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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
三章 骨董姫と虚飾の鏡
29/40

(29)麗華の理想郷

 さらに森の奥深くへと進んでいくと、草のない丸坊主だった道が、整備された石畳の道に変わる。

 秋の野薔薇がそこかしこに現れ始めたところで、私たちはようやく開けた場所に出た。


「あれは……西洋式のお城?」


 目の前に現れたのは、カラフルな絵本の挿絵をそっくりそのまま再現したような、立派な西洋式のお城だ。

 手前には美しい花々で彩られた洋風のお庭が広がっていて、ここ一帯だけが錦花郷から隔絶されているかのようだった。


「似たようなものを絵で見たことがあるけど、どこの国のお城かしら……統一性がいまいちないというか」

「中世頃の西欧諸国の城を真似たんだろうが……国も年代もバラバラだな。詳しくは分からんが」


 色とりどりの薔薇で飾られたアーチをくぐれば、真っ白に磨かれた乙女の像の噴水が私たちを迎える。

 ……心なしか乙女の像の顔が麗華に似ているような気もするが、あまり深く考えるのも嫌なので見なかったことにする。


「……待て、見張りだ」


 突然、善がそう言って近くの茂みに私を引き込む。

 草の隙間からそっと庭の向こうを覗くと、洋風の石造りのお城を守るように、重厚な門が構えている。

 門の前にはまるで兵隊のような門番が立っていて、周囲に目を光らせていた。


「珠希の世界が珠希の頭の中にある情報で構築されていたのを踏まえると、ここは麗華嬢の頭の中身で構築された世界なんだろうな」

「そうね。麗華は洋風のものが大好きだから」


 新し物好きの麗華は、西洋から流れてくる目新しい文化やハイカラなものが大好きだ。

 だからなのか、中世の貴族の華やかな暮らしにも憧れていたのだと思う。

 私が叔父夫婦にこき使われていた頃、麗華は素敵なドレスを着てお客様を出迎えたり、友人を招いてお茶会を開くことが頻繁にあったから。


「……珠希。こんな時になんだが、あのご令嬢のおつむは大丈夫なのか?」

「残念ながら、大丈夫とは言い難いわね」


 私の感覚として、麗華は短慮な振る舞いが多い。

 叔父のところで働かされていたときは、麗華の成績簿を見た叔母が「学校に抗議してくるわ!」と鼻息を荒くしている光景も何度か目にしたし、

 今思えば女学校時代から少なからず難があったのだろう。


「どうしてそれを聞くの?」

「あれを見てみな」


 善は軽蔑と憐憫(れんびん)が入り混じる表情を浮かべながら、ある方向を指さす。


葡萄(ぶどう)や林檎の実が花壇の草から生えてるだろう?」

「うわあ……」


 私はあまりに間抜けすぎる花壇の光景にめまいがした。

 チューリップのお花が咲く部分から、林檎や葡萄がそのままにょきっと生えてきたような見た目の植物が、花壇に沢山植えられているのだ。

 もはや世間知らずどころの話ではない。

 学校教育が完全に敗北を喫した、嘆かわしい光景といえる。


「今年で二十八だろ、あの女。なに食ってたらこんなトンデモ植物ができあがるんだよ」


 表情豊かな善の表情が死にきるのもむべなるかな、私も彼女の頭がここまで酷いとは思わなかった。

 こんなトンデモ植物があの女の頭の中から生み出されたのかと思うと、同じ血が流れている者として情けなくなってくる。


「憧れは強かれど、知識は置いてけぼりってところかしらね……」


 こんなめちゃくちゃな世界観になっているのは、うわべだけの強い憧れと、背景知識の不足という矛盾性にあるのだろう。

 これが一丁前の財閥令嬢ではなく、幼い子供の描く可愛い夢だったならどんなによかったか……と私は頭痛を覚えた。


「どうする? 正面突破は難しそうだけど……」

「大丈夫ですよ。麗華様はお城の中ではなく、裏手のほうにいるみたいですから」


 壱丸は「こっちです!」と小声で言うと、私たちを脇道に誘導した。

 お城を囲う防壁の近くまで来ると、ちょうど見張りの目の届かない場所に小さな抜け穴があったので、壱丸に続いてこっそりくぐり抜ける。

 すると、どこからか紅茶のいい匂いが漂ってきた。


「どうやら、お茶会の真っ最中のようですね。話し声がしますよ」


 壱丸はお城の裏手側へどんどん進んでいく。

 鍵のかかっていない鉄柵を難なく通過し、薔薇のトンネルの手前までやってくると、

 ようやく私の耳にも複数の人が談笑する声が聞こえてきた。

 やたらと男性の声が多い気もするが、じっと耳を澄ませていると、確かに麗華のものらしき高い声も聞こえてくる。

 トンネルを抜け、薔薇が咲き誇る裏庭へと出ると、すぐさまテーブルの奥から


 「まあ! 百丸様ではありませんか!」


 と、麗華の甲高い声が飛んできた。


「……麗華嬢?」


 先頭を歩いていた善はきゅっと眉をひそめ、首を傾げている。

 それもそのはず、目の前の麗華は現在よりも十年ほど若く美しい見た目になっていた。

 絹のような黒髪は金髪に変わり、桃色のドレスで優雅に紅茶をすする姿は、おとぎ話のお姫様もかくやと言わんばかりの絶世の美少女だ。

 ……胸が無駄に大きいのと、谷間の線がきわどいところまで露出しているのが少々気になるが。


「無礼者! 麗華様から招待されていない人間が、彼女の庭に気安く踏み入るんじゃない!」

「そうだ、帰れ! 麗華様の憩いの時を邪魔するな!」


 やいのやいのと私たちに帰るよう促すのは、麗華の周囲を囲う青年たちだ。

 全員が美形と言える顔立ちで、善と同じような王子様然とした格好をしている。

 善は彼らの顔をさっと確認するなり、やれやれとかぶりを振った。


「おいおい。あそこにいる奴ら、どいつもこいつも上流華族や有名企業のご令息ばっかりじゃねェか。現実じゃ結婚しているか、婚約者がいたはずだが……」

「なに考えてるのよ、あの女は……」


 この世界では伴侶の有無など関係なく、みんなが麗華とお近づきになっているようだ。

 倫理もへったくれもあったものじゃない。


「あらあら、貴方たち。そんなに怒らないで。間違いは誰にでもあるものよ」

「す、すみません、麗華様」

「さすが麗華様、お心が広いのですね!」


 私のことには度々目くじらを立てて責めていた女が、美青年たちの前では聖母のように振る舞っているなんて、阿呆らしくて仕方がない。

 けれど美青年たちはそんな彼女を崇拝するかのように熱視線を向けている。

 さらには彼女に貢ぎ物をしたり、手にキスしていたり、髪に触れていたり――見ているだけで気持ちが悪かった。


「百丸様はわたくしに会いたかったのでしょう? だから我慢しきれずに自分からやってきてしまったのね。いいですわ、特別に歓迎いたしましょう!」


 謎の上から目線で善を勝手に許す麗華。

 都合のよすぎる解釈に、私はつい白目を剥いてしまいそうになる。


「百丸様はなにをお望みですの? 今なら特別に美味しいお菓子と、わたくしとのお喋りの時間を設けますわよ」


 麗華は私たちの心境など欠片も察することなく、善を甘ったるい声で誘惑しようとする。

 取り繕うことを忘れた善の顔は、完全に引きつっていた。


「もしや、お前も麗華様の花婿の座を狙って……」

「ふざけるな、麗華様の婿になるのは僕だ!」

「違う、私だ!」

「俺だ!」


 まるで見当違いなことを騒ぎ立てる美青年たち。

 ここは麗華の理想郷なので、ここにいる彼らも偽物なのだろう。

 だとしても、麗華を巡って言い争う様は見ているだけでつらいものがある。


「んもう、いいじゃないの。せっかくだし、みんなで仲良くしましょうよ。ね、百丸様?」


 可愛い笑顔でお茶目に振る舞う麗華。

 そんな彼女の周りでしきりに騒ぐ美青年たち。

 あまりに混沌とした状況にとうとう我慢できなくなったのか、善は


「だあああああ! うっせェ、しゃらくせェ、面倒くせェ!! やってられっか、こんな茶番!」


 と絶叫し、頭に乗っていた王冠をむしり取って勢いよく石畳に叩きつけた。


「誰が好きこのんでてめェに会いに来るか!! 俺ァ珠希ひとすじなんだよ!!」


 善はそう言いながら傍らの私にぎゅっと抱きつき、麗華たちに主張する。


「お前、麗華様になんて口を利くんだ! 謝罪しろ!」

「貴様、この茶会に女を連れてくるとはいい度胸だな……」

「麗華様から特別に歓迎されるなんて、男としてこれ以上ない名誉だというのに……!」


 美青年たちが相変わらず野次を飛ばしてくる中、麗華はようやく私の存在に気づいたのか、まるで虫の死骸でも見つけたかのような目で睨んできた。


「どうして貴方もいるの、珠希? みすぼらしい小娘がよくもわたくしのお城に来られましたわね。しかも抱えている小汚いぬいぐるみはなあに?」

「私だって来たくなかったわよ、こんな場所……」


 どうやら麗華の理想郷とは、『三倉麗華が誰からも賞賛され、恋慕され、お姫様のようにちやほやされる世界』らしい。

 そんな世界に私や壱丸はお呼びではないのだろう。

 だからこの場に相応しくない汚いお仕着せや、おどけた道化師のような格好をさせられたのだ。


「百丸様、そんな小娘にかまっていないでこちらへいらして? わたくしのほうが百倍いい女だって教えてさしあげますわ。さあ」


 麗華はパッと腕を広げ、開いた胸元をさらに強調する。

 だが、善はしかめっ面で、


「断る。そんなに気安く乳を見せるやつはいい女じゃねェ」


 ときっぱり拒否していた。

 無駄に大きくなった麗華の胸がぷるんと揺れていて、さすがの私も下品な印象を受けた。

 こんな品性も恥じらいも感じられない迫り方と比べれば、花魁をしていた頃の私のほうがまだ慎み深かったことだろう。

 善は私を庇うように一歩前に出て、麗華に向かって叫んだ。

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