(25)分析
お疲れの暁斗さんに夕食を振る舞い、ぎこちなかった空気も少し和らいだ頃、
十分ほど書斎にこもっていた善が封筒を携えて出てきた。
「暁斗。タクシーを呼んどいたから、今日はそれに乗って家に帰りな。
お前は麗華嬢のことが気がかりだろうが、親御さんは何よりお前を心配してるだろうからよ」
「善一さん……でも、貴方がたに任せきりにするわけにはいきません。僕にもなにか協力させてください!」
暁斗さんはそう言って、頑なにその場を立とうとしなかった。
きっと正義感も責任感も強い性格なのだろう。
しかし、暁斗さんは麗華を連れ戻すために、これまであちこちを奔走していたはずだ。
いい加減に休まなければ彼が潰れてしまう。
「鏡のことについては、明朝までに私たちが調べておきます。焦る気持ちは分かりますが、今は少しでも体を休めてくださいな」
「珠希さん……」
「代わりに、お前に一つ頼みがある。こいつをお前の親父さんに渡してくれ」
善はそう言って、手に持っていた封筒を暁斗さんに手渡す。
手紙にしては大きいので、仕事かなにかの書類だろうか。
やけに分厚い気がするけれど……。
「中に書状を入れてある。親父さんに渡す時、必ず読むように伝えてくれ」
「? 分かりました。では、お預かりします」
「よろしく頼んだぜ」
しばらくして迎えのタクシーが来ると、暁斗さんはすっかり傷だらけになった革靴を履き、丁寧に頭を下げた。
「本当にありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、どうかお願いします」
「あいよ、任せな」
「お気をつけてお帰りください」
暁斗さんが乗ったタクシーを見送り、家の中に戻って、善と私は示し合わせたように目配せし合う。
「さて、早速調べるとするか」
「ええ、急ぎましょう」
部屋に戻り、暁斗さんから預かった鏡を改めて見てみる。
「壱丸。この鏡はお父様の蒐集品の中にあった物かしら? 私、実家でこの鏡を見た記憶がなくて」
三倉家の家財のことについては、記憶が風化している私よりも仲間だった壱丸のほうが詳しいだろう。
壱丸は私の質問に、シャキン! と背筋を伸ばして答えた。
「はいっ、間違いありません! それは『虚飾の鏡』と呼ばれる物で、お父さまの蒐集品の中でもいわくつきの品なんです!」
「いわくつき?」
壱丸は机に置かれた手鏡を覗き込んで、説明を続ける。
「なんでもこの鏡には、覗いた人が最も望む姿を見せてくれるという逸話があるんです。
実際、この鏡を覗いた人の中にも、実際以上に外見が美しく見えたり、若返っていたりしたという人がいたらしくて……
ですからお父さまは、他の蒐集品とは別の場所で保管されていました。
珠希さまに記憶がないのも無理はないかと」
「ふうん。私が話したことのない家財だったのね」
つまり、この鏡は憧れの自分を見せてくれる鏡ということだ。
麗華が飛びついたのも頷ける。
古いものが嫌いな彼女がアンティークでもいいと欲しがったわけだ。
「麗華嬢はこの鏡に映った自分に夢中になっていた、ってのは間違いなさそうだな。それなら、他の鏡を嫌がったことにも説明がつく」
「この手鏡を手放せなかったあたり、普通の鏡に映った本来の顔を受け入れられなくなっていたのかもね」
思えば、麗華は美容にもかなり気を遣うほうだった。
新しい化粧品はなんでもすぐに試すし、いつでも髪や肌の調子を気にしていた。
おめかしすればそれなりの美女に化けるが、すっぴんは綺麗とも言えない顔なので、余計気になってしまうのだろう。
見た目を過剰なほど気にしているのは、本来の自分に対する劣等感の裏返しとも言える。
「……ということは、この鏡は麗華みたいに鏡に夢中になった人を吸い込む性質がある……ってこと?」
「いわくつきの品なら十分ありうるな。
都合のいい人間に自分を使わせるよう仕向けるのも、人間が離れていかないよう自分の手中に取り込もうとするのも、たまに聞く話だ。
その鏡にゃよほど霊力の強い魂が宿っているんだろう。俺や壱丸と同じ付喪神になってる可能性が高い」
「なるほどね……」
となれば、私の力で鏡の付喪神と意思疎通ができるかもしれない。
モノダマよりもはっきりとした自我を持っている分、注意は必要になるが……。
「どう、善? こっちの像と実物で何か違うかしら?」
試しに私も鏡を覗き込みつつ、善に尋ねてみる。
すると、善は少し難しそうな顔になった。
「……ちょいと、いや、だいぶ違うかもなァ」
「嘘、どこが違うの?」
まさか、私も麗華のように鏡に引き込まれてしまうのだろうか。
そうなったら嫌だなと少し恐怖を覚えていると、善は
「実物のほうが五割増しで可愛い」
と、無駄に真剣な表情で言った。
「……真面目におやり」
「イデデデデ!」
不安を感じさせてからのふざけた回答に若干ムカついたので、お仕置きで頬を軽くつねってやる。
善は私につねられた頬をさすりつつも、嬉しそうにヘラヘラしていた。
「珠希さま、鏡に話しかけてみましょう! 珠希さまやしゃちょーなら、何か答えてくれるかもしれません!」
「そうね、早くしないと」
私は壱丸の言葉に頷き、鏡を覗き込みながらモノダマたちと会話する時のように声をかける。
「『虚飾の鏡』さん、聞こえるかしら。私は珠希。教えてくれる? 三倉麗華はどこに行ったの?」
数秒待ってみるが、鏡はうんともすんとも言わない。
私はもう一度、はっきりと聞こえるように声をかける。
「『虚飾の鏡』さん。聞こえているなら教えてほしいわ。麗華はどこへ行ったの? 彼女を探している人がいるの」
また数秒待つが、やっぱり鏡は無言だった。
完全に会話を拒否されているか、あるいはラピスラズリの指輪と同じく、物静かな性格のモノダマなのかもしれない。
困った私は、隣でずっと鏡を注視している善を見た。
「どうしよう。反応がないと手の施しようがないわ」
「じゃァ、今度俺が話しかけ――」
突然、善が言葉を切った。
「鏡を離せ、珠希!!」
「え?」
私の体が動く前に――なにか、白い手のようなものが私の着物の衿を掴む。
少女のように細い手なのに、その力はとんでもなく強くて、私の体はあっという間に鏡のほうへ引っ張られる。
「珠希!!」
「珠希さまぁ〜っ!」
善の手がとっさに私の服を掴む。
壱丸が私の肩につかまる。
私の理解など及ばないまま、少女の手は私たちを丸ごと引きずり込んだ。




