように暴れ回る善を目で追いつつ、私の腕の中でぷるぷると震えていた。


「多分、あれが本来の善なんでしょうね……」


 社長として振る舞っていた善を思い浮かべると、彼の自制心がいかに優れているかがよく分かる。

 喧嘩煙管としての本領を発揮している彼の朱色の目は、爛々と輝いていた。

 私は今更ながら、とんでもない物を所有していたのだと気づかされた。


「貴方たち、何とかなさい! 殿方ならわたくしを守るのは当然でしょ! わたくしを置いて逃げるなんて恥ずかしいと思わないの!」


 善によって理想郷が荒らされていく中、火元から少し離れたところで麗華が泣き叫んでいる。

 青年たちを盾にしながら逃げ回るその姿には、お姫様らしい優雅さや気高さなど欠片も感じられない。

 整った顔は恐怖に歪み、髪もドレスも乱れ、酷い姿になっていた。


(こんな状況になっても、自分だけは守られて当然だと思っているのね)


 いかにも温室育ちの彼女らしい、と私は心の中で軽蔑した。

 蝶よ花よと愛されて、外敵からも当たり前に守ってもらえる、お城の外を知らないお姫様。

 周囲から甘やかされ続け、世間の荒波に揉まれることも一切なく、教え諭してくれる人にも恵まれなかった、可哀想な人。

 だからこそ、彼女はなにも想像できなかった――否、今も想像できずにいるのだろう。


「わたくしが何をしたって言うのぉ!? どうしてわたくしがこんな目に遭わなきゃいけないのよぉ! わたくしはなんにもしてないのに!」


 自分が誰かに憎まれていることも、その誰かによって自分の安全が脅かされる展開も。

 嫌われ者として虐げられ、常に悪意に晒されていた私とは真逆の存在だ。


(ああ、いい気味。貴方が少しでも利口で優しい人だったなら、私ももう少し優しく諭してあげたでしょうに)


 我ながら、ずいぶん性悪になったものだと思う。

 私は『麗華を説得して穏便に連れ出す』という選択肢を最初から捨てていた。

 あえて善という凶器を使い、『彼女の理想郷を完膚なきまでに壊し尽くす』という手段をとったのだ。

 美しい庭も、お茶の席も、可愛いお菓子もめちゃくちゃにされて、麗華は無様に泣き叫んでいた。


「は~ァ、スッキリしたァ!」


 煙がすっかり晴れた頃、お庭はもはや原型が分からないほど崩壊していた。

 美青年たちも一人残らず消えた中、善はただ一人、瓦礫の山の頂上で清々しそうに笑っている。

 麗華は跡形もなくなった理想郷の残骸を前に、がくんとその場に膝をついた。


「さ、麗華さん。楽しいお遊びはこれでおしまいよ。悪いことは言わないから、大人しく現実に帰りましょう」

「た、珠希ぃぃ……っ」


 麗華が恨めしげな顔で私のほうに振り返り、ギリギリと歯を食いしばっている。

 今にも殴りかかってきそうだったので、私は


「善、戻ってらっしゃい」


 と彼を呼び寄せた。

 善は即座に瓦礫の山を飛び降り、私の隣に着地する。

 私は麗華に見せつけるように、善の顎をご褒美とばかりに撫でてあげた。


「お疲れ様、善。いい働きだったわよ」

「カカ、お褒めにあずかり光栄、ってなァ」


 善もノリがいいので、猫のようにごろごろすりすり甘えてくる。

 ……虎の威を借る狐って、こういうことを言うのだろうか。


「いや……! わたくし、現実になんて帰らないっ! 帰りたくない!」

「往生際が悪いわね……」


 予想以上にしぶとくて、私はうんざりした。

 理想の世界を跡形もなく壊してあげれば、麗華は否応なく鏡から脱出することを選ぶと思ったのだが……。

 ここまでされても帰ることを拒否するなんて、よほど現実が嫌になったのだろうか。


「わたくしは愛されてしかるべきなのに、どうしてみんなわたくしを拒むの!?

 珠希でさえ百丸様を虜にできたというのに、どうして……どうしてわたくしのことを誰も花嫁にしてくれないの!?」

「暁斗さんは貴方と向き合おうとしていた、って善が言ったでしょう。

 受け入れようと歩み寄った彼を拒んだのは他でもない麗華さ――」

「暁斗さんはわたくしの婚約者に相応しくないわ! わたくしを否定する殿方なんて必要ありませんもの!」


 どこまでも幼稚に駄々をこねる麗華に、私はいい加減嫌気が差していた。

 さてどうしたものか……と次の手段を考える私を、麗華は鬼の形相で睨む。


「許しませんわよ、珠希……! わたくしを虐げた罪、必ず償わせて……!」

「虐げた? 笑わせないでよ、阿呆らしい」


 私を幾度となく虐待してきたくせに、この程度のしっぺ返しで被害者ヅラをして泣き喚くなんて。

 ちゃんちゃらおかしくて吐き気がする。


「虐げるっていうのはね、こういうことを言うのよ」


 私は壱丸を善に預けてから、麗華の髪を鷲掴みにして、容赦なく引っ張り上げた。


「痛ぁい! 痛い、痛い! 離してぇ!」


 麗華はきゃんきゃんとつんざくような金切り声で喚く。

 私はそれを無視して、右に左に引っ張り回してやった。

 すると、麗華はますます大きな声で泣き叫ぶ。

 耳が痛くなってきたので、


「うるさいわね、喚かないでちょうだい」


 と、私はそのまま麗華の頭を思いきり地面に叩きつけてやった。


「どう? 貴方が小さい頃の私にしたことをそのまま実演してみたのだけど。

 言うことを聞く気にはなった?」

「珠希ぃぃっ! お前、お前ごときが、わたくしの髪に無体を――」

「口答えしないで」

「きゃっ!?」


 まだうるさく喚くので、さらに平手打ちを加えて黙らせる。

 再び地べたに這いつくばる麗華。

 私を見上げる麗華の目が、大きく見開かれている。


「っ、お父様ぁ! お母様ぁ! 助けてよぉ! 珠希が私をぶったの! 早くお仕置きして!!」


 麗華は自分の両親を呼び、悪い子はここだと言わんばかりに私を指さす。

 まるで子供だ――何かあればすぐに親にお仕置きしてもらおうとする姿勢も、まったく成長していない。


「だって。善、貴方ならどうする?」

「なに、変わらねェよ。全員ボコボコにして珠希を守る。それだけだ」

「ハナマルよ。本当に優秀な道具ね」

「ひぃっ……!」


 麗華は今まで叔父たちの富と地位に守られていた。

 勉強をサボって酷い成績を取っても、ご学友を虐めて訴えられても、先生に厳しいお叱りを受けても。

 娘に甘い叔父たちが全てなんとかしてくれていたから、今まで無事だったのだ。

 けれど、今はもうあの時と同じ状況ではない――私は最強の道具を、善を手に入れたのだ。

 どんなに親の後ろ盾が強かろうと、圧倒的な力の前ではすべてが無意味――麗華はようやくそのことを理解したようだった。


「安心なさって、麗華さん。今の貴方に、これ以上の乱暴をするつもりはないわ。

 だって、あまりにも哀れで惨めなんだもの。

 早く現実のご両親のもとへ帰って、慰めてもらいなさい」


 私はいかにも悪役らしい邪悪な微笑みを麗華に向けつつ、耳元でそっと囁いた。


「ただし、貴方は既に私の恨みを買っている。そのことだけは覚えておいて。

 次に私の気分を損ねるような真似をしたら……今度は悲鳴すらあげられない体にしてやるから」

「ぁ……」


 戦意を喪失した麗華は、真っ白な顔でバタンと倒れ、そのまま気絶した。

 どろんと煙を立てて、麗華の姿が消える。


「……疲れた」


 やっと決心がついたか、と私は深いため息をつく。

 正直、仕返しとしてはまだまだ物足りないが、これ以上麗華を傷つけては暁斗さんにも面目が立たないので控えた。


(まあ、順当に行けば叔父も叔母も先に亡くなるし、どうせ麗華は破滅するわよね)


 目的は達成したのだし、今日のところはこれでよしとしよう。

 私はぐぐっと伸びをし、深く息を吸い込む。

 すると、変化していた私たちの服装がもとの着物姿に戻った。


「あー、やっと戻ったぜ。洋服はキツくていけねェや」

「はー、やっぱりいつもの格好が一番ですねぇ」


 窮屈な軍服から解放された善が、腕や首をグルグル回している。

 壱丸も全身をブルブル震わせ、後ろ足で首の辺りをバリバリ掻いていた。


(復讐できたとはいえ……やっぱり、あんまりいい気分じゃないわね)


 麗華をけちょんけちょんにして少しはスッキリするかと思ったのに、私の胸は依然として濁ったままだ。

 川底に溜まった澱のように、暗い影が私の奥底にわだかまっている。


「珠希。大丈夫かィ」

「!」


 無言で立ちつくしている私の顔を、善が覗き込む。

 私はなんでもないように笑って取り繕った。


「大丈夫よ。ありがとうね、付き合ってくれて」

「礼を言うのは俺だ。暁斗のために体張ってくれてありがとうな」


 善が私の手を握る。

 途端、笑顔を形作っていた筋肉からひゅるんと力が抜けた。

 ああ、駄目だ──と思った。

 もう、平気なふりができない。

 私は善の温もりがもっと欲しくなってしまって、彼の胸に縋りついた。


「眠いか?」

「少しだけ」


 ラピスラズリの青色を見て自分を慰めつつ、私はぽろりとため息を零す。

 はて、私はこんなに疲れやすかっただろうか──ぼうっと考えていると、壱丸の目が心配そうに私を見つめてくる。


「珠希さま、大丈夫ですか?」

「大丈夫。……ちょっと疲れただけよ」


 やはり、怒ったり憎んだりするのは嫌いだ。

 こうなることが分かっていたから、私は麗華に会いたくなかったのだ。


「……ねえ、善。私、少しは前に進めたかしら」


 ふと、そんな言葉が私の口を衝いて出た。

 私が突然変なことを言ったものだから、善は少しだけ驚いていたけれど、やがて私の額に労いのキスを落としてくれた。


「あァ。よくやったよ、珠希」

 

 私は重たいまぶたを閉じて、しばらくの間、彼の言葉を大事に噛み締めた。



 三章『骨董姫と虚飾の鏡』・了

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