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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
一章 骨董姫と喧嘩煙管
3/40

(3)身の上話

「……そうね。名前だけなら、明かしてもいいかしら」

「名前?」

「ええ。私の本当の名前は――三倉みつくら珠希たまき


 百丸様の灰色の瞳がほんの一瞬揺れた。

 そして、息を飲む音が静かに座敷に落ちた。


「……三倉って、財閥の三倉かィ?」

「そのとおり。けれど、私にはもう何の関わりもないわ」


 私は目を伏せつつ、自虐的に笑う。


「……現当主の名は三倉統二郎(とうじろう)だったか。あれァ、アンタの親父さんか?」

「いいえ。叔父よ」

「叔父、か」

「ええ。もともと当主になるはずだったのは、私の父だったの。

 でも、親戚の葬儀に向かう途中の別荘で火事が起きて、母と共に亡くなってね。

 気づいたときには、すべてが叔父たちのものになっていたわ」


 百丸様は何も言わず、ただ眉間に皺を寄せた。

 細められたまなじりは、まるで鋭い刃物のようだ。

 そんな彼に、私は他人事のように語る。

 

「お金も、家も、家財も、みんな叔父夫婦の“所有物”になったわ。――私も、その一部として扱われたの」

「……それで、アンタは売られたってことかィ」

「そう。けれど、悪いことばかりじゃなかったわ。

 あの家で飼われていた頃よりも、ここはずっと自由だし……軟弱だった心身を鍛えるにもいい機会だった」


 百丸様は眉間の皺をふっと緩め、小さく笑った。


「カカ、気骨のあるこった。なにもかもを奪われて、それでも笑える女はそうそういねェ。実にイイ」

「笑ってないと、やってられないのよ。そうでなければ、叔父たちに売り払われたあの子たちを、取り戻せないから」


 細い煙が私たちの間を漂う。

 その向こうで、百丸様の瞳が私をじっと見据えている。


「あの子たち、ね」

「ええ。幼い日の私を育んだ、骨董棚の友人よ」


 すると、百丸様は何かを思案するように黙り込んだあと、再び煙管を手に取った。

 手の中でくるりと回して、彼は言った。


「なら、アンタのその運命、一つ俺に賭けてみねェか」


 不意に落とされた言葉に、私は三味線を爪弾く手を止めた。

 

「……賭ける? というのは?」

「俺にアンタを身請けさせてくれ、って言ってんだよ」


 ――夢にまで見た言葉だった。

 回りくどい彼の言葉にしては、いつになく直球だ。

 声はいつもの軽さを帯びたままなのに、真剣味だけが増している。


「……百丸様、本気で仰っているの?」

「本気も本気よ。俺の懐と心、どっちもアンタの望みのために空けとくつもりだ」

「またそうやって軽々しく言うのね」

「重々しく言ってるつもりなンだがな、これでも」


 私は左手の中で三味線のばちを転がしつつ、次の言葉を探す。

 この男の真意を引き出すべく、的確な言葉を探す。


「どこを掘っても秘密だらけの男に、この身を賭けろと言うの?」

「おうとも」

 

 百丸様はにやりと笑い、煙が立ちのぼる火皿で私を指す。


「もちろん、タダでとは言わねェ。身請けに応じてくれんなら、アンタにだけ俺の秘密を差し出してもいい」

「それは、私が得する秘密なのかしら?」

「もちろん。俺もアンタも得をする」

「ふうん。どんな秘密?」

「そうさね、俺の素性に関わる秘密さ。そっから先は、身請けした後のお楽しみ」


 百丸様は口角を吊り上げ、灰色の瞳でこちらを見た。

 その目の奥に、ふと炎のような朱色が見えた気がした。 


「焦らすのが上手いのね。意地悪な人」

「アンタほどじゃねェさ、玉樟」


 私の胸の奥で、鼓動がひとつ強く鳴った。

 身請けしたい、なんて幾度も聞いてきた口説き文句だけど――なぜか、彼の言葉だけは違って聞こえた。


「夢を売って生きている遊女に、身請けの夢を見させる覚悟――きちんとあって?」

「あァ。アンタと運命を共にできるなら、俺ァすべてを賭けられる。後悔はさせねェさ」


 私は少しだけ迷ってから、手にしていた三味線を傍らに置き、百丸様のほうへ静かに身を寄せる。


「……その賭け、受けてもいいわ。貴方といれば、地獄に堕ちても笑っていられそうだもの」

「カカカッ、まったくお前さんらしい理由だよ」

「だから」


 私はあえて言葉を切って、彼の胸へとしなだれかかった。

 百丸様の体がほんの少し、ピクリと動いた。


「もう少しだけ、溺れさせて。もう少しだけ、貴方の夢に浸りたいの」

「……あいよ、分かったさ」

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