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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
三章 骨董姫と虚飾の鏡
23/40

(23)濁り

「ねえ、善。鏡が人を吸い込むって、よくあることなの?」


 私は念の為、付喪神である善にも意見を聞いてみる。


「さすがによくありはしねェが、いわくつきの品が人間に影響を及ぼすって話ァいつの時代も存在するからな。

 座った人間が不幸な死を遂げる椅子とか」

「三回見たら呪われる絵とか?」

「そうそう、この鏡もその類かもな。

 麗華嬢を恨む誰かの情念が鏡に移っていた、なんてのもありうるんじゃねェか」

「恨み、ねぇ……まあ、四方八方から恨まれてそうな人だしね」

「ちょ……待ってください!」


 私と善が鏡を見ながら会話を繰り広げていると、暁斗さんはひどく狼狽した様子で割り込んできた。

 私が「どうしました?」と首を傾げると、暁斗さんは


「貴方の従姉が行方不明になったんですよ!? どうして人の不幸をそんな平然と……!

 そんな冷たい言い方ができるんですか!」


 と、私を咎めるような語調で言ってきた。

 加えて、私を見据える彼の、非難の目。

 私は彼の態度にほんの少しだけ腹が立った。

 透明な水に一滴の泥水が落ちて広がっていくように――私の胸に嫌な濁りが広がり始める。


「あの人が不幸な目に遭ったところで同情する気にはなれないというだけです。

 まあ、確かに、“同情する素振り”くらいはしておくべきだったかもしれませんがね」


 だとしても、この胸の内に、麗華の身を案じる優しさは欠片もない。

 そんな私を見て、暁斗さんは愕然としていた。


「暁斗さん。察するに、私へのお願いというのは、鏡に吸い込まれた麗華さんを助け出してほしい、ということですね?」

「は、はい……」


 暁斗さんはぎこちなく、私を険しい顔で見ながら頷く。

 私はあえて淡々と言い放った。


「でしたら、協力はできかねます。

 私は彼女のせいで散々な目に遭ってきましたし、先日も一方的に絡まれて不快な思いをしました。

 義理も恩もないどころか、自分に積極的に害を与えてくるような人とはこれ以上関わりたくありません」


 公然と彼女をぶん殴ってもいいのなら、会いに行くのもやぶさかではないけれど、

 現実的にはそんなこともできないのだし。

 なにより、ようやく手に入れた平穏な生活を、あのゲス一家に脅かされてはたまったものではない。

 暁斗さんには悪いけれど、協力しない理由としては十分すぎるくらいだ。


「そんな……善一さん!」


 暁斗さんは泣きそうな声で善に助けを求めるが、善も首を横に振って拒んだ。


「許してくれや、暁斗。俺も自分の嫁さんを守らにゃァ。情報を提供するまでならギリギリ協力できるんだが……」


 きっぱりと迷いなく断ってくれた善に、私は心の中で感謝を述べる。

 同時に、暁斗さんと仲のいい彼に対して、少し申し訳ないとも思った。


「っ、珠希さんは麗華さんの従姉でしょう!?

 どうして自分の身内が大変な目に遭っているのに、手を差し伸べようとしないんですか!?

 いくらなんでも、そんなのおかしいです!」

「――《《おかしい》》? 貴方、私がおかしいと仰いましたか?」


 暁斗さんのさらなる非難の声に、私はまた腹が立った。

 同時に、今度は自分の声が一段階大きくなったのも分かった。

 私の胸にまた一滴、泥水が落ちる。


「従姉だからなんですか?

 まさかとは思いますが、貴方、あの女の説明を信じていたとは仰いませんよね。

 先日の状況を見ておきながら、私たちが仲良しだったなんて、本気で思ったのですか」

「そ、それは……でも」

「暁斗、少し黙っとけ」


 なにか文句を言いたそうな暁斗さんを、善は素早く牽制する。

 けれど私の心は今にも嵐を起こしそうだった。


(落ち着け、私。お客様の前でイライラするなんて三流だわ)


 私は右手の指輪をこっそり見ながら、二、三回ほど深呼吸する。

 息を整えてから、私はできる限り苛立ちを抑えて、暁斗さんへ静かに伝えた。


「暁斗さん、貴方は何も悪くありません。それだけは先に申し上げておきます。

 けれど、私はあの女が大嫌いです。再会なんて絶対にしたくなかったし、あの時も逃げられない状況で一方的に罵倒されて苦痛だったんです」

「……っ!?」


 暁斗さんの目が、僅かに大きく見開かれる。

 私はそこへ更に突き刺すように、彼を睨んだ。


「あの女との過去を思い出すだけで体が震えてくるし、名前を聞くだけでも不快でたまりません。

 私はそれだけのことを彼女にされているんです」


 話しているうちに、全身がわなわなと震えてくるのが分かる。

 麗華のことを口に出すだけで、胸の中が沼水のように濁っていく感じがする。


「貴方にとって三倉麗華がどのような存在なのか存じませんが、私にとってはただの害悪です。

 お説教をするなら、せめてこちらの事情を理解してからにしていただけませんか?」


 後半からはほとんど八つ当たりのようになってしまったが、口は止まらなかった。

 当事者でもないのに正義感を振りかざしてくる暁斗さんに、私の我慢も限界に達していたのだ。

 

「どうかお引き取りを。私が貴方にご迷惑をおかけする前に、ここから出て行ってください」

「ッ!」


 私は帰るよう暁斗さんに促した。

 けれど──暁斗さんは善の助け舟も期待できないこの状況で、なおも食い下がってきた。


「申し訳、ありません……貴方に、大変失礼なことを言ってしまいました。

……でも、お願いします!! もう貴方しか頼れる人がいないんです!」


 暁斗さんは私に向かって土下座し、必死に懇願していた。

 畳に額をこすりつけ、埃を舐めてしまいそうなほど顔を伏せている。


「明日までに麗華さんを連れて帰らないと、うちの会社や社員が危ないんです! どうか、どうかお願いします……!」

「は?」


 どうして、そこで暁斗さんの会社や社員にまで話が及ぶのだ。

 ……まさか、と私は嫌な予感がして、「どういうことですか?」と聞き返した。

 暁斗さんは顔を伏せたまま、弱々しく訴えた。


「……脅されて、いるんです。義父上ちちうえに――三倉統二郎に」

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