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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
三章 骨董姫と虚飾の鏡
22/40

(22)暁斗さんの依頼

 私は帰宅するなり、悠々と過ごしているモノダマたちに向かってパンパン! と手を叩き、客人が来たことを知らせる。

 モノダマたちが元の場所にぴゅーっと引っ込んでいったのを確認してから、私は暁斗さんを客間へ通した。

 すると、いつもならぬいぐるみのフリをしているはずの壱丸が、私の足元をすり抜けて客間に入り込む。


「あ、こら! ダメよ、壱丸」

「大丈夫ですよ、犬は好きなので」


 私の制止を振り切って、壱丸は座布団に座った暁斗さんのほうへ近寄っていく。

 めったに来ない客人に興味津々なのか、壱丸はずっと暁斗さんの周囲を歩き回ったり、鼻をヒクヒクさせたりしていた。


「で、暁斗。お前さん、うちの珠希になにを助けてほしいんだィ? ……珠希について何か知ったのかィ?」


 善が静かに、険しい顔で問いただす。

 先ほどまでと全く違う剣呑な雰囲気だ。

 暁斗さんも善からただならぬ気迫を感じとったのか、とても気まずそうに話し出した。


「……触れてほしくないことだったら、申し訳ありません。

 実は先日、お二人に百貨店でお会いした後、麗華さんから珠希さんのことを聞かされたんです」


 暁斗さんは私について、麗華から聞いたことをすべて教えてくれた。

 私と麗華は従姉妹であり、幼少期を共に過ごした“実の姉妹同然の仲”だということ。

 家庭の事情で、長年離れて暮らしていたこと。

 久々に会えたのが嬉しくて声をかけたのに、私に無視されてつい怒鳴ってしまったこと。

 ついでに、私が“物の声を聞く不思議な力”を持っていること。


(なにが姉妹同然よ。思ってもないことをよくもまあぬけぬけと……)


 私がボコボコに虐められたことはなかったことにされているうえ、

 他の事実も麗華にとって都合のいい話に改変されている。

 しかも、わざわざ教える必要のない私の力についてもちゃっかりバラしてくれて、いらないことばかりしてくれる女だ。


「すみませんでした……珠希さんは隠していたのに、私なんかがそのことを知ってしまって」

「お気になさらず。知ってしまったのは貴方のせいではありませんから」


 そう、すべてはあの馬鹿女のせいであり、暁斗さんは何も悪くない。

 なので私としては、何も悪くない人に頭を下げられても困るというのが本音だ。


(暁斗さんが麗華をがっちり叱ってくれるのなら、話も少し違うんだけど……)


 先日のやりとりを思い返す限り、それは期待できないだろう。

 暁斗さんは明らかに麗華の暴走に振り回され気味だったし、なにより彼女の後ろ盾は三倉財閥を率いる叔父だ。

 婚約者の立場からすると、余計強く出ることができないのだろう。


「……では、私にお願いしたいご用件とはなんでしょうか?」


 私が話の続きを促すと、暁斗さんはさらに深刻そうな面持ちで、


「これを貴方に見ていただきたいんです」


 と鞄から風呂敷に包んだ何かを取り出した。

 円盤状の平たい板に、細長い持ち手のような部品がついていて、机に置くとコトンと硬い音がする。

 私は暁斗さんに「開けてもよろしいですか?」と断りを入れてから、風呂敷の結び目をほどいた。


「これは……アンティークの手鏡、ですか」


 中から現れたのは、豪華な装飾が施されたシルバーのフレームが美しい、西洋のお姫様が使うような手鏡だ。

 鏡面も綺麗に磨かれていて、私の顔をくっきりと映し出している。


「これです、珠希さま! ぼくが百貨店で感じた、三倉家の家財のにおいがする品です!」


 と、ここで、ただの子犬のフリをしていたはずの壱丸が、こともあろうに暁斗さんの手から身を乗り出しながら叫んだ。


「い、犬が喋ったぁぁ!?」


 壱丸が「あっ」と気づいて口を抑えるが、時すでに遅しだ。

 暁斗さんの裏返った叫び声に、私は目を覆いたくなった。

 善も私と同様らしく、「あーあ」と言わんばかりに天井を仰いでいる。


「まァ、暁斗。アレだ、世界には喋る鳥もごまんといるからよ、喋る犬も一匹くらいはいたっておかしくはねェさ。そうは思わねェかィ?」

「た、確かにそうですね……! この子はとても賢いんですね! さすが善一さんのお宅のワンちゃんです!」

「おォう、まァな……」


 ……善のこじつけみたいな弁明もなかなか苦しいけれど、これで素直に納得して受け入れてしまう暁斗さんもどうなのか。

 私はこの人が悪い人間に騙されていないか、若干心配になった。


「ええと……この手鏡がなにか?」

「はい。その鏡は先日、貴方がたとお会いした百貨店のアンティークショップで、私が麗華さんに買ってさしあげた物なんです」

「? 彼女が、この鏡を欲しがったんですか?」


 私は念のため暁斗さんに確認する。

 というのは、麗華は古びた物を嫌っていたからだ。

 新品のティーカップも半年後には躊躇いなく割って捨ててしまうような人だし、

 アンティークの品など「他人の使い古しなんて相応しくないわ」と言って、触れるのも嫌がりそうなものだけど。


「私も麗華さんがアンティークの品を欲しがるなんて珍しいと思ったんですが、その時は本当に気に入ったんだなとしか思わず……。

 けれど、麗華さんは異様なほどその手鏡に執着していたんです」

「異様なほど?」

「はい。運命の出会いだって言って全然手鏡を離さなくなって、他の鏡は見るのも嫌がるようになったんです。

 お客さんやご友人と話している間もずっと取り憑かれたように鏡を見ていたそうで……。

 さすがにご両親にも咎められていたようですが、鏡を取り上げようとしたら、手がつけられないほど怒りだしたらしいんです」


 不安そうに語る暁斗さんは、なんとも暗い面持ちで手鏡を見つめている。

 得体の知れない物に触れてしまったと怯えているのだろうか。

 暁斗さんはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように告げた。


「それで、信じてもらえるか分かりませんが……

 ――昨日の夜、私は麗華さんが鏡の中に吸い込まれていくのを見たんです……その日から、麗華さんは行方不明になってしまいました」

「まあ、そうですか」

「そうですか、って――はっ?」


 気がつけば、私はあっさりと言い捨てていた。

 それはもう、鼻をかんだちり紙をくずかごに捨てるくらいの軽さだった。

 けれど、それこそが私の正直な感想だ。

 麗華が酷い目に遭っても、『日頃の行いが悪いせいだろうな』としか思えなかった。

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