(24)嘆願
「うちの会社は最近経営が厳しくて、このままだと倒産してしまうかもしれないんです。
だから、麗華さんと結婚することで、三倉財閥から融資を受ける予定でした」
暁斗さんは土下座した姿勢のまま、涙をこらえるような声で、麗華と婚約するに至った経緯を語り始めた。
彼の父が経営する千代沢産業は、同業他社との競争が激化したことで経営不振に陥ったこと。
優秀な社員も他社に流れてしまい、このままでは会社が倒産しかねないこと。
残った社員を守るため、三倉財閥から融資を受ける代わりに、麗華と婚約したこと。
「父や兄たちからは、何度も謝られました。お前に望まない婚約をさせてしまったと。
……でも、僕が会社のためにできることは、これしかないから」
「難儀なこった。そんで先日――鏡を購入したことがきっかけで麗華に異変が起こり、行方不明になった、と」
「はい。麗華さんがこうなったのは、私が怪しい鏡を買い与えたせいだと、義父上からお叱りを受けました。
だから、明日の正午までにお前が責任を取って麗華さんを連れ戻してこい。
できなければ今回の話はなかったことにさせてもらう、と……言われたんです」
善が不快と言わんばかりに顔を歪める。
暁斗さんは震える声で、私に懇願した。
「お願いします、珠希さん! 僕にできるお礼があれば、なんでもしますから……!
だから、見捨てないでください……!」
藁にもすがる思い、とはこういうことを言うのだろう──私は彼の様子を見ながら、そう思った。
ただ麗華がねだった手鏡をプレゼントしただけで、こんな訳の分からないことになって。
不安と恐怖と責任感に押し潰されそうになりながら、必死にここまで走ってきたのだと思うと、さすがに怒る気も失せてしまった。
これはどうしたものか……と、私は頭痛を覚えた。
(……これで追い返したら、私も人でなしになっちゃうじゃない)
私は右手にはめたラピスラズリをしばらく眺め、気分を少し落ち着けてから、
「暁斗さん、顔をお上げください」
と、なるべく穏やかな声で暁斗さんに伝えた。
ゆっくりと上げられた暁斗さんの顔は真っ赤になっていて、目は涙でにじんでいた。
「……分かりました。麗華のためではなく、貴方がたのためでしたら、可能な限り力をお貸ししましょう」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、この件が解決したら、金輪際麗華と私を接触させないようにしてください。
それから、私が関与したことは麗華だけでなく、叔父と叔母にもご内密に。
この二点を守ってくださるのなら、協力いたします」
「はい、もちろんですっ! ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございますっ!!」
暁斗さんはもう一度、私に向かって頭を下げた。
それはもう、床板がゴン! と鳴るくらいの勢いで。
「いいのかィ、珠希。無理してねェか」
「ええ、大丈夫。善には、また迷惑をかけることになるかもしれないけど」
「気にしなさんな。道具は持ち主の意志に従うだけさ」
「……道具? ……あの」
私たちのやり取りを見ていた暁斗さんは、不思議そうに首を傾げながら尋ねてくる。
「善一さんと珠希さんって、ご夫婦……なんですよね?」
「ん〜? なんだィ、暁斗。お前さんの目には夫婦以外の何かに見えてるのかィ?」
「いえ、そんなことはないんですけど……」
「なに、俺が好きこのんで嫁の尻に敷かれてるだけさ。俺ァお座布団野郎だからよ」
「おざ……??」
善のぶっ飛んだ回答に、暁斗さんはぽかんと口を開けた。
なんてことを言ってくれるのだ、と私は善を思わず引っぱたきそうになる。
「アンタね、それじゃあ私が鬼嫁だって言いたいの?」
「そうですよっ! 珠希さまは鬼じゃありません!」
私と壱丸から同時に睨まれた善は、少し慌てつつも「まァまァ」となだめてくる。
「冗談だよ、冗談。お互いがぴったりハマるから連れ合ってるだけさ。それ以上でも以下でもねェよ。なァ、珠希?」
これならいいだろ? とばかりに善がぱちんと片目を閉じて笑いかけてくる。
まあいいか、ととりあえず頷いておくことにした。
「カカカ、釈然としねェみてェだなァ、暁斗?」
「はは……僕にはまだ理解するのが難しいみたいです……」
困ったように笑顔を浮かべる暁斗さん。
そんな彼の頭を、善は小さな子供にするみたいにくしゃっと撫でた。




